44話 戦争を知らない国家たち
田中は俺達に尋ねた。
「そう言えばお二人は、この国に来られた目的は……?」
「俺は軍隊を作るため、技術的にも文化的にも進んだこちらの地域の国々を参考にしたいと思いまして……」
「私は面白そうだと思って士苑さんに付いて来ました♪」
「……なるほど、そういう事なら我が国の軍隊を見学させてあげましょう。こんな田舎の小国の軍で参考になれば良いのですが……」
「あ、ありがとうございます……」
このレベルで“田舎の小国”って……なら俺達の国はどうなっちまうんだよ、などと心の中でツッコミつつも俺は感謝の意を表した。
謙遜も過ぎると嫌味になるという良い例だ。
もちろん田中に悪気は無いのだろうが……。
※
田中は俺達を市内にある練兵所に案内してくれた。
そこでは兵士達が汗を流しながら戦闘訓練に励んでいた。
いくつかのグループ(おそらく部隊ごと)に別れて、木製の剣を使っての練習試合、もしくは弓、槍、または格闘の練習、さらには走り込み、筋トレといった体づくりをしている者達もいる。
「……あっ、王!」
「王だ!」
「王!」
「王がお見えになられたぞ!」
田中の姿を認めた兵士達はたちまち訓練を止め、揃って方膝を付いて頭を垂れた。
そんな彼らに田中は言う。
「皆、ご苦労!突然だが今日は遠方より参った客人に諸君らの日頃の訓練の成果を見せてもらいたい!出来るな!?」
「「「ははぁ!!!」」」
それを合図に兵士達はきびきびと行動を開始した。
それから時間にして僅か数分後、俺達の目の前には完全装備の兵士達が部隊ごとに勢揃いしていた。
日常の訓練中に突然の王の命令……そこから戦闘態勢に移行するのに費やした時間、たったの数分である。
「なんて早さだ……」
俺は驚嘆した。
「こちらに攻め寄せて来る敵軍の姿を見付けてから戦闘準備に入る、なんてざらですからねぇ……まあ、良くも悪くも戦い慣れてるんです」
そう言う田中の顔はちょっと得意気だった。
それから田中は俺達に自分の軍の分列行進を見せてくれた。
それは圧巻の光景だった。
何せ総勢数百~千人近い兵士達が列を乱す事なく様々な隊形へと変化するのだ。
まさに日○大もビックリの集団行動である。
軍にはいくつかの兵科があった。
中でも特に俺が注目したのが重装歩兵部隊と戦車部隊であった。
重装歩兵は半身を覆う程の大きな盾と長い槍を持ち、隊列を組んだまま移動する。
いわゆる“密集隊戦法”だ。
これは防御に特化した歩兵の運用法で、兵士達は金属製の鎧兜と盾(これはさすがに木と革製である)によってガチガチに身を固めており、それが密集して防御陣形を形成しているのだから、その防御は非常に堅い。
さらに彼らの持つ槍は長く、垂直に立てて持てば矢避けにもなる。
この重装歩兵が全体の大分部を占め、軍の主体を成していた。
一方、それに対して戦車部隊は数が非常に少ない。
そもそも戦車というのは馬に引かせた戦闘用の馬車であり、ここでは二頭立ての二輪車である。
乗り手は馬車上から攻撃を行うのだが、その主な武器は弓矢であった。
その戦い方はヒット&ラン……すなわち、機動力を活かして敵軍の前方に迫り、矢の雨を浴びせて去って行く……これを繰り返し、敵軍の兵力と戦意を削っていくのである。
非常に強力な攻撃力を誇る兵科……というか戦場においてはほぼ無敵の存在だが難点もある。
まず乗り手(御者 兼 射手)の育成に物凄い手間と時間がかかる。
戦車自体も非常に高価だ。
それを引く馬もなかなか揃えられない。
という訳で、希少である、という事が兵科としての戦車の弱味であった。
「……ちなみに装備は全て兵士達の自前になります」
田中はこの国の軍制について説明してくれた。
実はこの国の軍は志願制で、一定の年齢に達した男子が自主的に兵役に就くのだという。
もちろん給与など無い。
与えられるのは“名誉”のみ。
