56話 最期の口付け
……世の中には謝っても許されない事、というのがある。
取り返しの付かない事がある。
例えば今、目の前で起きている出来事がそうだ……。
大理石の床に倒れ伏した皇帝と、見る間に広がっていく血溜まりを、どこか他人事のようにぼんやりと眺めながら士苑はそんな事を思っていた……。
士苑、亜里亜、玲の三人の周りはユーマの兵士達がぐるりと取り囲んでいる。
「…こ…ここ…この…大反逆者どもめぇっ!!!!」
セリナンティウスは顔を真っ青にしてガタガタ震えながら半ば悲鳴のように叫んだ。
「お前ら自分達が何をしたか解ってるのかぁ…っ!!!?」
「…うぅぅ……ど…どうしてぇ…どうしてこんな事にぃ…」
玲は脱力して床にへたり込み、おいおい泣きながらブツブツとつぶやいている。
彼女も士苑もまさか亜里亜がこのような計画を立てていたとは全く聞いていなかったし思いもよらなかったのだが、向こうには完全にグルだと思われているようだ。
例えこの状況で弁解しても見苦しい言い逃れと取られるだけだろう。
「う~ん…皇帝さえ殺っちゃえば何とかなると思ってたのに……考えが甘かったかぁ…」
一方、事の元凶である亜里亜は、やってしまったなぁ~…といったような呑気な口調と表情で頭をポリポリと掻いていた。
思えば彼女は今日に限って妙に大人しかった。
たぶん彼女は最初からこれを狙っていたのだろう。
ユーマ帝国皇帝暗殺……今現在この世界の頂点に立っている人物を殺すという何とも大それた…本当に大胆不敵な試みだ。
そしてそれは見事に成功した。
凄いヤツだ…と士苑は亜里亜を見て思っていた。
今や彼は亜里亜に対する怒りや恨みは不思議なほど無く、むしろ一種の尊敬にも似た念を抱いていた。
『帝国に殴り込み行きましょう!』……彼女は以前そんな事を言っていた。
あれはこういう事だったのだ。
……本当に、素直に、凄いと思う。
ユーマ皇帝を殺そうだなんて、自分はとてもそんな考えには思い至らなかった。
ただただ自分達の国が生き残るためにはどうすれば良いのか……そればかり考えて…。
だが彼女は違った。
この歴史的な試みに挑戦し、やり遂げたのだ。
唯一にして絶対的に致命的だった誤算は、皇帝を殺した後の事をかなり考え違いをしていたという点…。
だいたい国主一人を殺しただけで即その国家が敗北を認めて全ての抵抗を止めるとか……そんな事ある訳が無い。
もうこの世界はゲームではないのだ。
プレイヤーを失っても、その陣営に所属するユニット達は意思を持ち続けるし、その後の人生もある……それを士苑は栗田 三郎との戦いで既に理解していた。
亜里亜の国は戦争をした事が無かったため、その辺りを履き違えてしまっていたのかも知れない。
…だが、その点を差し引いても、やはり亜里亜の取った行動は凄いと士苑は思っていた。
称賛すべき事なのか非難すべき事なのかは解らない。
事の善悪を超えて、ただただ“凄い”と思った。
(…美波 亜里亜……こいつは馬鹿だ!本物の馬鹿だったんだ!!)
ちなみにここでいう“馬鹿”は誉め言葉である。
(…俺達は、いずれ間も無く……いや、ヘタすると今この場で反逆者として殺されるだろう! だが今日ここで起きた出来事は確実にこの世界の歴史に刻まれるはずだ! 何てったってこの世界で史上初の統一国家を築いた男を殺してしまったんだから…!!)
そう…美波 亜里亜、刈谷 玲、佐倉 士苑…その名は今日この広間で起こった歴史的大事件と共に数百年……いや千年の後に渡ってまで語り継がれるだろう。
それはある意味とても有意義な事ではないだろうか。
少なくとも強国の顔色をうかがいながら細々と生き長らえるよりもずっと……。
「…愚かなやつらだ…」
セリナンティウスが口を開く。
「…帝国に刃向かわなければ国も命も失う事にはならなかったものを…」
それを合図に兵士達の槍が一斉に士苑達に向かって突き付けられる。
「ヒィッ!!?」
玲はビクッと身を強ばらせた。
士苑もいよいよ覚悟せねばならぬようだと悟り、ゴクリと唾を飲んだ。
亜里亜はここに来て初めて申し訳なさそうに二人に言う。
「…すいません……私のせいで…お二人まで巻き込んじゃって…」
「…ああ、まったくだ!お前のせいだぞ!」
士苑は良い放った。
だがその声にも顔にも怒りや怨みは無く、むしろとても清々しい笑顔だった。
玲はえっぐえっぐ泣いている。
「ほんっと…最後の最後まで楽しませてくれたよなぁ! お前は本当にいつも俺の予想の斜め上を行って俺を驚かせてくれた…!」
「え…っ!?」
その時、士苑は自分でも何をしているのか解らなかった…亜里亜の手を取って彼女の体を自分に引き寄せるやギュッと抱きしめ、その唇を奪ったのだ。
「……し…士苑さん…!? 何を…!?」
「亜里亜、…俺は……この世界に来て、お前に会えて良かった!!」
「士苑さん……」
「こんな時に本当に済まんが、聞いてくれ!俺は今やっと自分の気持ちに気付いたんだ!俺は…お前を愛しているっ!!」
「士苑さん……私も…あなたが好きっ!!!」
亜里亜の瞳は潤んでいた。
ここに来てようやくお互いの気持ちを確かめ合った二人は、また固く抱き合う……。
「ほんっとマジ○ねよお前らあぁぁっ!!!!」
玲の叫びが広間に響いた。
セリナンティウスも兵士達に命じる。
「かぁーっ!!これ以上サムい三文芝居に付き合ってられるか!!殺せ!!」
「「「ははあ!!」」」
無数の鋭利な槍先が今まさに士苑、亜里亜、玲の体を滅多刺しに刺し貫く…
…かに思われた、その直前だった。
「…やめえぇぇぃいっ!!!!」
凛とした一声が広間に響き渡ったのだ。




