54話 二人の重臣①
佐倉 士苑、美波 亜里亜、刈谷 玲の三人は広大な皇宮の中を進んでいた。
どのくらいの面積があるのか定かではないが、皇宮は相当広かった。
一つの建物ではなく、複数の宮殿と庭園から成る。
もちろんその一つ一つがとてつもなく大きい。
その全てに壮麗な装飾が施されており高級感と共に威圧感を醸し出していた。
巨大な帝都の一区画が丸ごとユーマ帝国皇帝という一人の人物の家なのだった。
案内役の男、セリナンティウスに導かれ、三人は皇宮の奥へ奥へと進んでいった。
「…あのぉ…まだ、歩くんですか…?」
これまであまり喋っていなかった玲が口を開く。
「ははは……広いでしょう」
セリナンティウスは半ば苦笑しつつ答えた。
「初めてこの皇宮を訪れる方は皆この広さに戸惑われるんですよ……」
士苑が尋ねた。
「…この国の皇帝陛下というのは、一体どういうお方なんですか?」
こんな権力を見せ付けるような宮殿に住むような人物だ……おそらく権威主義的で尊大な人間なのだろう…士苑はそう予想していた。
「う~ん……」
しかしセリナンティウスが少し考えてから口にした答えは意外なものだった。
「…まぁ、一言で言うと……掴み所の無いお方ですね。何というか…説明のしようが無い…。ただ一つだけ確かに言える事は、人を不快にさせるような人柄ではないです。きっと皆さん陛下の事がお好きになりますよ、たぶん……あぁ、いや待てよ、どうかなぁ……?」
「はあ……」
まったく要領を得なかった。
士苑は亜里亜と玲の方に向き直って尋ねる。
「…それにしても、まさか名前を変えないといけないなんて思わなかったよねぇ~。どんな名前にすれば良いんだろう? ねえ、二人はどうする?」
特に意味も無い問いかけだった。
話題のきっかけになれば良いという程度の…。
玲が答える。
「そ…そうですねぇ…。いきなりローマ風の名前にしろなんて言われても……ちょっと解らないですねぇ…。亜里亜ちゃんはどう?」
「……」
亜里亜は何も答えなかった。
…といって意図的に無視した様子でもない。
彼女は何やら心ここにあらずといった感じで、自分に話し掛けられた事すら気付いていないようだ。
「おい、亜里亜」
「……え?」
士苑がポンと肩に手を置いて、ようやく反応した。
「士苑さん? 何ですか?」
「何ですか、じゃないよ。お前今日なんかおかしいぞ? ずーっとボーッとしてるっていうか……」
どうも今日の亜里亜はいつもの彼女らしくない……士苑はそう感じていた。
だいたい口数が極端に少ない……まずそこからしておかしかった。
ずっと神妙な顔付きで、何やら思い悩んでいるような、考え込んでいるような……そんな感じなのだ。
玲が心配げに訊いた。
「亜里亜ちゃん、もしかして具合悪いの?」
「あぁ~…いや、すいません。その…違うんですよ……実は…私、ちょっと…緊張…しちゃってましてですねぇ……」
「緊張ぉ?」
意外な返答に士苑は少し驚いた。
「なぁ~んだ、お前でも緊張する事なんてあるんだなぁ~」
「…あっ!士苑さんヒドぉ~い。私こう見えて結構繊細なんだからぁ~。これから会う皇帝陛下って、こんな立派な宮殿に住んでる人なんだから、さぞかし立派な人なんだろうなぁ~って思ったら、なんだかドキドキしてきちゃって……」
「そういう事ね……まぁ、セリナンティウスさんも言ってたように悪い人じゃないみたいだしさ、そんなに硬くならなくても大丈夫だと思うぞ?」
「…ええ、たぶん陛下は皆さんが想像しておられるようなお方ではないと思いますよ」
「…ですよねぇ~。ありがとうございます。なんか少し緊張ほぐれましたぁ~」
そう言って亜里亜は笑ってみせた。
士苑は思う。
(なぁ~んだ、コイツも案外かわいいとこあるじゃん…大国の国主との謁見を前に緊張とか…)
実は士苑も少なからず緊張していた。
ひょっとして皇帝は自分達の事など歯牙にも掛けないのではないだろうか。
ユーマ帝国から見れば自分達の国など辺境の小国……吹けば飛ぶような存在だ。
まともに相手もしてもらえないかもしれない……。
そんな事を考えて気持ちが重くなっていた。
だが同じ思いを抱いていたのは自分だけではなかった。
亜里亜も同じだったのだ。
それに気付いた途端、士苑は気が楽になった。
別に田舎の小国と侮られたって、マトモに相手をしてもらえなくたって……どうでも良いじゃないか。
自分達の目的は自国の保全。
それさえ約束してもらえれば、他に帝国に求める物など何も無いのだ。
難しく考える事など何も無い。
この謁見を終えたら、少しこのユーマの街を見物して、それから国に帰って、そしてまたいつもの日々に戻る……それだけだ……。
一行は長い回廊を進んでいた。
向こうから数人の集団が何やら話し合いながらやって来た。
色は異なるが、いずれも古代ローマ風のトーガに身を包んでいた。
その集団の中心にいた人物がセリナンティウスに気付き、声を掛けてきた。
「おや? セリナンティウス君、その人達は…?」
「これはオクタヴィウス殿、こちらはシオニア地域を治める国主の方々です。これから皇帝陛下の元にお連れいたします」
「ふ~ん…」
オクタヴィウスと呼ばれたのは白髪混じりの年配の男だった。
年齢は60歳代くらいに見える。
彼は士苑達をチラリと一瞥した後、また何事も無かったかのように立ち去っていった。
(何か感じ悪い男だな……)
士苑はオクタヴィウスという男に良い印象を抱かなかった。
ほんの一瞬だけだったが、まるで自分達を値踏みするかのような視線を向けてきたのが解ったからだ。
玲も同じ印象を受けたらしい、やや怪訝そうにセリナンティウスに尋ねた。
「何なんですか、あの人…? あの人もプレイヤーなんですか?」
「ええ、あの方はオクタヴィウス殿といって、皇帝陛下の側近の一人…ユーマ帝国内でも五本の指に入る実力者ですよ」
「へぇ…」
偉い人なんだなぁ……と士苑は思った。
でも何となく冷たそうな印象を受けた。
まぁ、そういう人間が出世するんだろう。
世の中とはそういう風に出来ているのだ。
(…まぁ、俺には関わり無い事だな。別に帝都で皇帝の側近になって出世する気とかさらさら無いし……どうでも良いや)
だが亜里亜は全く違う感想を抱いたようだった。
「…なんか優しそうなお爺ちゃんって感じの人でしたねぇ~」
「「はあ…?」」
すっとぼけた答えに士苑と玲は思わず同時に口を開いた。
「亜里亜…お前……」
「……? 何ですか?」
「いやいや士苑君、これが亜里亜ちゃんの良い所なのよ……」
「まぁ、そうなんですけどねぇ……」
「何なんですか二人とも? なんか私の事バカにしてません~?」
そんな事を話していると反対方向からまた別の集団が現れた……。




