2.ホワイトデーの敗北(三月)
オレの誕生日兼バレンタインデーにアーモンドチョコを2粒くれたアキちゃんは、同い年の同級生でゼミも同じなので、話をしたことは何度かあった。明るくて人気はあるが、男たちから異性として意識されることは少ないようだ。
オレもアキちゃんを異性として意識したことはなかった。誰にでも気さくに声をかけてくれる同級生。それがアキちゃんだった。丸顔で、目も鼻も口も大きめで、小柄なぽっちゃり系である。色白で髪はショートカット、胸とお尻はやや大きめだ。決して美人というわけではなく、ちょっとイモっぽいところがあるが、純朴な田舎の少女という感じで、オレはそこに魅力を感じるようになった。
それからオレは毎日毎晩、アキちゃんのことばかり考えていた。どうしたら彼女ともっと親しくなれるだろう。そこでオレはふと気づいた。ホワイトデーだ。誕生日と会わせてアーモンドチョコ2粒とはいえ、バレンタインデーにチョコをもらったのだから、ホワイトデーにお返しをするのは、当たり前だ。これは急接近するチャンスだぞ。
オレはさっそくデパートのホワイトデーのコーナーへ足を運んだ。なぜか女性客も多い。オレは不思議に思った。もしかしたら、バレンタインデーにチョコを送る相手もなく、ホワイトデーにも誰からもお返しをもらえないから、寂しさを紛らさすために自分で買いに来たのかもしれない。女にもオレと同じくモテない人もいるのだろう。
ところがよく見ると、意外と美人も多いではないか。彼氏のいないモテない女にもこんなに美人がたくさんいるなら、オレにだってチャンスはあるかもしれない。すると、こんな会話が聞こえてきた。
「彼ったら、バレンタインデーにチョコを二十個ももらってきたのよ。わたしという本命がいながら、ほんと腹立つわ」
「まあ、すごいのね。わたしの彼はたった十個よ。でもそうとう気合いの入った本命チョコもあったわ。だからお返しは地味でつまらないものを、わたしが選んでやることにしたの」
オレは愕然とした。そうか、ホワイトデーのコーナーにいる美人の女は、自分の彼氏が他の女からバレンタインデーにもらったお返しを買いに来ていたのか。それにしても、モテる男はとことんモテるのに、モテない男はまったくモテない。ああ、なんと不公平な世の中だ。だが今に見てろ、このオレだって。
オレは売り場を三周ほどして、結局はいちばん高級そうなゴディバのトリュフ四個入り詰め合わせにした。パッケージもおしゃれだし、このくらいなら義理チョコへのお返しとしても不自然にはならないだろう。きっと喜んでくれるぞ。オレはそれからホワイトデーの日を指折り数えて待った。
そして待ちに待った三月十四日、オレは大学の研究室へ行った。他のゼミの連中に混じってアキちゃんもいたが、もうすでにホワイトデーのお返しをいくつかもらっていた。見るとどれも安物ばかりだ。オレはさっそくゴディバのロゴの入った厚手の紙袋を取り出した。
「アキちゃん、こないだのバレンタインデーとおれの誕生日はどうもありがとう。これ、ホワイトデーのお返しだよ」
「まあ、ゴディバじゃないの。こんな高いもの、もらっていいのかしら?」
アキちゃんはチョコを受け取ると、驚いたように言った。
「いや、たった四個入りだから、たいして高くはないよ。ほんの気持ちだけさ」
「うれしいわ。モテナイくんって、けっこういいとこあるのね」
オレはもう舞い上がりそうだった。これはいけるぞ。告白はいつにしようかな。
そんなことを考えていると、一年先輩の池田輝男が入ってきた。みんなからはイケテル先輩と呼ばれ、その名の通りイケメンである。
「やあ、アキちゃん。ホワイトデーのお返しを持ってきたよ」
イケテル先輩はそう言って、小さな箱を取り出した。見たところ安物っぽい。オレは勝ったと思った。だが、アキちゃんの反応は違った。
「こ、これはまさかあの、超レアな特別限定品のプレミアムチョコじゃないですか。す、すごいわ」
「ああ、運良く手に入ったんだ。アキちゃんにあげるよ」
「でも、これ手に入れるのにずいぶん苦労なさったんじゃありませんか?」
「まあね。でもアキちゃんが喜んでくれるんなら、どうってことないさ」
「まあ、うれしい! イケテル先輩、ありがとうございます!」
アキちゃんは心からうれしそうな声を上げた。
完全に負けた。オレは敗北感を噛みしめつつ、一人静かに研究室を立ち去った。だれもそれに気がつく者はいないようだった。
アキちゃんがイケテル先輩と付き合い始めたという噂を聞いたのは、それからしばらくしてからのことだった。