13話 冬の森
それから更に4ヶ月が経った。
季節は冬の後半。
集落の周囲は辺り一面の銀世界に覆われているが、時たま暖かい日もあり、春の予兆を感じさせるが、まだまだ本格的な春の訪れには遠そう……そんな頃である。
イヴとリリスは臨月を迎えていた。
二人のお腹は大きく膨らみ、もういつ産まれてもおかしくなさそうだ。
しかし我が集落は慢性的な労働力不足につき、こんな身重の彼女達にまで労働を強いねばならない。
正直、心苦しい所である(もちろん体に負担の少なさそうな作業を選んでやらせてはいるが…)。
※
その日、俺とアダムはイヴとリリスを集落に残し、森に獣を狩りに出掛けた。
家畜のイノシシはまだツブして肉にするほど殖えてはいない。
冬場の狩りは大変……と思いきや、雪の上に足跡が残るので獣を発見しやすいというメリットもある。
俺達は普段の衣服の上から毛皮で作った防寒着を着込み、雪の降り積もった森へと分け入って行った。
さっそく一頭の鹿と出くわし、二人で矢を射掛ける。
アダムの矢が鹿の尻に当たったが、致命傷には至らず、鹿は逃げた。
狩りでは良くある事だ。
一発で仕留められる事はまず無い……傷を負って逃げた獲物を俺達も追い掛け、弱った所で一気に襲い掛かり、狩る。
何せ相手は野生動物……場合によっては数日間に渡って追い続ける事にもなる。
向こうだって生きるのに必死だ。
だがそれぐらい大変でちょうど良いのかも知れない。
獣とはいえ命を奪うのだから……。
俺とアダムは逃げた鹿の足跡と血を追って森の奥深くへと進んで行った。
その途中、俺は地面に妙な物を見つけた。
「これは…?」
それは人間の足跡だった。
しかも複数ある。
この森は一応、俺達の集落のテリトリー内のはず……そこに俺達以外の何者かが集団で来ているという事か……。
考えられる可能性として最も高いのは、馬場がまた性懲りもなく襲撃を試みて来たか……。
だとしたら今は集落にはイヴとリリスだけだ。
身重の二人に迎撃はキツい。
(集落に引き返すべきだろうか……?)
そんな考えが俺の頭をよぎった時、隣にいたアダムが前方を指差して小声で俺に告げた。
「…いましたよ…シオンさん…!」
見ると遥か前方にヨロヨロと進む鹿の姿が……。
「…よし…!」
俺達は悟られぬよう息を殺して近付き、弓矢を構えた。
今夜は久し振りにイヴとリリスに新鮮な肉を食わせてやれそうだ。
そう思うと俺の胸は躍った。
近頃は肉と言えば干し肉ばかりだ。
出産を控えた二人には栄養のある物を食べて、元気な子供を産んでもらいたい。
俺達は矢を放った。
しかし……
「あっ!!…クソッ、外したか……。」
「逃げられましたね……。」
だがあの鹿はもう長くは持たないだろう。
あと少しで仕留められる。
そして俺達の帰りを待っている女達に旨い肉を食わせてやれる。
そんな思いが俺に決断させた。
「追おう!アダム!」
「はい!シオンさん!」
確かにあの足跡は気にはなる。
だが馬場達だと決まった訳じゃない。
そして仮に馬場達だとしても、防備が整った集落ならイヴとリリスの二人だけで迎撃が不可能という訳でもない(労働者ユニットとはいえ、最低限ながら戦闘能力も備えているからだ)。
そもそも全ては俺の杞憂に過ぎないかも知れないのだ。
例えばあの複数の足跡にしたって、実際の所はテリトリーが隣接している亜里亜の所の労働者ユニット達が獲物を追い掛けている内に俺のテリトリー内にまで入ってしまっただけかも知れない。
いや、むしろそっちの可能性の方が高いのだ。
大丈夫、心配する事なんて無い。
そう自分に言い聞かせ、俺はアダムと共に獲物を追った……。