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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Ⅲ 女帝

作者: 羊少納言

 むかーし、昔のお話です。

 どれくらい昔かと言うと、未だ赤ずきんちゃんが狼に食べられるよりも前のお話です。


 さてさて、とある小さな王国がありました。

 その小さな王国には小さな小さな町がありました。

 その小さな小さな町には、一人の少女が住んでいました。


 その少女の名前はダレット。

 彼女は可愛らしく元気いっぱいで、頭の良い少女でした。

 ダレットのお母さんはダレットを生む時に亡くなってしまったので、ダレットはお父さんに育てられました。

 お父さんの名前はダント。ダントはとても賢く、なんと文字の読み書きと計算が出来るのです。ですから、この街にある唯一の商会に事務職員として雇われていました。お給料もそこそこ良い暮らしが出来る程を貰っています。


 さて、そんなダントは娘のダレットにも文字の読み書きや計算を教えました。

 ダント親子の周りの人間は不思議に思いました。この時代、女性で文字の読み書きが出来るなんて写本を修行として取り入れている修道院の修道女くらいのものです。いったいぜんたい、ダントはダレットをどうするつもりなのか。修道院にでも入れてしまうつもりなのか。お嫁にやるなら、花嫁修業にやるべき事はたくさんある。文字の読み書きなんて無駄な事を教えている暇があったら裁縫の一つでも習わすべきだと皆思っていたのです。


 まあ、そういうわけですから、周囲の大人たちはダレットを心配していましたが、無用な事でした。なにせ、家事能力の壊滅なダントと二人きりで生活しているのです。いやがおうにもダレットは常日頃から花嫁修業しているようなものだったのですから。もっとも、男親のダントの影響でダレット自身が男勝りな性格になっていたのが、周囲の大人が一番心配していたことだったかもしれませんが。


 さて、周囲の説法なんて馬の耳に念仏でどこ吹く風のダントがダレットに文字を教えたのは単なる気紛れと言うわけでもありませんでした。ダントは家で一人寂しくしているダレットの気が紛れるかもしれないと、本を与えようと思ったのです。本の物語に没頭すれば、きっと一人ぼっちの寂しい時間もあっと言う間に過ぎ去ることでしょう。しかし、その為には文字を読めなくてはなりません。そう考えた結果、ダントはダレットに文字の教育をしたのでした。計算の方は気紛れでしたが。


 そうして、聡明なダレットは直ぐに文字を覚えて、ダントがお給料の余裕のある範囲で買って来る本を読んで寂しい時間を過ごす事に為りました。ダレットは直ぐに本の魅力に取りつかれます。

 本とは何と素晴らしい物なのでしょう。

 ダレットは本を読む事が面白くて仕方ありませんでした。しかし、この時代本の値段は決して易くありません。ダントが買ってこれる本は多くありません。ダレットは直ぐに家にある本を全て読み終えてしまいました。ダントの誤算は文字を覚えたてのダレットにそれほど速く本を読む能力があるとは思っていなかった事でしょう。


 ダレットはダントにもっと多くの本を読みたいと言います。ダントは困りました。滅多に我儘を言わないダレットのお願いです。ですが、そんなお願いを叶えようとすれば破産してしまいます。さあ、どうしましょう。

 仕方なく、ダントはダレットに、王都には図書館という凄い施設があり、そこには本が堆くあるそうだと教えます。ダレットは歓喜して飛び上がり、是非是非王都に行ってその図書館とやらに行ってみたいと言うのでした。ダントは娘の喜ぶ様を見て王都に連れていく事を決めたのでした。


 さてさて、そうして王都へとダントとダレットの親子はやってきたわけですが、二人は王都の大きさにびっくりしていました。本当は大した規模でもなかったのですが、小さな小さな田舎町出身の二人です。きっと大変驚いた事でしょう。


 ダレットはその後お目当ての図書館へと行きました。入館料が高いのには閉口しましたが、中に入って棚に所狭しと本が並んでいるのを見た瞬間に、ダレットは小躍りしました。さあ、端から全て読んでしましょう。せっかくの本の楽園です。選り好みなんて勿体ない。ダレットは夢中で本を読みふけりました。そして夕方に為り、図書館の閉館と共に追い出される事を3日続けました。


