31話 風雲
確か昔聞いた話によると英語で“金属”を意味する“metal”の語源は古代ギリシャ語で“探し回る”という意味の言葉だとか……まあ、それだけ貴重な物だという事だ。
この世界でも金属はそう簡単には手に入れる事は出来ないようで、俺達はあちこちから集めて来た岩石のサンプルを比較し、ようやく一ヶ所だけ銅の鉱脈がありそうな場所を見つけた。
だが……
「まさかな……」
俺は愕然とした。
どうやらこの世界を創った神様はかなり意地の悪いお方らしい。
なぜなら銅の鉱脈がありそうだと踏んだ場所は……皆が定期的に集まって情報交換などをしていたあの場所……周辺の全ての集落から等距離の位置にある“中立地帯”だったのである。
つまり文明を次の段階に進めたいと思ったら、そのために必要な物(ここでは銅鉱脈)を戦って勝ち取らねばならないという事だ。
……“戦争”という二文字が俺の頭に浮かんだ。
それは今まで避けて来た事……いや、避けて来たというより、その必要性に駆られた事が無かった。
先にも述べた通り、集落同士の利害がぶつかる事は無かった。
これまでは……。
だがここに至ってついに俺達は争い合わねばならない時が来たのである。
栗田と、刈谷と、水野と、亜里亜と戦わねばならないのだ。
資源を奪い合い、命を奪い合う……。
(……いや、ちょっと待てよ……?)
ふと俺は思い直した。
何を勝手に思い込んでいるんだ俺は……何も絶対に争わなければならないなんて決まった訳でもないじゃないか。
そうだよ、例えば鉱脈を全集落で共有して共同で採掘し、得られた銅は平等に分配するとか……。
……いや絶っ対分配の過程で揉めるよなそれ……。
平等に分配すれば不平等が生じる。
例えば通常の労働力を割いてまで鉱脈探しに奔走して遂に発見した俺達の集落は「俺たち他より少し多く貰っても良くない?」となるだろうし、採掘に尽力した集落があれば「なら俺達の所だって……」という事になる。
……で、それを実施したらしたで取り分の少ない集落は(頭では解っていても)面白くないだろう。
そんな物が積み重なっていく内に次第に雰囲気が悪くなっていって……戦争。
……駄目だ、流れが目に浮かぶ。
(だがそれは本当に最悪のケースだ。何か上手くやる方法があるはずだ。何か……)
俺は考えた。
しかし良い案はいくら考えても思い浮かばなかった。
そして最終的に一つの結論に達する……つまらない事で頭を悩ませている暇があったら行動しよう、というものだ。
現状、銅の採掘に向けて動いているのは俺達の集落だけである。
つまり他の集落と利害が衝突するような事態は今のところ発生していない。
なら実際そうなってから考えれば良いじゃないか、と開き直って採掘を始めてしまおう。
もし権利を主張して来る集落があれば話し合い、それで駄目だったら……その時はその時で考えれば良い。
※
そんな訳で俺達は若い男達を中心に二十人前後の“採掘班”を編成して現場へ向かった。
ところが、そこには既に先客がいたのである。
現場にたどり着いてみると、どこの者とも判らぬ十人前後の男達が穴を掘っていた。
「……お、おい!!何やってるんだ……!?」
俺は思わず叫ぶ。
穴を掘っていた連中が一斉に振り向く。
その中に一人、見知った顔があった。
「……し、士苑くん!? どうしたんだい!?」
「……栗田さん……!!!」
そこに居たのは栗田 三郎であった。
そう言えばこの男の動きだけは把握していなかった。
皆と付き合いを断っていたので仕方ない。
しかし盲点だった……。
「……お、お久しぶりです……」
とりあえず俺はそう言って会釈する。
いや、実際この人とは確実に半世紀以上は会っていないと思う……。
「……こ、こちらこそ……久しぶりだね……士苑くん……ねえ、まさかとは思うけど……君も、その……銅を……?」
「……です……」
俺は肯いた。
……その瞬間、場の空気が変わった。
栗田の集落の男達は木と石で出来た土木器具を手に殺気立った視線を俺達に向ける。
もちろんこちらの男達も同様だった。
まさに一触即発といった雰囲気……。
「やめろ!!落ち着け!!」
「そうだ!!ここで争って何になる!!」
俺と栗田は各々の集落の男達を制した。
栗田は俺の方に向き直り口を開いた。
「……士苑くん、悪いんだけどここは僕達が見つけた鉱脈なんだ。諦めて貰えると有り難いんだけど……」
「すいませんが栗田さん、俺達もこの鉱脈を自分達の力で探し当てたと思っています。俺達の立場は同じですよね……?」
「……じゃあ、決裂、という事で良いかな……」
決裂……その後に起こる事は解っていた。
ゆえに俺は一つの提案した。
「いえ、共有という選択肢もあると思います」
「共…有……?」
栗田は訝しげな表情を見せる。
それはそうだろうなぁ……。
言った俺自身、それが有り得ない事だと解っていた。
限りある資源を仲良く皆で分け合いましょうだなんて甘っちょろい理想論だ。
この過酷な原始時代で百年も生きていればそれぐらいの事は嫌でも解るようになる。
ではどうして俺がそんな提案をしたかというと……それは“逃げ”だろう。
栗田達と戦いたくないという想いが思わず俺に心にも無い提案をさせてしまったんだ。
どうせ返事は“ノー”に決まっている。
そう思っていた……。
ところが栗田の口を突いて出たのは予想外の言葉だったのだ。
「……わ、解ったよ、士苑くん。君の言う、共有、という選択肢……少し考えてみたい。集落に戻って皆と相談してみても良いかな……」
「へ……?」
俺は一瞬キョトンとした。
「……あぁ!は、はい!もちろんです!どうかご検討ください!」
「じゃあ、今日の所はお互い帰るとしようか……」
「栗田さん……ありがとう!本当にありがとう!!」
俺は栗田に何度も頭を下げて礼を言った。
俺は嬉しかったのだ。
九分九厘ダメ元で提示した案がまさか受け入れられるなんて!
これで栗田との争いは避けられる!
そうだ!
人は争わずに生きて行く事だって出来るんだ!
「頭を上げてくれ、士苑くん。とりあえず後日また話し合いの場を設けよう」
そう言った栗田の表情も先程と比べると大分穏やかなものになっていた……。
※
「シオンさん!何故あんな提案をしたんですか!?」
「そうですよ!我々が苦労して見つけた鉱脈を何で彼らと分け合わなきゃいけないんです!?」
……案の定、集落に戻ると一部の者達が俺を責め立てて来た。
だが全員が同じ意見という訳ではなく、俺と同じ共有案を支持する者達もいる。
彼らの中にこうした思考パターンの“差違”が出て来たのは実に面白い事であった。
簡単に言うと“色んな性格のヤツが現れ始めた”という事だ。
この違いは天性の気質と育った環境によるものだろう(まあ環境に関しては今のところ大した差は無いのだが)。
とりあえず皆をまとめる集落の長たる俺には反対派を説き伏せる必要があった。
「みんな、聞いてくれ!俺はこの世界を戦争の無い、誰も傷付く事の無い平和な世界にしていきたいと……」
……と俺が話し出した直後だった。
物見矢倉の上に立っていた見張りが大声で叫んだのである。
「た…大変です!!シオンさん!!クリタの村のヤツラが攻めて来ましたあ!!!」




