ひとめあなたに会えたからといってシアワセかどうか 4(完)
~あなたの為にオニオンスープ、そして大きな玉ねぎの下に敷かれる~
(1年4月中旬)
今度こそ最終話!
「ん、だからね。ココ、オレのウチ~♪ なワケですよ」
ねこのうたオスver.?
なにがどう「だから」なのかはイミフだが。
とりあえず高瀬先輩の部屋らしい。そこは分かった。
朝のオアシスが汚された気がしたとは黙秘しておく。
「ここ1階角部屋101。上の201がユキで、その隣202がカズミちゃん。たいちゃんは301。さて、眠り姫を運び込むに最適なのはどこでしょう?」
「……ここですね」
男がふたりいるとはいえ、意識のない男を階段で3階まで持っていくのは難儀だろう。運べたところで完璧に寝ていた俺に鍵の在り処を訊けるわけもなし。
ご迷惑をおかけしました、とそれだけには頭を下げた。まぁ、寝落ちしたのはアンタらのせいだけどな! とは内心に留めておく。言ったが最後だ間違いなく。…って、内心の呟きそんなんばっかだな(涙)。
とにかくお三方のとりとめないハナシをまとめると。
相搏っちゃった竜虎に挟まれ、それぞれ手にした瓶から酒を注がれまくり、断れずに干してるうちにチャンポンゆえに早々に落ちた、と。
自分のペースで呑んでる分にはザルと言われる俺だ。親が言うんだから間違いない。だからこそ、2時間という制限時間ありがとう! と今にして本気で思った。時間制限なかったらなにがどうなっていたやら。てか、佐伯先輩の有難い忠告を無視したことになるわけなんだが、とりあえず俺は被害者扱いなのかお咎めはないらしい。どころか
「店から運び出す前にバカふたりは殴っておいたが、気が済まないないら自力でもやれ。どうせなら顔いけ。腫らせろ。理由があるからヤリ放題だ」
佐伯先輩、漢前すぎ! どうせならここじゃなく先輩の部屋に運び込んで欲しかったです…。
「で、呑むか? 自力で帰って寝るか?」
前言撤回。あまり状況は変わらない気がそこはかとなくどころではなく。
ざっくりと分かり易いお言葉と、いなよいてよと訴える2対の目。きっちり呑み助認定されたんですね…とほほだな。
「…お相伴させていただきます」
他になんと言えようか。タダ酒ならいいんだよ! むしろもう一度意識を飛ばしたいくらいだよ!
「イェア! なに呑む~?!」
「てか、まずそこの煮物を。どなたが?」
「乾物以外全部私だ。ここのみんな悪食だから」
ここのみんな? 疑問を口にする前に高瀬先輩が訴える。
「美味いんだから悪食違う! たいちゃんも食べれば分かる!!」
…いつから「たいちゃん」確定? 言っても無駄だろうから言わないが。そんかし、遠慮会釈はナシでよかろ、と逆認定。
「…とりあえず、皿と箸くれますか? で、ポン酒所望です」
「りょーかいー。燗する? 氷?」
燗は多分おそらく間違いなく部長の役割なのだろうが言及すまい。水と氷は冷蔵庫からセルフか? 自室と同じ間取りの部屋で、玄関から部屋へ通ずる短い廊下の片側にある申し訳程度の水屋(つまり部屋内部へ通ずる廊下が作業スペースな訳だが学生向けワンルームなんざそんなもんだろう)と同じ並びに置いてる備品の冷蔵庫が、部屋の内部を向いている。水屋を調理では使ってないと言わんばかりだ。
「まずは常温で。味みて氷貰うかもですが。冷凍庫冷蔵庫は勝手に開けていいんですかね?」
「おけ。カズミちゃんの慈悲以外たいしたもん入ってることないけど、あるもんは勝手にどぞ。さて折角だから翠の切子出そーっと」
升のがいい? との問いに答えるより早く、ずるいー贔屓だー、とお二方のブーイング。イミフだが。出てきた翠の切子グラスは綺麗だった(うん、語彙がないね自己反省)。ちなみに先輩がたはスーパーで6個いくらな感じのロックグラスだ。ウチでも使ってたから見覚えのある、つまりは安物。なぜ贔屓されたのかは考えたくないので考えない。
そんなこんなの2次会で、朝日を拝んだ。
一度寝落ちした俺以外は延々呑んだくれていたに違いないが、見事なまでに崩れてない。排水溝の意味がなんとなく分かった。ザル、枠、の最上級だ。無敵だこのひとら。
ついでに言うなら。佐伯先輩の保存食はマジ激ウマでした。
肉じゃが、きんぴら、大根と白菜の塩昆布浅漬け、イカと胡瓜の辛味和え、オニオンサラダ鰹節乗せ手製ドレ。
酒呑み中はあまり食べない自分がえらい食べた。酔ったイキオイで追加も所望するくらい。
「ちょっと待て。玉ねぎ持ってくる」
佐伯先輩が苦笑しつつ腰を上げる。ああ、佐伯先輩の笑顔、希少価値あるわー。見れてラッキー。しかも追加おけ、て、もうどうよ!
