9話 迷彩服の男
「あれぇ…!?」
その集落を目にした俺は思わず声を上げた。
なぜならそこには人の住んでいる気配が全く無かったからだ。
風雨に吹きさらしにされて荒れ果てた“町の中心”の建物だけがポツンと忘れ去られたように建っているだけだった。
この集落の人達は一体どこへ……?
頭の中に疑問を浮かべながら俺は町の中心の方へと近付いていった……。
建物の表面は植物に覆われており、周囲には雑草が伸び放題に生い茂っている。
途中、何度か木のツルのような物に足を取られて転びかけたが何とか辿り着いた。
「やっぱり人はいないみたいだな……。」
建物の中を調べてみたが、中はモヌケのカラだった。
ここの住人は一体どこに消えたのだろう……?
何らかの原因で死滅……?
いや、それにしては死体が見当たらない。
…となると残る可能性は、この地を捨てて移住したか……。
※
そんな事を考えながら建物を出た所で“彼”と出くわした。
「……動くな。両手を上げて頭の後ろで組め。」
「え…っ!!?」
さあこれからどうしようかな…などと考えながら建物を出ると……目の前に一人の男がいた。
年の頃20代後半くらいの大柄な男だった。
自衛隊員のような迷彩柄の帽子に、緑褐色のTシャツ、同じく迷彩のズボン、靴は軍人が履くようなブーツ……そのゴツい顔と腕は良く日に焼けていて筋肉質だった。
コイツがここの長か……。
「いいか? 妙な真似をしたら容赦なく射つからな……。」
「は、はい……。」
俺は素直に男に従った。
彼の手にはクロスボウ(ボウガン)が握られていたからだ。
これ……確か中世になってから登場する武器のはずでは……?
男は問う。
「お前の目的は何だ? 略奪か? それとも偵察か?」
「……し…強いて言えば後者ですけど……でもあなたの言う“偵察”って、侵攻前に相手の防備態勢や兵力分布を調べる感じじゃないですか? 俺はそういう感じじゃなくて、もっと、こう……誰がどこにいて、どうなってるのか、ただ純粋に知りたいだけっていうか……とにかく敵意は無いです!」
「それを信じる証拠も無いな。」
「クッ……!」
彼の言う通りだ。
俺も槍と弓矢を持ってるし(考えてみれば、それであの栗田っていう男からも異常に警戒されたのかも)、身を守るための物だって言っても、信じてくれっていう方が難しいよな。
逆の立場だったら俺だって信じられない……。
「ふむ……まあ良いだろう。」
ところが次の瞬間、男はボウガンを下げて言ったのだった。
「僕の集落に案内しよう。付いて来なさい。」
「……あ……し…信じてくれるんですか…!?」
「……正直言って半信半疑といった所だな。だがもし君が実は敵で、急に本性を表して襲い掛かって来ても…!」
「…っ!!?」
不意に男はクロスボウを俺の頭に突き付けた。
ホッとして気が緩んでいた俺は、驚いてビクッと身を強ばらせる。
男は言った。
「……僕が勝つ。」
「お…襲いません!絶対に!誓います!」
「……よし、じゃあ付いて来たまえ。」
男は俺に背を向けて歩き出した。
敵かも知れない俺に、無防備に……。
武器を取り上げる事も無い。
凄い度胸だ。
俺には出来ない。
絶対に勝てるという揺るぎない自信があるからなのか……。
いや、実際この人には勝てる気がしないな。
そんな事を思いながら俺は男の後に続いた。
※
森の中に小高い岩山があり、その上に男の集落があった。
山頂には一集落が何とか収まる程度の土地があり、そこへと至る道は岩肌に張り付くように伸びる細い一本道しか無い。
まさに守りやすく攻めにくい“天然の要害”というやつだ。
「……ここって、スタート時点で割り当てられた場所ですか?」
「違うよ。あの朽ちかけた“町の中心”のあった場所が最初に割り当てられた拠点だった。その後、付近の探索中にこの岩山を見つけてね……少し迷ったけど、防衛の観点から考えて移住したんだ。欠点は資源から遠い事だけどね。」
