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作者: 真坂

「どうするかなあ……」

 とある飲食店へ決済システムの導入について営業しにいくのだが、アポまで時間があった。

ぼんやり歩いていると、既視感のある道路や家並みが視界に入り、郷愁に駆られた。

このあたりは実家がある地域だ。

今、住んでいる賃貸マンションから、車で1時間ほどしか離れていないがそれでも懐かしい。

中学時代の友達、今なにしてるかなあ。

思い出にふけりながら、住宅街を練り歩く。

 さすがに平日の昼間だし、人はまばらだ。

みんな働いている時間だ。

知り合いに会えるかもと、期待して歩いたが会えるわけがない。

 踵を返して、どっか喫茶店にでもと考え始めた時、同じ道路の向かいからくる人間をみて足を止めた。

 あれは咲崎じゃないか。

黒いドクロマークがついたジャンパーを着ていて厳つく、髪はぼさぼさ、体も一回り大きくなってはいるが、大仏のような有難い顔、眉間に青いホクロ、咲崎に違いなかった。

 中学時代、よく一緒に遊んだものだ。

卒業して別々の高校に進学してからは、俺は勉強が忙しく、連絡をとっていなかったが……

 懐かしさがこみ上げてくる。

「よ……」

思わず声をかけようと手をあげようとした時、咲崎と目が合った。が、その瞬間、すぐさま背中をかくふりに切り替える。

そして、持っていた黒いカバンを探すふりをして、俯く。

その俺の横を、咲崎は何事もなく通りすぎていく。

すれ違いざま、奴の荒い息が聞こえた。

気づいていないようだ。

普通なら今の瞬間で、俺だと分かりそうなものなのに。

咲崎の血走った目。あれは……常人の目にみえなかった。

久しぶりに会った友人なのに、俺は戦慄を覚え震えが止まらない。

あの類の眼は、無差別通り魔殺人などの犯人に似ている。

社会を恨み自分の境遇をも恨み、いつしか、自我が曖昧になり、最期には傷つける相手は誰でもよくなる。

そういえば――知人に聞いた話では、現在、あいつは不動産会社を辞めて無職らしい。

咲崎も既に獲物は誰でもいいのかもしれない。

震えが体の底から這い上がってくる。

俺は胸ポケットのタバコの箱から震える手で、一本とりだし火をつけた。

 退職して、無職の期間が長引くと、人はあのように壊れていくのだろうか?

俺は速くなった鼓動が収まってくると深い息とともに煙を吐き出す。

 だが、もう安心だ。やり過ごせばなんてことはない。

おもむろに後ろを振り返ると、咲崎はまだ、そこにいた……

なにやら他人の家の長い外壁の前でしゃがみこんでいる。

俺はその姿を見て、咄嗟に電信柱の後ろに隠れた。

なにしてるんだよ、あいつ……

タバコをぷっと地面に吐き出すと、靴で踏みにじる。

そっとまた覗く。咲崎は周りに注意を払うことなく、うんこ座りで動かない。

 俺は中学時代、咲崎にまっさんと呼ばれていた。

苗字の真坂からくる呼び名だが、あいつがまっさんと呼ぶときは、いつも親しみのある笑顔で語りかけてきたものだ。

あの咲崎がこんな人間になるとは。

ここで無視して、出会ったことを無かったことにするのは簡単だ。

だが、咲崎があんな状態だからといって、見捨てる事は、元親友としていかがなものか。

しばらく連絡が途絶えていたとはいえ、俺と咲崎の友情は不変なものと信じていたはずだ。

俺はかっと目を見開くと、電信柱の影から出て咲崎に歩み寄ろうとした。

が、すぐにその勢いがすぼみ、隣の家の外階段の影に身を隠した。

じょ、徐々に近づいていこう……そ、それまでは、咲崎の動きを観察しながら、声をかけるタイミングを計るのだ……


  咲崎はちょっと目を離した隙に、さっきの壁に手をかけてよじ登り、中を覗いていた。

ど、泥棒にでも入るつもりか? 

周りに視線を配る。

どうやら目撃者はいないようだ。

ハラハラさせやがって。

しばらくして、咲崎は壁から降りると、挙動不審気味にその場で右往左往し始めた。

あの家に何か用があるのだろうか?

