50話 【番外編】世界の端の小さな島で(前編)
紫苑達が国の命運を左右する選択を迫られていた頃、彼らがまだ存在すら知らない遠く遠く離れた地での出来事……
「く…国長様ぁ~っ!!」
その日、僕はいつもより少しだけ早く目が覚めた。
いや、より正確に言うと“目覚めさせられた”かな……?
まだ一番鶏も鳴かない夜明け前から僕の閨に血相を変えて飛び込んで来たのは“オミ”という老人だった。
このオミという名は親から子へと代々受け継がれていくもので、この名を名乗る者は国長である僕の周りに仕えて、僕が国を治める手伝いをする。
いわば“爺や”のような存在だ。
もちろんこの世界に来る前の僕は爺やがいるような身分じゃなかったけどね。
この世界に来る前……もうずいぶん昔の事になってしまった。
記憶の彼方に微かに残る、前の世界の思い出……。
あそこは今いるこことは比べ物にならないくらい色々と発展していたっけなぁ……。
そこには家族や友達がいて、僕はそこで学校って所に通いながら普通の暮らしを送っていた。
電気、テレビ、パソコン、スマホ、コンビニ、車、飛行機、宇宙ロケット……今からしてみれば夢のような世界……でもあの世界は確かに存在していた。
でも今はここが現実。
僕は木と藁で出来た粗末な家(そりゃあもちろん他の家に比べれば少しは大きくて頑丈かもだけどね)に住み、夜の灯りは篝火だけ、食べ物は狩りと漁と、あとは稲を育てて何とか国の皆が食べていける量の食事を確保できてるって感じだ……。
「……で、一体どうしたの? そんなに慌てて……」
僕は寝ぼけ眼をこすりながらオミに尋ねた。
「た…大変でございます!!沖合いに見たことも無いくらいの沢山の舟が現れましたぁ!!」
「何だって? 吾妻さん、また性懲りも無く攻めて来たのかぁ……でも海からってのは初めてだなぁ……」
「い…いえ、アヅマの軍勢とは少し違うようです」
「気になるなぁ……よし、ちょっと見てみよう」
僕とオミは急いで物見樓に登った。
こういう設備があるのは僕の国が頻繁に戦争をしているからだ。
相手は吾妻さんって中年のおじさんなんだけど、僕の国の方が豊かなんで度々攻めて来る。
ここは幾つかの島から成り立ってる群島で、その中の一番大きな島を僕と吾妻さんの勢力が二分している。
僕らの群島から船に乗ってちょっと東に行くと、大きな大陸があって、そこでは無数の国が乱立して争ってる……いわゆる“ぐんゆーかっきょ”ってのをやってるらしい。
僕は吾妻さん一人相手でさえ手を焼いてるのに、僕の国がそんな場所じゃなくて本当に良かった……。
物見樓の上に登って海の方を見ると、信じられないような光景が広がっていた。
「うわぁ……っ!!!?」
それしか声が出てこなかった。
だって海面が水平線まで余すところ無く全て船で埋め尽くされていたんだから。
今まで見た事も無いくらいの大船団。
しかもその一隻一隻が小高い丘のように大きい。
それらの船には皆、大きな帆が掛けられている。
風の力を受けて進むらしい。
僕の国で舟と言えば漁に使う数人乗りの小さな丸木舟(手漕ぎ)だけだ。
僕の国より小さな吾妻さんの国にも、もちろんこんな大きな船を作る技術は無いはず……。
ならばこの船団は一体どこから来たのだろうか?
目的は何なのか?