 そして、4日目の事でした。さあ、今日も読んで読んで読みまくろうと一冊の軍記物を手に取った時の事です。ダレットは急に見知らぬ少年に話しかけられました。少年もダレットと同じく本が好きで、よく図書館へとくるそうです。そして、彼は2日前から無我夢中で本を漁るダレットに気が付いたそうです。あんなに貪る様に本を読む女の子なんて見た事が無いと笑う少年の顔を見て、ダレットは顔を真っ赤にしてしまいました。


 それから二人は好き勝手に各々本を読みふけり、閉館時間が来ると二人揃って追い出されました。ダントの宿に帰ろうとしたダレットでしたが、少年に引き留められます。ダレットは少年に連れられて小奇麗なカフェに入ると、少年と本について語り合い、話を咲かせました。


 二人は次の日もその次の日も図書館で出会い、黄昏に語らい合いました。そうしている内に若い二人は互いに恋をしていたのでした。

 少女は周囲の大人に非難される自分の読書への傾倒を肯定的に受け止めてくれた事から、少年は普段目にする女性達と違う純朴で直向きで夢中で語らい合える存在に出会えた事から。彼らは互いに魅かれあったのです。


 それから数年して、二人は自分達の想いを程なくして互いに確認するに至りました。しかし、それと同時に少女は少年の正体を知らされて苦悩します。

 彼はこの国の王子でした。

 なんというロマンチックな事でしょう。恋した相手が全ての少女達の夢と憧れの的、白馬に乗ってやって来る王子様です。ダレットがもしハッピーエンドな御伽噺ばかりを読んでいたら、あるいは物事を考えるには未だ幼すぎたら、ダレットも歓喜していた事でしょう。

 しかし、ダレットの表情は苦悶でした。

 彼女の本の知識は現実世界の冷徹さを彼女の思考に供給していたのですから。

 あまりに身分が違う。もし迎え入れられたとしても、せいぜい末端の側室でしょう。非力な側室が寵愛を得ても、その先に待っているのは薄暗い陰謀と権力闘争でしかありません。


 ああ、何故私はこの人に恋してしまったのでしょうか。

 それがダレットが最初に思った事でした。


 一方、王子はヌクヌクとした王宮で育ってきたからかダレットの悲愴感がわかりません。彼がようやくその悲哀をダレットと共有したのは、父である国王と母である王妃にダレットという平民の少女と恋に落ちた事を明かした日でした。


 当然の如く王子に襲いかかるのは負の感情。

 国王からは火遊びは適度にしろとあしらわれ、王妃には正面から反対され縁を切るように迫られます。今まで思い通りにならなかった事等なかった王子は驚くのでした。

 王族にとって、結婚と世継ぎとはまさしく政治そのもの。それは王族が唯一我儘の言えない領域。

 王子は甘かったのです。


 その後、ダレットの予想通り側室の末席としてなら後宮に入れてやっても良いという御達しが出たのでした。ダレットの身分では王子に釣り合わないのです。当然の事なのです。

 ところが、この話を伝えに来た時の王子はとても明るい顔をしておりました。ビックリするダレットに王子はこう言うのです。


「僕は貴方を生涯一番に想い続けます。形の上では末席になろうと、真の王妃として大切にしてみせます。」


 ダレットはしばし沈黙した後、王子の言葉に乗ろうかとも思いましたが、一つだけ確認しておこうと思ったのです。

 ダレットは王子に尋ねました。

 

「王子様。私と国家の政治とどちらかを取らねばならない時が来たらどうしますか?」

 

 王子は力強くダレットを取るから安心して欲しいと答えました。

 しかし、ダレットはその答えを聞くと失望した表情を浮かべました。

 

「殿下。その答えでは私は貴方の下には居られません。」


「なぜだ?」


「私が殿下を愛しているからです。私は今しばらく貴方の下を去りましょう。」


「答えに為っていない。僕の返答の何が不味かったと言うのだ。」


「今それを指摘した所で、何も変わらないでしょう。ですが、殿下。私は殿下をお慕いしております。私は貴方を生涯一番に想い続け、必ずや再び貴方の下に戻りましょう。次は全てを払いのける力と共に。」


