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10.勤労感謝の日の悲劇(十一月)

 体育の日に市民体育館で知り合った女の子は秋絵ちゃんといって、名前からすると秋の風景を絵に描いたような和風のおしとやかな女性をイメージしてしまうが、実際にはスポーツ少女で、小麦色の健康そうな肌をした、ちょっと南方風の美人だ。

 オレは秋絵ちゃんからなんとかケータイ番号とメアドを聞き出すことに成功し、ときどき連絡を取り合うようになった。たまたま大学も同じだったので、キャンパス内で会って話もするようになった。そうしてとうとう、体育の日に世話になったお礼も兼ねてイタリアン・レストランで夕食をごちそうすることもできて、いい雰囲気になってきたのである。


 そんなある日、秋絵ちゃんから電話がかかってきた。

「モテナイ君、今度の勤労感謝の日なんだけど、午後からいっしょにテニスをしない? 友達がコートの予約を取ってたんだけど、都合が悪くなったの。よかったらそのあとうちで夕食をごちそうしてあげるわよ」

 彼女はたしかマンションで一人暮らしだったはずだ。夕食の後のことを考えると、オレの胸は期待に高鳴った。オレは即座に返事をした。

「それは楽しみだなあ。もちろん行くよ。オレもちょうどテニスをしたかったんだ」


 実はおれはテニスなどしたこともないし、それにラケットもテニスウェアも何も持っていなかった。そこでさっそくスポーツ用品店へ行ってみたら、ラケットとウェアとシューズを一式揃えるとなると、意外と高かった。背に腹は代えられないので、無理をして購入したら、今月の生活費が足りなくなってしまった。

 しかたなくオレは急いで単発のバイトをいくつか探した。そして勤労感謝の日の前日も夜遅くまで肉体労働に励み、へとへとになって床に就いた。


 いよいよ待ちに待った勤労感謝の日の当日、朝起きたら体のあちこちが筋肉痛で痛かった。それでも無理をしてなんとかテニスコートへ行くと、秋絵ちゃんはおしゃれなテニスウェアに着替えて待っていた。

 オレもさっそく買ったばかりのテニスウェアに着替え、筋肉痛の足を引きずりながらコートへ歩いていき、かるく準備運動をした。すると腰も痛くて、思うように曲がらなかった。

「さあ、行くわよ」

 秋絵ちゃんはそういうと、ボールを上に投げ、サービスを打った。ボールは一直線にオレの前のコートにバウンドしていった。オレは一歩も動けなかった。

「どうしたの?」

 秋絵ちゃんは不思議そうに尋ねた。

「い、いや、秋絵ちゃんのテニスウェア姿があまりに素敵なんで、見とれていたんだ」

 咄嗟にごまかすと、彼女は照れたように笑った。


 二球目のサービスには、オレはなんとか食らいついていったが、ラケットに当てるのが精いっぱいだった。三球目は足がもつれて転んでしまった。

 オレのサービスの番になり、ボールを高く上げてラケットを振ると、大きな空振りをしてしまった。

「い、いやあ、テニスなんて長いことやってなかったから、カンがつかめないや、ははは」

 オレはしかたなく笑ってごまかした。ところがそのうち、さっぱり足が動かなくなってきたので、とうとう彼女は心配そうに言った。

「ねえ、どうかしたの?」

「いや、実は昨日は夜遅くまでバイトで肉体労働していて、筋肉痛なんだよ」

「まあ、それは大変ね。無理しないで休んだほうがいいわ」

 オレがベンチで休んでいる間、秋絵ちゃんは手持ち無沙汰そうに、一人でラケットの素振りをしていた。


 するとそのとき、となりのコートの男が彼女に話しかけてきた。

「よかったら、僕がお相手しましょうか?」

 隣のコートは男三人で、一人が余っていたのだ。話しかけてきた男は背が高くイケメンで、いかにもスポーツマンといった感じだった。

「それじゃあ、せっかくだからお願いしようかしら」

 秋絵ちゃんはそう答えると、コートの中に入っていった。

 オレはしかたなくベンチに座ったまま、二人がテニスをするのを黙って見ていたが、二人ともものすごく上手で、ラリーが続いた。

 やがて時間が来て、二人は握手をした。

「きみってすごくうまいね。ぜひまた一緒ににやろうよ」

「ええ、こちらこそまたお願いします」

 オレは二人の会話を複雑な思いで聞いていた。


 シャワーを浴びて服を着替えて待っていると、秋絵ちゃんも着替えて戻ってきた。

「ねえ、モテナイ君は今日は筋肉痛で体調悪そうだから、無理をしないほうがいいわ。夕食はまた今度にしましょう。じゃあね」

 彼女はそういうと、手を振って去っていった。そうしてその向かう先には、さっきの男が立っていた。


 その日以来、秋絵ちゃんはオレのメールになかなか返事をくれなくなった。ケータイも留守電になっていることが多くなった。

 街中で秋絵ちゃんがテニスコートの男と手をつないで仲良さそうに歩いているのを見かけたのは、それから一週間後のことだった。

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