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13.バレンタインデーの誓約(二月)

 再びバレンタインデーが近づいてきた。その日は同時にオレの二十一歳の誕生日でもある。

 思えば去年の二月十四日、オレは次のバレンタインデーまでに超カワイイ彼女をつくって童貞を卒業するという決意を固めたのだった。

 ところが、あれから何度かチャンスはあったものの、あと少しというところでフラれてしまってばかりいた。

 ああ、やはりオレはモテない童貞のままで一生をむなしく終えるのか、と絶望的な気分になりかけていたとき、電話のベルが鳴った。クリスマスイブの日にケーキ屋のバイトで知り合った宇多田珠代さんからだった。

 珠代さんとはけっこういい雰囲気になったのだが、彼女はオレを恋愛対象ではなく、死んだ弟の代わりとしか思っていないのだった。


「モテナイくん、今度のバレンタインデーなんだけど、夕食付き合ってくれないかしら。行ってみたいお店があるの。どうせヒマでしょ?」

 意外な申し出に、オレの胸はちょっと期待に高鳴ったが、あえて拗ねてみせた。

「ええ、空いてますよ。どうせオレなんか、バレンタインデーにもいっしょに過ごす相手なんていませんからね」

「よかったわ。じゃあ夕方六時に駅の改札口で待ち合わせしましょ。専門学校の実習で作ったチョコレート持って行ってあげるから、楽しみにしててね」

 珠代さんはそういって電話を切った。彼女はパティシエの勉強をしているのだ。義理チョコとはいえ、いちおうバレンタインデーにチョコレートはもらえそうだ。


 そしていよいよバレンタインデー当日がやってきた。とうとうオレには彼女はできなかったし、童貞を卒業することもできなかった。しかしまだわからない。珠代さんはいったいどんなつもりで、こんな時期にオレを夕食に誘ったのだろう。

 約束の時間の六時ちょうどに、彼女は電車を降りて改札口にやってきた。

「おまたせ。それじゃあ行きましょ」

 彼女が連れて行ってくれたのは、なぜか和風の居酒屋だった。しかし中は京都の町家カフェといった感じのおしゃれな雰囲気で、若い男女のカップルが多かった。

「このお店すごく評判がよくて、前からずっと来てみたかったのよ。でも女一人じゃ入りにくくて。モテナイくんに付き合ってもらえて、助かったわ」

 珠代さんはバレンタインデー限定のスペシャルコースを注文した。そして京都伏見の蔵元に特注したというお店オリジナルの日本酒で乾杯した。


「料理もお酒もおいしいでしょ。値段も安くて二人で一万円ぐらいだし、お店の雰囲気もいいし。私ね、将来はこんな感じのお店を開きたいの。でも和風じゃなくて洋風のね」

 珠代さんは熱く夢を語った。オレは相槌を打った。

「ええ、本当にいいお店ですね。珠代さんならきっと、ここに負けないようなお店を出せますよ」

「ありがとう、がんばるわ。あ、そうそう、チョコレート作ってみたから、あとで試食してね」

 彼女はそう言うと、紙袋を差し出した。中にはけっこう大きめの箱が入っていた。

「えっ、こんなにたくさん。どうもありがとうございます。毎日食べても一週間分ぐらいありそうですね」

「ごめんなさい。納得いく本命チョコができるまで、試作品をたくさん作っちゃったのよ。でも味は悪くないと思うわ」

「えっ、本命チョコって?」

「ええ、専門学校の憧れの先輩に思い切って渡しちゃった。ありがとうって受け取ってくれたわ」

 珠代さんはうれしそうに無邪気な笑顔を見せたが、オレはショックのあまり呆然とした。

「そ、それは、よ、よかったですね」

「だから彼と一緒に、いつか理想のお店を作りたいわ。モテナイくんも弟として応援してね」

「え、ええ、も、もちろん、応援します」

 オレはなんとか作り笑いをして答えた。


 九時前に店を出て珠代さんと別れ、オレはもらった義理チョコの袋を抱えながら、一人とぼとぼと帰り道を歩いた。

 ああ、やはりオレは名前の通り、これからもずっとモテない童貞のままで一生を終えなければならないのか。そう思うと悲しくて涙がこぼれてきた。そのときふと、聞いたことのある声がした。

「あら、モテナイくんじゃない?」

 顔を上げて見ると、大学の同級生で同じゼミのアキちゃんだった。

「ああ、アキちゃん。イケテル先輩は一緒じゃないの?」

 アキちゃんは去年のバレンタインデーにオレに義理チョコをくれ、彼女にしようと狙ったのだが、同じゼミのイケテル先輩こと池田輝男に奪われてしまったのだった。

「もうとっくに別れたわよ。あんな浮気性のゲス野郎なんか」

「あ、ああ、そうだったのか。悪いこと訊いちゃったね」

「今日はチョコレート売りのバイトの帰りなのよ。そういえばモテナイくん、今日は誕生日だったわよね?」

「えっ、覚えててくれたの?」

 オレはうれしくなり、目がウルウルしてきた。

「バイト先の売れ残りだけど、義理チョコと誕生日プレゼントにあげるわ。お誕生日おめでとう」

 アキちゃんはそう言って小さい箱入りのチョコレートを二個オレに手渡すと、「じゃあね」と言って去って行った。


 オレはしばらくその場に立ち尽くしたまま、駅の方へと歩いて行くアキちゃんの後ろ姿を眺めていた。やがてその姿が見えなくなると、オレは再び決意した。

 アキちゃんをオレの彼女にしよう。またフラれるかもしれないが、そのときは次のターゲットを見つければいい。そして来年のバレンタインデーまでには、何としても超カワイイ彼女を作って童貞を卒業しよう。

 今度は決意では生ぬるい。誓約だ。そう誓うことにしよう。まずはホワイトデーのお返しでアピールすることだ。去年は失敗したが、次はもっとしっかり作戦を練ろう。こんどこそ絶対にうまくやるぞ。


 こうしてオレは再びアキちゃんを攻略すべく、行動を起こすことにしたのである。



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