「うぅ~ん……」
うなる僕。
オミは言った。
「国長様!これはきっと大陸の国の一つが我々の国を領土にしようとして攻めて来たに違いありませんぞ!」
「え? そうかなぁ……。大陸は戦乱続きで住みにくいから集団で移住して来たとかじゃない……?」
「……いやぁ、それはちょっと考えにくいような……」
首をひねるオミを尻目に僕は海岸を指して叫んだ。
「……見て!船から人が上陸してきた!」
「本当ですな!……しかし、攻めて来たにしては少し様子が変だ……」
確かにその通りだった……船から上陸してきた人達は、金属製の鎧兜に身を固めた兵士らしき者もいたが、明らかに民間人らしい女性、子供、老人もいたのだ。
彼らは警戒しつつも船から荷物を海辺に降ろし始めた。
僕は言った。
「ほら、やっぱり移住者だよ、あれ」
「そのようですなぁ……ですが国長様、あの者ら全てを養えるだけの豊かさは、恐らくこの島にはありませんぞ」
「するとどうなるの?」
「戦争になるでしょうなぁ……」
「勝てるかなぁ……?」
「それは解りません。ですがあのような大きな船を造れるのですから、軍事力も相当なものなのでしょう……」
「……何とかならない?」
「一つだけ方法が……」
「何だ?」
「彼らを歓迎するフリをして近付き、油断させ、あちらの国長を暗殺してしまえば……」
「おぉ!残るは烏合の衆、僕らの勝ちって訳だね……でも騙し討ちなんて気が引けるなぁ……」
「何をおっしゃいますか!国を、民を守るためです。少しくらい手を汚すのは致し方ありません。それが国長というものでしょう」
「やれやれ、ユニットに説教されるとはね……仕方ない。やってみよう」
僕はさっそく護衛の兵数人と弓の腕の立つ者を何人か見繕って海岸へと向かった。
弓矢を持たせた彼らを海辺近くの木の影に隠れさせ、僕はオミと数名の護衛兵と共に上陸者の一団に近付いて言った。
「はいはい皆さん、こんにちは~。遠路はるばるようこそこんな辺鄙な島へ……」
「……何者だ!!?」
向こうの兵士達が槍を向けてきた。
まあ当然だろう。
想定内、慌てない。
近くで見ると彼らの鎧兜はずいぶん複雑な金属加工が為されているようだ。
この銀色にキラキラ輝く槍の穂先は鉄製かな……?
彼らの軍装は腰に下げた剣の一本まで同一規格品だった。
武器、防具を量産できる生産基盤があるって事だ。
かなりの技術差を感じる。
一方、我が方を振り返ってみれば、こっちの兵士達は布の服の上に木製の胴を着けているだけ。
かろうじて槍の穂先が質の悪い青銅制だ。
服自体も向こうの方が上質感がある。
……ああ、これは駄目だ。
これマトモに戦ったらアカン相手や。
僕は瞬時に悟った。
「おやめなさい」
兵士達の後ろから優しげな、しかし凛と響く声がした。
見ると、数人が所々に金銀の装飾の施された豪華な輿を担いで上陸してきた。
周りを“奇妙なもの”を持った兵士達が護っている。
輿には屋根があり、布に覆われていて中は見えないが、どうやら乗っているのはよほど高位の人物らしい……っていうかあっちのプレイヤーだろう、どう考えても。
「……この国の主に会いたいのですが、案内していただけますか……?」
「あ!はい、僕です」
僕は即答した。
輿が地面に下ろされる。
布が上げられた。
「……あ!」
僕はハッと息を飲んだ。
中から姿を現したのは……何と美しい女性だろう。
白い肌、長く艶やかな黒髪、どこか憂いを帯びたような切れ長の瞳……まさに絵に描いたような“大和撫子”だ。
どこか巫女を思わせる紅と白の着物に身を包み、首には翡翠の首飾り、頭には日輪を模した金細工の冠をかぶっていた。
「……お初にお目に掛かります。私、大和 櫻華と申します」
「お…大邦 出雲です……どうも……」
これだけ言うのが精一杯だった。
櫻華さんの美しさに完全に見とれていた……彼女の次の言葉を聞くまでは……。
「……あ、じゃあ大邦さん、申し訳ありませんけど、この国、ちょっと私どもに譲っていただけますか……?」