 そういうと少女は王子の下を去ったのでした。

 一人取り残された王子は、少女の言葉を一言一句覚えていたのですが、その意を悟る事が出来たのは随分と後の事でした。


 




 さて、それから数年後の事です。

 少女と王子の住んでいた小さな王国から遙か北に新しい王国が出来ました。

 なんでも、元々暴君のいた国だったのですが、革命によって暴君は倒れたのです。

 そして、その新しい王国の国王は未だ年若い少女で、周りからは姫様と呼ばれているそうです。

 

 しかし、革命で出来た国は周りの国々に常に狙われました。

 幾ら暴君と言えども、王を倒したのです。それは周辺の王国にとってなんら戦争の大義名分として不足のあるものでは無かったのでした。

 

 新しい王国の姫様は戦場の戦陣に立ち、自らの深い知識と智慧と覚悟を以って幾度も勝利を重ねました。勝利を重ね、武功を積み上げ、領土を切りとる力を示す。これが革命等と言う方法で国を手に入れた者の逃げられぬ宿命なのです。

 姫様はいつも周囲に、私はあの日から修羅の道を歩むと決めた、たった一つの愛の為に血の海を行くと決めたと漏らしていたそうです。


 そうして、気付くと10年ほどの歳月が流れていたでしょうか。

 あの少女の打ち立てた新王国は気付けば周囲の国々を併呑し、もうどこも喧嘩を振ってこなくなった時には、巨大な帝国へと変貌していたのでした。

 少女もその歳月により年を取り、年季が貫録を与え、彼女はもはや姫様などとは呼ばれません。

 彼女は大帝国に君臨する女帝となったのです。


 もう戦争はないでしょう。この強力な国にちょっかいを掛けて来る国などそうありはしないでしょうから。弱い国は戦争に巻き込まれますが、強い国は戦争を避ける事が出来るのです。


 さて、帝国の臣下たちは女帝に婿選びを奏上します。

 王族の宿命です。どこぞの馬の骨が帝室の親戚となるなどあってはならないのですから。

 しかし、臣下たちが驚いた事に、女帝は南に国境を接する小さな小さな王国の名をあげました。そこの2年前に王となったばかりの者と結婚すると言うのです。

 臣下たちは反対しました。勢力が違い過ぎる。大帝国の女帝とあのような小さな国の王では全く釣り合わない。政略的価値も無い。とまあ散々です。


 しかし、一番女帝の心を折ったのは、ある情報通の臣下がその件の王は既に王妃を迎え、仲睦まじく愛妻家と呼ばれている事。側室達も両手の指の数より多く、それらと全部縁を切らせる事は難しい事。女帝が小さな国の王の妾のように見える結婚は断じて許されない事。等を報告した事でした。


「大臣。それは本当かしら。彼は、あの人はその王妃を一番愛しているのかしら。」


「陛下。人の内心までは分かりかねますが、あらゆる証言者がそれについて一致しております。」


「そう。そうなのね。確かにもう10数年経ったけれど。あの人は私の事を忘れてしまったんだわ。私はずっと想い続けてきたのに。身分差が問題にならない様にとここまで這い上がってきたのに。血の滲む様な努力をして何度も命を賭け金にして私の愛の証を立てようとしたのに。あの人は私を裏切ったのよ。」


「陛下?」


 大臣は女帝の凄惨な表情に恐れながら呼びかけました。


「私の治世、最後の戦争よ。あの裏切り者の愚王を生け捕りにして、ひっ捕らえなさい。」


 かくして、女帝の号令のもと、彼女と共に長年戦場を駆けてきた将軍と兵士達が歓声を上げて士気を鼓舞し、活躍できる最後の場と勇んで進軍して行きました。小さな国の一つや二つ、象の群れに迷い込んだ蟻にも劣るでしょう。


