絵手紙
いくら北の国であっても、七月の下旬頃にはどうしようもなく暑い日が続く。特に最近は、その傾向が顕著であった。
「なーんもさ。お盆過ぎには涼しくなるし」
食あたりで体調を崩し、しばらく店を休んでいたママは、見事に完全復活していた。
「でも、少し痩せたんでないかい? 」
真顔でマスターが声を掛ける。ポッチャリ系の熟年女性に向けたお世辞ではないことは、その表情から分かった。
「あら、嬉しいこと言ってくれるわ」
素直にママは喜んでいる。
「デトックス…… っていうのかい? 横文字か何か知らないけど。体の毒素が全部出ちゃったみたい。だから、もう誰かに毒づいたりなんかしないよ」
「全部、出とっくす? 」
「……。 なにさ、それ。ダジャレのセンス、夏バテぎみ。でも、いい機会だったね、ダイエットには。あのさ、食欲が無くてすっきりしない時はさ、ミョウガに味噌を付けてバリバリ食うのよ。ああいう癖の強い食べ物ってのが身体に効くのさ」
〈こんなパワフルな食べ方ができれば、病魔も退散するしかないっしょ。さすが戦後の食糧難時代に産まれた世代だ……〉
心の中で、マスターはそうつぶやいていた。
「そう言えば、壁にピンで貼ってあるこの絵手紙、ミョウガでないの」
「あぁ、気が付いた? それね……
昔、よく来ていたお客さんから届いた暑中見舞さ」
「微妙に渋い趣味だね」
「そうね。いい人なんだけど…… 冷たい男だったよ。大自然が好きな人でさ、山菜とかキノコだとかさ、二人でよく採りに行ったものさ」
ママの言い方は〈既に過去の人〉と決めつけていた。もう、二度と店に顔を見せることは無いのだろう。この世界で長年働いていると、こういった勘はよく当たる。
「あんなにウマが合う人はいなかったね……。なのにさ、転勤で急に姿を見せなくなったと思ったら…… その後、メールでサヨナラって」
何か、事情は有りそうだ。この話、もうちょっと聞き出したいという衝動に駈られたマスターは、次の言葉を口に出し掛けていたのだが、ある変化にハッと気付いた。ママの目に光るものを発見したのだ。
これ以上、この話を詮索してくれるな。そんな空気が、相変わらず客のいないガランとした店内に漂っていた。
陰暦の七月「文月」は、一説に七夕の笹竹に付ける短冊〈ふみ〉に由来するという。手紙にゆかりの深い月である。
十代の頃の、文通とかペンフレンドなどといった言葉の響きには、嬉しくも恥ずかしいような切ないようなものがある。
大人になってからの手紙には、何か大人の事情を伴ったものが多いように感じるのは気のせいか。
「ワシは、手紙って…… やっぱりちょっと苦手っす」
壁の絵手紙を眺めながら、マスターがそうつぶやいた。