立派な漆喰の壁に囲まれた、比較的大きな家だ。

だが、咲崎はすぐに動きを止めると、何か思いついたように顔をあげダッシュし、壁沿いに左折した。

 俺は驚いて、すぐに彼の後を追う。

下り坂を猛然と走る咲崎。

無職のくせに、体力だけはあるようだ。

そういえば、五〇メートル走であいつに勝てたことなかったな……

下りきると咲崎は大きな建物の前で足を止める。俺はすぐさま近くの家の軒先に体を隠した。

御坂内科クリニック……

俺は御坂の文字を見てある事に気づいた。

さっきの大きな家の門前を走りながら確かめたが、あの家の表札が確か御坂。

咲崎は御坂家の人間に何か恨みでもあるのだろうか。

内科の前の駐車場で、咲崎はまた右往左往し始める。完全に不審者だ。

建物の中から40がらみの女性が出てきた。

案の定、挙動不審な咲崎に、気味悪そうな視線をなげかけ早足で通り過ぎていく。

俺は一連の経緯から、最初は咲崎は御坂家の人間と何らかの確執があると考えていたが、その後の行き先が俺の予想を覆す。

コンビニ、ぼろいアパート、公園にある木々の中、赤木という民家。次々とあまり関連性を見出せない場所へ移動するのだ。

共通する行動は、地面に直接、あるいは、石や階段に座り込んでいたり、遠くから何かをみていたり、俺と同じように木陰や軒先、電信柱などから何かを覗き見たり、その場で右往左往したりするパターンだ。

 咲崎の見ている物は何か分からない。

 近寄れないので、視線の方向は分からないのだ。

 ただ、行動は似通っている。

 問題は場所の接点がないことだ。奴の目的はなんだ? 

 最初は咲崎に声をかけることが目的だったはずなのに、いつのまにか、咲崎の行動の意味を探ろうとしている。

相手は狂人なのだから、そこに規則性など見出せるはずがないのに。

 無意識下で、彼が正常であることを信じたいのかもしれない。

 ただ、偽のほどは分からないが、咲崎の行動は極めて危いのも事実だ。

 何かの拍子に犯罪者となりうる雰囲気を咲崎は醸している。

そんな友人を放ってはおけなかった。

俺は焦る。

アポの時間まで後1時間を切っている。

もうそろそろ声をかけて、咲崎に接触を試みるか?

友人ではあるが、相手は普通の論理が通じる相手ではないに違いない。

下手に絡めば、殺されるかもしれない……

 角から顔をだして逡巡していると、赤木家の右端の角から美しい女性が現れ、反対側に歩いていくのが見えた。

その瞬間、咲崎の体が何かをみつけたように跳ねる。

実際、咲崎は歩き出したのだ。

俺はいてもたってもいられず、咲崎のすぐ傍まで駆け寄る。

 住宅街と公園の間をはしる細く寂れた道に入っていく美女。

振り向くと、咲崎の真っ赤な瞳は大きく見開かれ、前方を見据え、ちょっとかがむような姿勢で早歩きしている。

 まるで、サバンナの大地でカピパラをみつけたライオンが今にも飛びかかろうとしている瞬間のようだ……

 俺はその時悟った。

咲崎は標的を彼女に決めたのだ。

そう気がつくのと、咲崎がダッシュするのは同時だった。

立派な門構えの家に女性がはいっていく。

だが、門が閉まりきる前に、咲崎は到達するだろう。

 俺は叫んでいた。

「咲崎~なにするつもりだ! 」

「あ? 」

 動きを止めて、振り向いた咲崎の背中に回り羽交い絞めにする。

「お前を犯罪者にはさせないぞ! 咲崎~」

「あ、え? まっさん? 」

「そうだ、正気に戻ったか、いいか良く聞け、お前が無職になってからどんなに苦しんだかはしらん、だが、他人に危害を加えるのはやめろ、な! 」

 俺は咲崎をこちらに向かせ、胸倉を掴んで言った。

「え? 危害? な、なに言ってんだ!? 俺はただ、猫を尾行していただけなんだ」

 

 最初は中々信じられなかったが、説明を受けて俺の疑問は氷解した。咲崎は散歩中に見かけて、興味を惹かれた猫の後をつけるのが趣味だった。猫を尾行し始めると周りがみえなくなるほど、夢中になって追いかけるらしい。だから、俺に気づくこともなかった。目が血走っているのは昨日夜遅くまで徹夜でエロ動画をみていたからだそうな。

「俺の勘違いも酷いが、お前も風体を考えて行動をしろよ、それを続けたら、そのうち警察に捕まるぞ」

「ああ、申し訳ない、まっさん」

 説教しながら、時計を見て俺は焦った。

「あ、後なあ、携帯持ってるか? 」

「スマホがあるけど」

「アドレス交換しよう」

 俺は咲崎にいうと、彼はうなずき、スマホを取り出した。乾杯するようにカツンとお互いのスマホをかち合わせる。俺は言った。

「無職で大変だろ? こんな暇つぶししてないで、俺のところにいつでも連絡くれ。いくつかツテがあるから」

「まっさん……」

 咲崎は滔々と涙を流した。猫を尾行するという趣味に興じていたのも、もとはといえば、無職の日々が続くなかで、何かを達成するという喜びを味わうことが、必要だったからであろう。日本の社会では、一旦レールから外れた人間は、自力で起き上がるのが難しい。その負の連鎖に介入し、手を差し伸べる人間が世の中には必要なのだ。

「じゃ、俺は行くな」

「ありがとう……まっさん」

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