52話 【番外編】世界の端の小さな島で(後編)
「ようこそおいでくださいました、櫻華さん」
「こちらこそ、お招きいただき嬉しく思います。大邦さん」
数日後、僕達の国(と言っても小さな集落なのだけれど)にて、櫻華さんと彼女の側近達を招いての宴が催された。
彼女を殺すための宴が……。
「ささやかながら僕達からの心ばかりのおもてなしです……お~い、みんな!酒と料理を持って来てくれ~」
僕が声を掛けると山海の幸を山と乗せた膳を持った女達が現れ、僕と櫻華さんの前に並べていった。
「まぁ、こんなに沢山のご馳走……素晴らしいですわ」
「ささ……どうぞ遠慮無くお召し上がりになってください」
「ありがとうございます……情けない話、私もここ最近、すっかり気落ちしておりました……。このような時は他人の親切が身に沁みるものですね」
「ははは……今日だけは日々の煩わしい事は忘れてお楽しみください」
……正直、まだ良心の呵責はあった。
だがそんな物、より大いなる目標の前には、霞んで塵の如くだ。
そもそも彼女は侵略者……僕達は自分達の国土を守りたいだけだ。
計画は至って単純……宴が進んで櫻華さんとその家臣達に適度に酔いが回って来た頃、僕が見計らって杯を取り落とす。
それを合図に身を隠していたオミと兵達が雪崩れ込んで来て、櫻華さんと家臣達を皆殺しにする……という手筈である。
櫻華さんの護衛の兵は僅か数人だけ。
正直ここまで無警戒とは思わなかった。
余程こちらに気を許しているのだろう。
だが、それこそが貴女の命取りになるのだ。
……
しばらく経って、夜もすっかり更けてきた頃……。
「はあぁぁ……こんなに楽しい時を過ごすのは久しぶりです。大邦さん、本当に感謝いたします」
「そう言っていただけて僕も嬉しいです。ですが……」
もうだいぶ酒が入っているようで、櫻華さんの頬はほんのりと赤らんでいる。
そろそろ頃合いだ。
「……これからもっと楽しい事が起こりますよ」
さようなら、櫻華さん。
出来れば貴女とはもっと違う形で出会いたかった。
僕は杯を持った右手から力を抜いた……。
からああぁぁぁぁぁぁぁん……
「……」
「……」
「……」
「……あの、大邦さん? 落ちましたよ?」
「……あれえ?」
おかしい。
僕が杯を取り落とすのを合図にして、オミと兵士達が一斉に踏み込んで来るはずなのに……。
一体どうしたっていうんだ?
何か手違いでもあったのだろうか?
「……大邦さん、どうかなさいましたか?」
「…あ、い…いえ、何でもないですよ……おい、新しく杯をもらえるかい?」
「はい、国長様……」
解ったぞ。
きっとオミのやつ、待ちくたびれて居眠りでもこいてやがるに違いない。
それなら今度はもっと大きな音を立てて目を覚まさせてやろう。
僕は新しく受け取った杯を、今度は半ば床に叩き付けるようにおとした。
かっこおぉぉぉぉぉぉんっ!!!!
木製の杯が板張りの床に激しくぶつかった。
これでどうだ!?
「「「……」」」
……だが、やはり先ほど同様、何も起こらなかった。
ヤバいなぁ……そう何度も何度も杯を落とすのも変だ。
ていうかもう既に櫻華さんの家臣達が怪訝そうな表情でこっち見てるし……。
「あははははは……い…いやぁ~、最近手が痺れるんですよ~。もうホント参っちゃうよねぇ~。……ちょっと席はずさせてもらいますね。出すもの出して来ますんで……あははははは……」
僕は上手くごまかして、その酒宴の会場を後にした。
……まったくオミのヤツラ!
何で打ち合わせ通りにやってくれないんだよ!?
ていうか今どこに居るんだアイツら!?
苛立ちを覚えながら廊下を歩いていると、召し使いの一人が顔を真っ青にしながら駆け寄って来た。
「……あっ!く…国長様!ちょうど良い所に!大変な事になりました!」
「何だよ!? こっちはそれどころじゃないっての!オミはどこ?今あいつ探してんだけど……」
「そのオミ様が……お亡くなりになられました!屋敷の裏で何者かに殺されていたのでございます!!」
「……ファッ!!!?」
一瞬、事態が全く理解できなかった。
だが僕だって二百年以上の時を生きる国長だ。
すぐに冷静になって頭を働かせる。
オミが何者かに殺された……。
よりによって今夜この晩に……。
……という事は考えられるケースは、おおよそ二つ。
暗殺計画が櫻華さん側に漏れ、実行前に始末されたか……あるいは味方の中に裏切り者が出たか……。
いずれかは不明だが、到達する結論は一つだ…………次、殺されるの僕じゃん!!?
「……逃げる!!」
そう言うと僕は一目散に駆け出した。
向かった先は自分の私室。
とりあえず手近にあった大きな袋に必要そうな物を詰め込んだ。
……と言っても逃亡するのに必要な物って何だろう?
