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1.バレンタインデーの決意(二月)

 オレの名前は茂手内道貞。姓は「モテナイ」で、名は「ミチサダ」だ。だが人はみなオレのことを「モテないドウテイ」と呼ぶ。その名の通り、オレは生まれてから一度も女にモテたことがない。

 そしてバレンタインデーの本日二月十四日、とうとう童貞のまま二十歳の誕生日を迎えてしまった。そう、オレの誕生日はバレンタインデーなのだ。ああ、それなのに…… 

 オレはこれまで一度として、女の子から誕生日プレゼントもチョコレートももらったことがなかった。


 こんなにモテないのも名前のせいだ。名字の方は先祖代々のものだから、まあ仕方がない。あきらめるとしよう。だが名前の方は、何でよりによって「ドウテイ」と読める道貞なんて古くさい名前を付けるんだ。名は体を表すとも言う。

 それにみんなからいつも「モテないドウテイ」と呼ばれていれば、「ああ、オレはモテない童貞なんだな」という暗示にだってかかるだろう。


 オレはおふくろに一度、名前のことで文句を言ったことがある。するとおふくろはこう答えた。

「何をバチあたりなこと言ってるの。道貞というのはあんたのヒイヒイおじいさんと同じ名前よ。その人は飢饉のときに私財を投げ打って村を救った人徳者だったの。村人みんなからそれはそれは敬愛されていたのよ。今でも石碑が残ってるんだから。あんたもそんな偉い人になんなさい」

 オレは偉い人になんかなれなくてもいいから、モテる男になりたかったよ。


 とにかく、オレのモテなさぶりはもう筋金入りだ。女の子と手をつないだのも小学校のフォークダンスのときぐらいだ。

 中学二年のとき、オレは密かに思いを寄せていた女の子の机の中に、こっそりラブレターを入れたことがある。翌日、オレの机の中にそのラブレターはそのまま返されていたが、便せんの裏にマジックで大きく「バーカ」と書かれていた。

 高校一年の時には、通学電車で見かける他校のカワイイ女生徒を待ち伏せして、思い切って「好きです、付き合ってください」と告白したこともある。するとその子は「わたしにつきまとわないでよ、このストーカー」と言って、逃げるように立ち去っていった。


 大学ではなんとかモテようと思い、オレは女子学生の多い文学部に入った。だが英語は苦手で古文もダメ、歴史の人名や年号を覚えるのも苦手だったので、しかたなく哲学科というわけのわからないところに入ったが、相変わらず女にはモテなかった。

 そこでオレはモテる方法を勉強することにして、古今東西の恋愛指南本を読みあさった。オウィディウス『恋愛指南』、スタンダール『恋愛論』に『カーマスートラ』、さらには『真言立川流秘伝』『新婚初夜の心得』『男女交際の基礎知識』『赤ちゃんはどこからくるの』『小学生のための性教育読本』『役に立つ恋愛心理学』『よくわかる女性心理』『初デート必勝マニュアル』『タイプ別女の子攻略法』『女はこうして口説け』『これであなたもモテモテ人生』『モテる男はココが違う』『こんな女は落ちやすい』『女を脱がせるテクニック』『ホテルへの誘い方』『女を喜ばせる性の秘技』等々。

 数百冊を読破した。


 さらにオレは大宅壮一文庫までせっせと通い、昔懐かしい『ホットドッグ・プレス』を読んで、バックナンバーのデート特集までチェックした。これでもう知識の方は万全だろう。

 モテない童貞のまま二十歳の誕生日を迎え、さすがにこのままではいかんとオレは思った。そして来年の誕生日までには、超カワイイ彼女を作って童貞を卒業しようと決意した。

 そのためのターゲットとなる相手だが、実はオレは今日、生まれて初めて女の子からチョコレートと誕生日プレゼントをもらったのだ。その子はアキちゃんといって、大学の同じゼミの同級生である。


 今日はちょっと用事で大学の研究室に立ち寄ったのだが、同じゼミの連中が何人か集まっていた。アキちゃんはそこでみんなに義理チョコを配っていたのだが、オレが入ってくるのを見ると、「モテナイくんにも義理チョコあげるよ」と言って、アーモンドチョコを一粒くれたのだ。

 とにかくオレは義理チョコだろうと何だろうと、バレンタインデーに女の子からチョコをもらったのは生まれて初めてだった。おれは感動のあまりウルウルしてしまった。そんなオレの目を見てアキちゃんは「あら、もう花粉症はじまったのね」と心配してくれた。

 そこでオレは思い切って「実は今日はオレの誕生日なんだ」と言ってみた。するとアキちゃんは「あらそう、おめでとう」とアーモンドチョコをもう一粒、オレの手の平にのっけてくれた。女の子から誕生日プレゼントをもらうのも、おれは生まれて初めてだったのだ。ああ、何て優しい子なんだ、アキちゃんは。


 こうしてオレは、アキちゃんをオレの彼女にすることに決めた。そして彼女を攻略すべく、行動を起こすことにしたのである。



注:ここに記載されている恋愛指南本のタイトルは、一部の古典を除き、架空のものです。また大宅壮一文庫に『ホットドッグ・プレス』のバックナンバーが本当に所蔵されているかは未確認ですので、実際に探しに行かれる方は、事前にご確認ください。

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