その代わり所属兵科は自由に選ぶ事が出来、戦車や馬を購入できる裕福な上流階級の者ならば戦車部隊に、鎧兜と武器ぐらいなら揃えられる中産階級から一般市民は重装歩兵部隊に、そしてまともな武器・防具も買えない貧民は剣一本、槍一本、または弓矢などを持って遊撃部隊となって正規兵を支援するのである(ちなみに暮らしに余裕の無い下層民に関しては、さすがに本職と兼業で、戦争時にだけ武器を手に戦列に加わるのだという)。
「へぇ!てっきり徴兵制かと思っていましたが、志願制なんですねぇ。それに社会階層がそのまま軍内の兵種に繋がってるというのも面白いなぁ」
「はい、必然的に戦場での死傷率も、社会的階層が上の者ほど低く、下の者ほど高くなっていきます」
「それは酷いです!」
……と、ここで亜里亜が田中に食って掛かった。
「みんな国のために命を懸けて戦ってるんでしょう? なら鎧や兜を買えない人達には国が支給してあげれば良いじゃないですか!」
「いやぁ、そんな事をしたらとても財政が持ちませんよ」
田中は苦笑しつつ言う。
「それに彼らは自らの意志で軍に加わっているんです。危ないから戦場に来るな、とも言えませんし……」
俺は感心した。
「いや、素晴らしい事です。率先して自分達の国を守ろうという意識が国民の中に根付いているんですね」
「そんな大層な物ではありませんよ。下層民達が参戦する理由は多分に利益目的です」
「え?……というと……?」
「略奪ですよ」
田中はサラッと言った。
「攻め落とした敵国の金品や女性を奪うんです。無償で御国のために命を捧げてくれてる訳じゃない。だからこそこちらとしても、それほど彼らに同情しないんですよ」
「女性を……奪うんですか……!?」
亜里亜は驚いて田中に訊いた。
「……はい、戦争で最も貴重な戦利品は“人間”ですからね。負けた国の民は奴隷として敵国に連れて行かれます。そして家族と引き離され、競売に掛けられるんです。男性は主に労働力として、女性は……まあ、お察しください。もちろん子供も例外ではありません」
「「……」」
亜里亜も俺も言葉が無かった。
田中は続ける。
「悲惨ですよ、負けた国は……。何もかも奪われ、破壊され、やがて風化し、この地上に存在していた事さえ忘れ去られ、人々の記憶からも消えて行く……。かく言う我が国も、これまで幾つかの国と戦って滅ぼし、それを踏み台にして更なる発展を遂げて来たんですよ」
「えぇっ!?」
「そんな……!」
俺達は愕然とした。
何ということだ。
この国の繁栄は今までに滅ぼしてきた他国の犠牲の上に成り立っていたのか……。
田中は穏やかに、だがハッキリとした口調で言う。
「だからこそ……負けたらどうなるか解っているからこそ……絶対に負ける訳にはいかないんです。自分達がそうならないために……みんな国を守るために命懸けで戦うんですよ」
「……」
「……」
この気の良い青年、実はとてつもない業と責任を背負っていたのだ。
いや、それはプレイヤー……一国の長として当然の物なのかも知れない。
なぜか死んだ栗田 三朗の顔が頭に浮かんだ。
俺達は未だ都市国家同士の本格的な戦争という物を経験していない。
それが実は奇跡のような幸運なのだという事に、今更ながら気付かされたような気がした。
そしてその幸運が、この先も続く保障など、どこにも無いのだという事も……。
田中は言った。
「佐倉さん、美波さん、覚えておいてください。いずれ、そう遠くない将来、この地域は戦争の果てに最後に残った一国によって統一されるでしょう。その国はきっとあなた方の国々のある地域にも手を伸ばして来るはずです。その時に備えておいた方が良い……後悔しないようにね。幸い、あなた方にはまだ時間が残されていますし……」
俺は少し考えてから口を開いた。
「……その国が田中さんの国である、という可能性もありますよね?」
「……いや、残念ながらその可能性は低いでしょう。この国より強い国なんていくらでもいますから。だからこれは僕からお二人に対する純粋な警告です。どうかご注意を……」
そう言った田中の顔は、どことなく悲しげだった……。




