51話 【番外編】世界の端の小さな島で(中編)
「く…国を譲ってくれですって……っ!?」
僕はそれはもう動揺していた。
美しく整った容姿と物静かな態度に相反して何という図々しい頼みであろう。
……いや、これは実質、侵略だ。
僕らは今、物腰軟らかな侵略を受けているのだ。
櫻華さんは(本心からか表面上だけなのかは不明だが)申し訳なさそうに言った。
「……突然来てこのような厚かましいお願いをして、私達も心苦しいのですが、やはりその、大陸の方は近年、少し住み難い
ようになって参りましたので……」
「はあ……」
僕はそれしか答えられなかった。
オミはサッと背後の茂みの方に目配せをした。
ついに暗殺の計画を実行するんだな、と僕は悟った。
この美しい女性を殺す事に躊躇いはあったが(美人じゃなかったら良かったのだが)これも国のためだ。
もう戦いは始まっているのだ。
木々の影に身を隠した弓矢の名手達が彼女を射殺す……はずだった。
「……櫻華様!!危のうございます!!」
その邪魔をしたのは、あの“妙なもの”を持った兵士達だった。
彼らはその手に持っていた“それ”を構えた。
そこで初めて僕は、それが機械仕掛けで矢を打ち出す特殊な弓なのだと解った(ちなみに後で知ったが“弩”と言うそうである)。
たちまち放たれる疾風のような矢……。
「ぎゃあぁぁっ!!」
「うわあぁっ!!」
複数の短い悲鳴が上がり、身を潜めていた者達が転がり出てきた。
彼らは既に息絶えていたか、虫の息だった。
こっちの伏兵だって選りすぐりの弓の名手……それを一瞬で……。
兵士が櫻華さんに言った。
「ふぅ……茂みに身を潜めて我らを襲おうとしていた不貞の輩を退治いたしました」
「助かりました。ここも平和という訳ではなさそうね……」
そして彼女はチラッと僕の方を見た。
「……あ、は…はい、ここもそれなりに物騒なのでして……はい……」
僕はそう言うしか無かった。
彼女達は絶対に気付いている。
知っている上で見せ付けて来たのだ。
自分達の技術力の優位性を……。
死体に突き刺さった矢は体を貫通して反対側に突き出ていた。
つまり狙いが正確な上に威力も強いという事だ。
もしこんな武器を持った兵士達で構成される軍と一戦交えた日には、待っているのはさぞかし悲惨な結果だろう。
「……あ、それで、あの、お話が途中になってしまいましたが……」
櫻華さんは言った。
「この国、譲っていただけませんでしょうか?」
答えは決まっていた。
「……あ、はい。どうぞ、差し上げます」
*
……それからの櫻華さん達の行動は迅速だった。
ひとまず上陸を果たした彼女達は、千人を軽く超える軍兵と彼らを養う倍以上の民が居住できうる集落を海辺に築いた。
それまでこの島で行われていた(僕と吾妻さんの)戦いと言えば、せいぜい五十人~百人ほどの小規模な軍同士の、いわば小競り合いだけだったので、櫻華さんが引き連れて来た千人の軍隊というのは正に空前の大軍だった。
もちろん集落も今までこの島には無かった程の大規模な物で、環壕、柵、物見櫓などを備えた砦の様相を呈していた。
中には兵舎、民家、製鉄所および金属加工所、武器庫、食糧庫、その他様々な施設が備えられ、その中央の最も攻め難い所に櫻華さんの宮が置かれ、彼女はそこで政を行った。
これらは非常に短期間の内に完成し、僕らはと言えば、それらが進行していく様をただ見ているしか無かった。
……そんな折、吾妻さんの軍が攻めて来た。
彼もきっと驚いた事だろう、未知の第三の勢力が出現したのだから。
吾妻軍と櫻華軍は平地で衝突した。
もちろん勝負にならなかった。
櫻華軍は、鉄の武具と弩の他にもう一つ、それまでこの島には無かった物を持って来ていた。
それは人を乗せて素早く駆け回る四つ足の生き物……馬だった。
吾妻軍の兵士達は弩兵と騎馬兵に為す術も無く滅茶苦茶に蹂躙され、たちまち無惨な屍の山を築いた。