なんて行動力のある人なんだろう。
俺は感心した。
普通は最初に建っている“町の中心”を中心に集落を拡大・発展させていくものだ。
なぜなら最初の“中心”の周りには初期段階で必要な資源(食料・木・石)の供給源(果実の木・森・岩場)が自然と配置されているからである。
それを集落の防衛を優先に考えて移住するなんて……普通は出来る事ではない。
聞けばクロスボウも「作ってみたら出来た」という事だった。
ゲームのルールに捕らわれない柔軟な思考の持ち主であり、そこは俺も大いに見習いたいと思った。
※
山頂の集落はぐるりと防護柵で囲まれており、見張り用の櫓まで備えていた。
まるで砦である。
中に入ると三人の労働者ユニットが出迎えた。
「「「おかえりなさい、ユウリさん。」」」
「ああ、ただいま、みんな。」
「ゆうり…?」
俺が首を傾げると男が振り返って言った。
「…ああ、僕の名前だよ。水野 優柳だ。優しい柳と書いて“ゆうり”と読む。」
「優柳さん……ですか。俺は佐倉 士苑と言います。」
俺は思った。
こんなにゴツいのに名前は“優柳”って……。
“名は体を表す”というが、あれは嘘だ。
この人は“水”とか“優しい”とか“柳”なんかじゃない。
むしろ“熊”とか“岩”だ。 ……まあ良い。
名前負け(いや彼の場合“名前勝ち”か?)は良く起こる現象である。
そんな事よりも俺は、この人とこそ同盟関係を結びたいと考えていた。
彼は、自分の置かれた状況を冷静に把握する分析力、今どうする事が最善かを見極める判断力、そしてそれを実行に移す行動力を兼ね備えている。
今まで会ってきた人々の中で、最も理性的かつ合理的な思考が出来る人間だ。 味方にする事が出来れば、これほど力強い事は無い。
俺はさっそく彼に同盟を持ち掛けてみた。
ところが……。
「……残念だが士苑くん、君と同盟を結ぶ事は出来ない。」
「駄目ですか……。出来ればその理由をお聞かせいただければ有り難いんですが……。」
「いや、君の落ち度ではないよ。ただ僕が“誰とも組まない”そして“誰にも干渉しない”と決めてるんでね。実際こうして他の人とまともに会って話したのも君が初めてだ。」
「なら他の人達にも紹介しますよ。お願いします。今みんな困ってるんですよ。」
「気の毒だが、僕は自分の所の安全さえ守れればそれで良いんだ。確かに君の言う馬場という少年は許せないヤツだよ。僕の所にも何度か襲撃を仕掛けて来た……全て追い返したがね。君も含めた他の所も馬場に資源を強奪されるのが嫌なら僕と同じようにすれば良い。自分の民の生命と財産を守る……それは長として最低限の責務だと思うんだ。そんなの他人に委ねる事じゃないだろう?」
「その意見には俺も同意します……でも、誰もがあなたみたいに強い訳ではないんですよ……。」
彼は強い。
そして賢い。
だから他人と手を取り合い、支え合う必要も無いという訳だ。
至極単純明解な理屈だ。
※
けっきょく俺は共に馬場と戦うための同盟者を見付ける事は出来なかった。
仕方なく俺は自分の集落へと帰る事にした。
だが今回の旅で全く収穫が無かった訳ではない。
そもそも第一の目的は同盟者探しではなく自分の集落周辺の探索である。
その点から言えば大きな収穫だったと言えよう。
それにこの水野という男との出会いは俺に長としての一つの在り方を示してくれた(それに彼は気の良い男で、帰りの食料にと自分の所の備蓄分を少し分けてくれたのだ)。
別れ際、俺は彼に気になっていた事を尋ねてみた。
「水野さんって、ひょっとして自衛隊の方じゃないですか?」
「僕が自衛隊? ハハハ…そいつは良いな。だが残念ながらただの軍事オタクさ。」
彼は笑って答えた。




