夏への扉はいつ開く!?(上)
~リアルが追いつけないSFはSuper Fantasyでいいと思う~
(1年6月初旬)
またしてもちょっと続きます…
「ぃーっす」
「お疲れさ…?」
いつものようにいつものごとく、空き時間には部室へ集う、すちゃらかの二つ名にそぐわぬ真面目な文芸部の昼休み。
なのだが。
最早既に聞き慣れた叶浦部長の声に、振り向きつつ応えようとしたものの、途中で絶句。
「またですか」
と、にべもないのは当然佐伯先輩だが。
普通驚くでしょうよ頬に湿布貼ってたら! 喧嘩上等なキャラでもないし(多分)。
「単に歯茎が腫れて顔のデッサン崩れてるだけだ。体調不良というか管理不行き届きというか、まぁそんな時に現れる現象なんだと」
「…なら、ココくるより歯医者行った方がいいんじゃ」
「授業と空きの兼ね合いで、午後イチ…」
「つまり2講目が支倉サンだった、と」
声もなく頷いて、部長は中央の長机に突っ伏した。かなり哀れだ。
「で、3講目はパスして時間までココでクダ巻くんですね」
「あのー、支倉さんって?」
「文学部の講師。出欠とレポート審査が厳しいので有名」
自分の入室後は扉を施錠し、体調不良か身内の危機以外での退室は認めない。毎回提出必須の出席カードには予め彼の名入りの日付印が押されており、ちょろまかしての後日使用もできないし、きっちり人数分しか配布されないので代理記入での提出も無理。そして3回無断欠席したらレポート提出。それも引用表記をしないネット記事のコピペはことごとく不可再提出、期限は次の授業まで。
「けど授業は面白くてなぁ」
「若くてイケメンだから、女子の人気も高いし。なんで結構高倍率だ」
…今時いるんですねそんな先生。
「シラカバやカモガヤの時期にギリでかかってますし、マスクした方がむしろ不審者扱いされないかも」
相変わらずPC前に陣取ってなにやらしていた佐伯先輩はそう言って立ち上がり、これまた卒業生が置いていったというスチールの本棚の上から木箱を下ろすと(背伸び不要)長机に置いた。PCのある机の下でプリンタが1枚紙を吐き出したが、無視。
開けられた蓋の中を覗き込み、思わず脱力。救急箱まで常備する文科系部はまずなかろう。多分、合宿時にも持ち込まれてたんだろうと想像するに易い。
「湿布より冷却だけの方がいいような気もしますが」
「サイズ的にマスクから確実にはみ出す。ついでに口動かすと剥がれる」
「ま、お好きな方で。マスクも眼鏡対応なの入ってます。これから医者なら下手に薬は飲まないほうがいいですね」
「朝、化膿止めは飲んだけど、1日3回のヤツだからもう抜けてる」
「でも駄目」
いずいの越して痛い! と訴える部長に先輩はやはりにべもない。
ジト目で先輩を睨んだ部長はそれでも抵抗は無駄と諦めたか、箱の中を物色し、花粉症用大判マスクと冷却シートを取り出した。
「自分で調節して下さいね」
とん、とその前に卓上用の鏡が置かれる。ホントにココの備品って…。でもその下に敷かれた1枚の紙はなんなんでしょう? さっきのプリントアウト?
苦虫を噛み潰したような顔をした部長もおとなしく言われるがまま。まずマスクを宛がい隠れる部分を確認し、冷却シートを貼ってマスクからはみ出る部分は外側に折り返し、実際マスク装着して鏡で確認するとマスクを外した。まぁ呼吸が苦しくなるからだろう。部室にいる分には外見気にしなくていいし。折り返した部分はサージカルテープで止める。
そしておもむろに鞄から財布を取り出し、箱の裏蓋を見つつ、なぜか箱の中に鎮座する貯金箱に小銭を入れた。
「…薬代?」
素朴な疑問だが、普通疑問に思うだろう。
大学には一応救護室がある。そこにいけば軽微な傷病はタダで治療してくれる筈だ。
「薬は合宿その他用に常備するから部費で賄うがな。使用期限があって廃棄するものもあるからその補填に使った者がカンパする、という形だ」
裏蓋には、一回当たり使用量に応じた料金が打ち出された紙が貼ってあった。
「保険医にあれこれ言われたくないしねぇ」
妙に重みのあるお言葉は、聞かなかったことにしない方がよさそうだ。
そして14時過ぎ。部長はマスクを再装着し、よろよろと歯医者へ向かった。まぁ、ただの花粉症か風邪かに見えるだろう。
ちなみに。
鏡の下に置かれた紙は、
『6月4日はムシ歯予防デー』
なるチラシだった。
その日から1週間が『歯と口の健康週間』なんだそうな。昔は歯の衛生週間とかだった記憶があるが、いつの間に改称されたやら。
いやはやまったく、佐伯先輩、Sですね…。
【to be continued…】
「いずい」はおそらく最も標準語に変換しにくい北海道弁。我が家では歯に何か挟まったときに出てくることが多いです。や、ホント説明しにくいんですよ…魂で感じ取ってやって下さい。