30話 取り引き
さて大々的に宣言して始まった『脱石器計画』であったが、最初は派手でも大掛かりでもない極めて地味な作業から始まった。
銅を豊富に含む地質の場所を特定する事である。
まず俺は皆にテリトリー内の各方面から岩石を集めてもらった。
もちろんただの石じゃあ駄目だ。
鉱物を含んだ“鉱石”でなければならない。
「見てみろ。石の中にキラキラ光る粒が見えるだろう? これが金属だ。こういうのを探して来て欲しい」
「「「解りました!!」」」
サンプルが集まるとそれらを比較してみて、その中から特に金属を豊富に含んでいる土地を探し出す。
あっちこっち片っ端から掘り返してみるよりは効率的だ。
それと併行して銅の精錬も試みられた。
つまり銅鉱石の中から不要な成分(硫黄など)を取り除いて必要な銅だけを取り出す作業である。
……と言ってもそんなに難しい事は無い。
焚き火の中に鉱石を片っ端から放り込むのである。
火が消えた後の燃えカスの中から純粋な銅の塊が出て来る(ちなみに得られる銅は鉱石の内の約一割程度に過ぎない)。
これを加熱して好きな形に加工するのだ。
だが俺達はこの時まだ知らなかった。
この作業がもたらす意外な“副作用”を……。
※
亜里亜が俺の集落を尋ねて来たのは計画が開始してから少し経ってからだった。
「聞きましたよ士苑さん。鉄を造り始めたそうじゃないですか」
「鉄じゃないよ。銅だ」
「あはは……まあ似たような物じゃないですか。でも何でまた? 何か不自由でもありましたか?」
「不自由とかそういうんじゃあないんだけどね……。亜里亜は自分達の文明を進歩させたいって思った事は無いかい?」
「それは少しは……なので最近こういう物を導入しました」
そう言って亜里亜は石の小刀を取り出して見せてくれた。
黒く光沢感のある石だ。
これは恐らく“火山岩ガラス”……またの名を……
「黒曜石か!!」
「正解です!これは良く切れますよ~。この切れ味を知っちゃったらもう他の石なんて使えませんよね~♪」
亜里亜は得意気な顔で答えた。
黒曜石は砕くと非常に鋭い刃となり石器に最適なのだ。
「どこで採れたんだ!? 教えてくれないか!?」
「それは秘密です」
「えぇ!? 自力で探せって事かよ!?」
「いえ、士苑さん達は探す必要なんかありませんよ。私達と“取り引き”しましょう。つまり“物々交換”です」
「物々交換……」
「はい。そちらが差し出すのは普通の資源で構いません。そうですねぇ……さしずめ黒曜石1に対して小麦10って事でどうですか?」
「なにぃ……っ!?」
この取り引きが果たして得なのか損なのか……俺には計り知れなかった。
銅の鉱脈さえ見付ければ石器なんぞとはオサラバだ。
つまり黒曜石の使用は永続的ではなく一時的に過ぎない。
…とはいえ向こうに主導権を握られるというのは悔しい。
何かこっちにも向こうには無い珍しい物があれば良いんだが……。
「……あ!あった」
「?……何があったんです?」
「ちょっと待っててくれ!良い物を見せてやるから!」
俺は急いでその場を後にし、すぐに“ある物”を持って戻って来た。
「……どうだ!?」
「わぁ……っ!!!」
俺の手の上にある“それ”を目にした亜里亜は目を見開いた。
それは“金”と“硝子”であった。
いずれも銅の探索・精製の過程で発見された物である。
金は銅よりも軟らかく加工し易い金属だが、軟らかすぎて農具や武器にするには向かない。
そもそも希少な金属で日用消耗品に使うほど採れないのだ。
浅い川の水底に“砂金”として散らばっていたのを誰かが銅と勘違いして拾い集めて来たのが始まりだった。
その見た目の美しさと希少性から装飾品などに向いている……逆に言えば今の所それぐらいしか使い道は見当たらない。
硝子は銅の精錬中に偶然発見された。
たまたま砂地の上で火を焚いた際、燃えカスの中から溶けた硝子の塊が出て来たのである。
恐らくガラス質の粒(砂の中に混じっている透明のやつ)が熱で溶けて一ヶ所に溜まって固まったのだろう。
金属に比べればずっと脆いが人類が初めて手にした透明(半透明)な物質である。
もちろん現在の加工技術では窓ガラスはおろか食器すらまともな物は作れない。
とりあえずこちらも装飾品ぐらいにしかならないだろう。
いずれも実用性の無い物だ。
だが亜里亜の反応は良かった。
「凄いです士苑さん!!こんなのどうやって作ったんですか!?」
「それはな……秘密だよ」
「うぅ……自分で何とかしろって事……じゃあないですよね、この流れから考えて……」
「……ああ、そうだね。じゃあ、商談を始めようか……?」
こうして俺達は黒曜石を手に入れたのであった。