吾妻さん当人はと言うと、命からがら首の皮一枚で何とか戦線離脱に成功し、僅かな手兵と共に山中へと逃げ延びた。
一方、彼の国は徹底的に破壊され、捕らえられた人々は残らず殺されるか奴隷にされた。
僕はかつての敵に少し同情した。
……しかし吾妻さんは諦めなかった。
平地での決戦で勝ち目が無いと悟った彼は、山中に立て籠って徹底抗戦の構えを見せた。
一度は散り散りになった兵や民達も再び集結していった。
もちろん櫻華軍はこれを殲滅すべく、追って山中へと進撃した。
ところが櫻華軍はここに来て予想外の苦戦を強いられる事となる。
平地での戦いにおいては無敵だった彼らが、山中に一歩足を踏み入れた途端に無力と化したのである。
高い攻撃力と広い射程を誇る弩には、矢の装填に時間が掛かり速射性に劣る、という欠点があった。
弓に慣れた者なら弩が一矢を射る間に何矢も射る事が出来た。
弩とはすなわち、早くから敵を発見できるような遠くまで良く見通しの利く場所でこそ活躍できる兵器だったのである。
また、弩に限らず遠距離攻撃系の武器の最大の持ち味である、広範囲に大勢の兵を並べての一斉射撃……これが出来ない。
接近されると弱いのだが、木々の生い茂った山中では容易に接近を許してしまう。
もちろん騎馬兵も山中においてはその機動性を活かせなかった。
……という訳で今度は櫻華軍の方が一方的に狩られる番となった。
吾妻さんも屈辱的な大敗から学んだのだろう、彼は櫻華軍との“決戦”を徹底して避け、遊撃戦……すなわち山野に紛れて奇襲を仕掛ける……に徹した。
それにしても櫻華軍が山中での戦いにここまで不慣れだったのも、どうやら櫻華さん達が元々いた土地というのが、大陸の遠くまで見渡せる広野だったためらしい。
彼女達は元々そこで遊牧を行い、馬や羊を育てて暮らしていたのだとか何とか……まあ詳しくは良く知らない。
けっきょく櫻華軍は吾妻さんを討ち取れず、本拠地へと撤退した……。
そんな頃、オミが僕に提案した。
「国長!今こそ好機到来ですぞ!」
「どゆこと?」
「櫻華殿は今、敗戦によって心を悼めておられるはず……そこで我らで慰めのための宴を開いて差し上げるのです」
「そうだなぁ……国を“譲る”という形で奪われてしまったけれど、何だかんだで僕らの事は攻め滅ぼさずに見逃してくれてるし……ここらで恩を売っておくのも良いかも知れないね」
この頃、僕はもう、櫻華さんとは争っても勝ち目は無いから、手を取り合って共存共栄の道を歩んだ方が良いのではないかと考え始めていた。
だが、オミの考えは違った。
「いやいや、慰めのためというのは建て前……本当の目的はその宴の席で櫻華殿を殺ってしまう事にあります」
「あ!お前まだ諦めてなかったんだね?」
「当然でございます!……それに国長、これは我らにとって大きく飛躍する好機でもありますぞ」
「何だって?」
「櫻華殿を亡き者にした暁には、その技術と軍事力を我が物とし、我らがこの島々を統一するのです!」
「と…統一……!?」
「そうです!そして国長、あなた様がその全土を統べる大王として君臨なさるのです!」
「僕が……大王!?」
その時、まるで脳内に稲妻が走ったように僕はハッとした。
オミの言葉は僕に“あること”を思い出させたのだ。
そう、この世界は元々ゲームであり、その目的は他国と争って勝利し、自国を繁栄させる事……それは久しく忘れていた“目的”だった。
現に今、大陸では多くのプレイヤー達に率いられた諸国が相争う戦乱が繰り広げられている。
大陸の覇者を決める戦いだ。
それは恐らく、いずれこの世界が統一されて、一つの巨大な国になるまで続くのだろう。
そしてそうなった時、きっと何かが起こるはずだ。
つまり、ゲームが“クリア”された時……。
「オミ……」
「はい」
「……この世界の果ての小さな島から世界統一の戦いに名乗りを挙げるというのも面白いかも知れないな!!」
「……はい!!国長!!」
……そして僕らは宴の準備に取り掛かった。