良く判らなかったので、ほぼ手当たり次第に放り込んだ。
そこへ、顔面蒼白の召し使いが飛び込んで来て、悲鳴に近い声で報告した。
「た…大変です国長様ぁ!!屋敷が……いえ、集落が大軍勢に包囲されています!!櫻華様の旗印です!!」
「来たか……!!」
だが大丈夫だ。
こんな事もあろうかと秘密の抜け道は用意してあるのだ。
吾妻さんとの戦いに備えての物だったが、まさかこういう形で使う事になるとは思わなかったな。
僕は袋を持って穴から脱出した……。
……
……穴は集落の裏手の山中に通じている。
櫻華軍の包囲の外だ。
この山の山頂からは国を一望する事が出来る。
そこに辿り着いた時、振り返って見ると、集落から火の手が上がっていた。
櫻華軍が攻め行ったらしい。
僕は国を失った……。
だが、後悔に浸っている暇は無い。
今は逃げ延びる事が先決だ。
生きてさえいれば、いつか国を再興する機会にも巡り会えるはずだ。
ひとまず一刻も早くここから離れよう。
僕は燃える国に背を向け、暗闇の山中へと姿を消した……。
*
……その日から僕の逃避行が始まった。
とりあえず僕は、未だに櫻華さんへの抵抗を続けている吾妻さんと合流しようと考えた。
似た境遇の彼なら、きっと僕を迎え入れてくれるだろう……そんな都合の良い事を考えながら……。
ところが、山の中をいくら探して歩き回ってみても、吾妻さん本人はおろか、その部下達とすら出会えない。
一体どこに隠れているのか、巧妙に身を潜めているのだろう。
僕は日々、山中をさ迷いながら木の実や草の葉を食べ、湧き水を飲んで飢えや渇きをしのいだ。
その間、僕はずっと激しい後悔の念に襲われた。
せっかく櫻華さんは僕らの国を見逃してくれていたのに、それを愚かな……本当に愚かでちっぽけな野心から台無しにしてしまった。
その結果がこれだ。
何が全土の統一だ。
何が大王だ。
もしそんな事を考えさえしなければ、僕は今でも小国ながら国長として、少なくとも雨風を凌ぐ屋根すら無い所で夜を明かす事など無かっただろう。
……一時は僕にこんな考えを抱かせるキッカケを作ったオミを恨んだ。
……もちろん櫻華さんも恨んだ。
あの人さえこの島に来なければ、僕らは(時々戦争もしていたけれど)平和に暮らせていたんだ。
……だが、けっきょく一番悪いのは、他ならぬ僕なのだ。
民の皆には本当に申し訳が立たない。
彼らは本当に何も知らなかったのだ。
それが僕が選択を誤ったがために、彼らは一体どうなったのだろう……?
一人残らず殺されただろうか……?
それとも奴隷にされただろうか……?
女達は辱しめられただろうか……?
彼ら彼女らには僕の血も流れている。
まさに僕の子供達だったのだ……。
*
ひと月が経ち、ふた月が過ぎた頃……。
僕は未だ山中に身を潜めていたが、ふと「ちょっと里に下りてみようかな」と思った。
というのも、そろそろ野生の食物だけで食いつなぐのも辛くなってきたし、いい加減ほとぼりも冷めた頃だろうと思ったのだ。
それに国から逃げ出す際に幾つか貴重品を持ち出していたので、物々交換して食べ物を手に入れたい。
……という訳で僕は思いきって山を下りた。
元々この島には、僕と吾妻さんの国の他にも、プレイヤーのいないユニットだけの小村が複数点在していた。
元は僕らの集落の余剰人口から派生して出来た衛生集落だったのが、世代を経るにつれて自立していったもので、主に二~三家族から成る小規模な村だ。
僕はそんな集落の一つにやって来た。
誰も僕が元国長だなどと気付かない。
無理も無い。
ふた月もの山暮らしで、すっかり薄汚れて汚くなってしまった。
物々交換で食べ物を手に入れ、ついでに村人からこの二月の間に何が起きたのかを聞いた。
まず僕の国の顛末だが、これは二月前に攻め込まれた時に徹底的に破壊され、跡形も無く無くなったという事であった。
これは、まあ大体予想はしていたが、やはり実際に聞かされると辛かった。
次に吾妻さんだが、彼は一月も前に櫻華軍に討ち取られたという話だった。
櫻華軍は吾妻軍が根城としていた山中の洞窟を発見し、これに総攻撃を掛け、かなりの犠牲を出しながらも制圧した。
中にいた者は女子供に至るまで皆殺し、その時に討ち取られた吾妻さんの首は腐り果てるまで晒されたという。
これをもって櫻華さんは、この島の覇権を巡る戦い(いつの間にかそういう事になっていたらしい)の収束を宣言した。
僕への追討命令などは特に出ていない。
どうやら向こうはもう僕など相手にしていないらしい。
僕は生き延びた……。
*
かくして櫻華さんに逆らう勢力はこの島から一掃された。
晴れて全土の統一者となった彼女は、民を集めて宣言を行った。
「この国を、私の姓から取って“ヤマト”と名付けたいと思います」
今、彼女は周辺の島々を治める国長達に使者を送り、ヤマトに服属するよう迫っている。
きっと大人しく従う国もあれば、そうでない国も出てくるだろう。
まだしばらくは平和は訪れなさそうだ……。
*
……僕は大きな袋を肩に掛け、海辺を歩いていた。
ふと前方に人が倒れているのを発見し、僕は慌てて駆け寄った。
年頃の少女だ。
「き…君、大丈夫!?」
「……あぁ……助けて……」
少女はかなり衰弱していた。
衣服は引き裂かれてボロボロ……どう見ても●●された後です本当にありがとうございました。
袋の中には薬も入っていたので、僕は少女を介抱してやった。
新しい服も持っていたのであげた。
「……本当にありがとう。アヅマ軍の残党に乱暴されて……あのままだったら衰弱して死んでかも……あなたは命の恩人よ」
「良いんだよ。元気になって良かった」
「私、イセホって言うの。あなたは……?」
「兎か……可愛い名前だね。僕は……名乗る程の者じゃないよ。じゃあ、元気で……」
僕は再び袋を肩に掛けて、いずこへともなく歩き出した……。
ヤマト……いずれこの世界の歴史の流れに大きく関わる事になる国……その誕生の物語でした。




