第32話 異常な無事
「ど、どうするべきなのかしら?」
「…………なんとかしてあの魔人をこのまま止めておかなければと思います。見てるだけでげっそりする感覚も、身を刻まれるような圧倒的な力もそのまま…………もし、あの魔人が耶麻鳴町に行ってしまったら…………間違いなく大惨事が起こります……」
シスリーの言う通りで、魔人がジッと動かず固まったままでも感じられる圧力は一切変わらない。触れただけでも蒸発しそうな実力差もそのままなのだ。
もし、この魔人が町に降りればシスリーの言う通り――――――――災厄と呼ばれるに相応しい事が起こるだろう。
そして、その災厄を止める事は誰にもできない。
「絶対にここから魔人を動かしてはいけません。それは絶対に絶対です」
そう、魔人が動けばこの町の全てが終わる。
「でも、魔人を止める手段なんて……私たちには無いわよ……」
「そう……ですけど…………でも……」
いつ爆発するかわからない核弾頭を見ている気分の二人だったが――――――その時、信じられない事が起こった。
そう、とても信じられない出来事だ。
「やってくれましたね…………このクソッタレ魔人…………」
リーンベルが現れたのだ。
かなりご立腹なのか額に欠陥マークを浮かべ、ややフラつきながらその姿をシスリーとトゥトゥラの二人に見せつける。
「野郎……絶対コロがしてやります…………これは決定です……」
さらに信じられない事に、その体に大きな怪我がなかった。かすり傷がいくつかある程度で、悪態がつけるくらいの軽傷だ。とても魔人の攻撃をまともにくらった者とは思えない。
「ちょ、ちょっと待って!? あんたマジでガキんちょなの!?」
トゥトゥラが驚くのは無理もなかった。
「その呼び方は不快です。本名で呼んでいただきましょうか」
「ベルちゃん! よかった! 本当によかったよぅ!」
シスリーは即ダッシュでリーンベルに抱き着きに行った。何度も頬ずりを繰り返し、リーンベルはそんなシスリーに苦い顔をしている。
「どうしてアンタ生きてんのよ!? あんな凄まじい覚醒力満載の覚醒拳くらって五体満足で歩いてるとかッ!? ガキんちょが一万人死んだっておかしくないレベルよ!? もしかして身体が伝説の超金属とかでできてんの!?」
「失礼な。そんなモノでできているなら、頬ずりしているスティアードの顔がこんな気持ち良さそうなワケがありません」
「ベルちゃんありがとう! でも、私はベルちゃんが伝説の金属でできていても、接し方は今と変わらないからね! 安心してね!」
シスリーは至福の顔をしつつ、心からの本音を言った。
「あのー、二人とも? 論点ズレ会話を続けないでくれるかな? いや、きっかけは私かもしれないけどさ?」
何にせよリーンベルが魔人の覚醒拳をくらったのに大きなダメージが無いのは事実だ。リーンベルは無事助かっていたのである。
しかし、魔人には充分すぎる殺気と攻撃力があり、それを確実にくらったのも事実だ。
何故リーンベルが無事なのか全くわからず――――――――――――――――さらに。
「ふー、暗い所って嫌だよー。地中って苦手だなー」
ボコッと地面に盛り上がると、そこから聞き覚えのある声がしたのだ。
「レナさん!」
「はあああああああああああ!? 何でえええええええ!?」
「そういえば姿を見ていませんでしたか」
盛り上がった地面、そこからタケノコが生えるかのごとくレナが現れた。
魔人によって地中で殺されたと思っていたレナが、リーンベルと同じくほぼ無傷で帰ってきたのだ。
「ふー、危ない危ないー。本気で死ぬかと思ったよー。いやー、命があるって素晴らしい事だよねー」
今日の朝日は綺麗だなー、と言ってるような軽さでレナは呟いた。
「お前もかぁぁぁぁぁ!? どうしてだぁぁぁぁぁぁ!?」
余程理解できないのだろう。理解不能を叫ぶトゥトゥラの声は大変裏返っていた。
「アンタら二人ともおかしいわよッ! あんな次元の違う攻撃をくらって、なんでそんなピンピンしてんのよ!? 実は神にも匹敵する実力者とか、そういうヤツらなの!?」
「いやー、別にそんな事ないけどー。まあー、助かったからいいんじゃないかなー?」
「私は元々よくわかりませんので。ほぼ無傷なら無傷でいいんじゃないでしょうか? 誰か損したワケでもありませんし」
「うんうん! 私は二人が無事で…………ずごぐ……嬉じい…………ヴレじい……でず! ズブビビビビビビ~」
「どう考えても無事でよかったで済ませていい話じゃないでしょうがッ! あと、シスリーッ! 落ちてるトイレットペーパーで鼻かんでるんじゃないッ!」
シスリーを指差してトゥトゥラのツッコミが唸る。
「なんでよ……魔人の攻撃に手加減なんかなかったはずなのに…………なのに無事だなんて絶対おかしいわ……」
「たしかに魔人の攻撃は凄まじかったですが、何故か大した事なかったのです」
リーンベルは腕を組んで動かず固まってる魔人を見ながら呟く。
「覚醒拳の瞬間、何か“壁みたいなもの”が守ってくれた気がします。ソレがダメージのほとんどを殺してくれたような…………」
「ああー、その感覚は私も一緒かなー。あのマフラーに触れて死んじゃうー、絞め殺されるーって思ったけどー、あまり力が入ってないし、マフラー自体も別になんともなくてさー。地面に突っ込まれてもー、マフラーがほとんどダメージを防いでくれたから大丈夫だったしー。この辺に切り傷できたくらいで済んだねー」
レナが指先を三人に見せると、そこには紙で指を切ってしまったような傷があった。血の滲んだ後はあったが、全く大した事の無い傷で今はもう治っている。
とても魔人に与えられた傷とは思えない。
「ホントどういう事なのよ…………本気であの魔人が手加減してたって事なの……」
それによく考えればこの現状はおかしい。
トゥトゥラが思うに、魔人が何かしら攻撃を行えば“そこには何も残らない”のではないだろうか。
魔人は単独で世界を破壊しつくせる存在なのだ。
島程度なら一瞬で破壊できる攻撃力があるはずで、そんな魔人の一撃が“一人を多少遠くに吹き飛ばす程度”で済むだろうか。
魔人はリーンベルとレナと合わせて二回攻撃しているが、そのどれもが“ただの強烈な攻撃”で終わっている。少々、木々が倒され地面が抉れただけで、このくらいならトゥトゥラ達でもやろうと思えばできる事だ。
こんなのが世界を破壊できる力だとは、とても思えない。それだけ魔人の“先程の攻撃”があまりに弱すぎるのだ。
魔人の持つ殺気と破壊のバランスが余りに矛盾している。
「……………………」
その理由は――――――――――――――――――今、動かない魔人と何か関係があるのだろうか。