 あわてふためく、小王国は新米の国王以下大臣は右往左往するばかりで、開戦後たった半日で降伏したのでした。

 王宮に入った将軍たちは兵士に一般人に指一本触れるなと厳命した後、王族や貴族を捉えていきます。国王も秘密通路をあっさり発見されて捕まりました。


「くっ。なぜだ。我が国は帝国に対してなんら敵対行為を取っていなかったのに。それどころか、友好的に接して来たはずだ。なぜこんなことを。」


「ふん。陛下がそう御決断なさったのだ。貴様のような王と名乗るもおこがましい矮小な身では考えもつかぬような何かがあるのだろうさ。だいたい、何が友好だ。友好と言うのは双方が友好である時だけ友好なのだ。片方が友好を止めれば、もう片方がどんなに友好でいようとした所で無駄な事。だから、政治の役割は、相手にもこちらに友好でいさせることがその本質だろうが。愚かな王め。」


 将軍は吐き捨てるように言うと、王を捕縛した後、王の弟以下王族たちも全て捕まえました。そして、少しばかり気の毒そうな顔をした後、悪いが命令だと断り、王の妃と側室達、彼らの産んだ子を全てその場で処刑してしまいました。


「うわぁあああ。やめろ。やめろ。なぜ私を殺さない。王族を殺すのは血を絶やす為であろう。なのに何故私と弟は生かされているのだ。そして、なぜ娘まで。子を産んでもいない側室達まで。」


「黙れ。命令だ。」


 その惨劇はそれほど時間も掛らず終わった事が王にとっては救いだったでしょうか。

 その後、占領された王国は帝国傘下の大幅に自治権の認められた公爵国としての存続が許され、王の弟が初代公爵となりました。


 王はというと、帝都に護送された後、王位を剥奪されてしまいました。そして帝城にある尖塔に生涯監禁される身の上となりました。身分は罪人であり、囚人であり、女帝陛下直々に所有する奴隷であるとされました。


 後から聞いた話ですと、その奴隷の監獄には女帝の部屋からしか行けないそうです。そして、女帝自ら食事を運んでいるのだとか。他にも大量の本を運び込んでいたと言う話も有りました。


 さて、文官の大臣達は女帝に尋ねます。


「陛下、婿選びはいかがいたしましょう。」


「私は結婚はしない。私の結婚相手はこの帝国そのものである。」


 かくして、女帝はこの宣告通り、生涯結婚しなかったのでした。

 ところが、なぜか女帝は子供を身籠ります。

 大臣達の間では父親の事は口に出さないと言うタブーが直ぐに出来たのでした。

 誰も、薮を突いて蛇を出したくはなかったのです。

 そして、それはまた、女帝の絶対的な権限が、夫無しに子供を生むくらいでは誰からも文句を言わせないほどに、強力無比な物であった事を示しているでしょう。




 ある日、女帝がお供の大臣と散歩している時でした。

 大臣は姫様と東奔西走した昔の労苦を思い出し、よくぞ今日このような平和を享受しているものだと感慨にふけりました。

 そこで、大臣がふと女帝に尋ねます。


「ダレット陛下、今お幸せですか?」


「ええ、とっても。愛する人が私だけを見てくれる。あの人、始めから王なんて向いて無かったのよ。今はあの人も大好きな本に埋もれて生活出来るし、愛する私との間を割く存在もいない。始めは私を憎い目で見ていたけれど、昔の愛を思い出して以降は大人しくなったわ。昨日もこう言ってたの。僕はただの馬鹿だから、君の奴隷くらいがきっと分相応だったのだろう。って。そりゃ、ただの諦観って言っちゃえばそれまでだけど。でも、私は信じてるの。あの人が昔の愛に回帰してくれたんだって。依然は嫌嫌やってるみたいだったけれど、最近は私の事を積極的に愛してくれるようになったし。」


 女帝は柔らかな笑顔を浮かべて少し大きくなっている自分のお腹を優しく撫でました。

 大臣達は最近出来始めたシワを寄せながら、その様子を微笑みを浮かべて見つめるのでした。




 その後も女帝の産んだ子供たちの活躍で帝国は栄え続けましたとさ。


 めでたし、めでたし。

御一読いただきまして、有難う御座います。


主人公の少女は最後ハッピーなのでハッピーエンドという事にしております。

王子の方は・・・見方によれば勝ち組人生ではないかと。。。たぶん。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王子視点の話もみたいですねえ
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