「胃袋掴むオンナは最強だねぇ」
「ほんと。しかもカズミちゃん無自覚だしさー」
男先輩ふたりの嘆息はなんなのか。なんかビミョーに褒め言葉ではないような。がっつり胃袋掴まれてそうなのに。
そして10分後。玄関ドアになにかぶつかる音。
不審に思うより先に、
「カズミちゃんだから開けてやって」
と高瀬先輩。家主の言には従います。ヒエラルキー最下層だし文句はないです。
「両手塞がってる時は、開けて、の合図に、蹴るんだよ」
叶浦部長、解説ありがとう。
そして入ってきた佐伯先輩の手には、大振りなボウルにてんこ盛りにした玉ねぎスライスと、手製ドレの小瓶、なんやら載ったラップがけした小皿。そりゃドア開けるどころかインターホン鳴らすのも無理ですね。てか、蹴った方が早い。納得。
立ってる者は親どころか教授でも使うだろう佐伯先輩の命ずるままテーブルから回収した皿に、先輩は玉ねぎの半分弱をどかどか乗せ、先にはなかったじゃこと大葉をトッピング。小皿1の中身はこれ。
でも玉ねぎって水に晒さらさないと辛くなかったか…? 晒したというほど時間かかってないけど。
「新玉だから辛味は薄い。さっきのと同じだ」
佐伯先輩もエスパーでしたか。美味しいからいいですが。
「カズミちゃんもなにげにたいちゃん特別扱いしてるしー!」
高瀬先輩の雄叫びは、とりあえず無視。てかもうデフォで無視!
「流し使いますよ」
佐伯先輩もさっくりスルー。でもって、貸してください、ではなく、使いますという事後承諾。お見事。まあそれも常態なのか、家主も軽く流す。
家主に断ることなく開けた冷蔵庫からバター(マーガリンじゃないのかセレブか家主!)を取り出し、
「あ、ベーコンだ。ラッキー」
と、それも取り出し刻み、小皿その2な持ち込み品のにんにくスライスとを中火で炒め、香りが立ったら玉ねぎ投入。なぜか麺つゆを加えて強火にし、色づいたら水とコンソメ(これは備品)投入。くつくつと煮える音、食欲をそそる匂い。
ひと煮立ちしたところであくとりシートを乗せ弱火にし、ついつい見入っていた俺も促し席に戻った佐伯先輩は
「玉ねぎは味噌汁だと好き嫌いあるから、スープにした。吾妻は取り分けた後の鍋持って帰って喰え。で、鍋は自分で洗ってここに戻せ」
と宣った。
本当は呑み明けには味噌汁のがいいんだが、と。じゃあなんであえて玉ねぎなのかと問えば「傷む前に使い切るため」とのお答え。それはそれでワケ分からないですが。多分問うても無駄だろう。なのでスルー。
にしても。いやもうなんですかそのすべて決定形。否やはないのでいいですが。取り分けた後って、あなた方は取り分けるマイ皿をこちらに置いてるのでしょうか? 1人暮らしって人に貸せるほどたくさん食器用意しないと思うんですが。単にセレブくさい高瀬先輩が別枠ですか? でもここ食器棚ないよな…。
「ココが一番空きスペースあるから、みんなココに集まるんだ。このヒト料理しないから流しの収納スペースも空いてるし。なんで私の鍋やら調味料、鍋の中身を持ってく連中の皿が入ってる」
「…そーいやこの部屋、ベッドとテーブルしかないですけど。机とか本棚とかないって、高瀬先輩、勉強しないんですか?」
「隣もオレのウチ。勉強も仕事もそっち。ここは寝たりこうして遊んだり」
「仕事?」
「ココにも置き切れない鍋や食材やらはそっちの流しに置かせて貰ってる。おまえも喰うならここに皿とかタッパをひとつふたつ置いておけばいい」
なんだか不自然に佐伯先輩が先を奪った。
だがまぁとりあえず、皿を持ち込めばおこぼれに与れるのだろう。
今回は鍋で、それを返し。返す時に皿を持ち込めば次もある。多分取り皿も箸も、そうやって持ち込まれたに違いない。
とにかくとりあえず。胃袋を満足させてくださる方とお近づきになれた幸運に感謝しよう。それ以外はごはんの為に言及しない。それくらい、帰ってひと寝したあと食したオニオンスープは美味でした。全ての酒が空くまでコトコト煮込まれていたけれど、それだけではないだろうと思えるくらい、泣けるほど。たった半月で、そんなに手料理に飢えてたのかと思わないでもないけれど、それを差し引いたって旨かった。
美味しいは正義。
ゆえに佐伯先輩ヒエラルキー最上位。
ちなみに。
撤収直前に現れたどこぞの先輩は、休前日だったし新歓だったろう、ならココでシメだろう、そしたらカズミちゃんのごはん出てただろ? 等々玄関先で皿抱えて訴えてましたが。
「綺麗さっぱり完食しました。またの機会に」
と、軽くあしらわれ、肩を落として去っていった。
うん、紛うかた無き女王様だ…。
「新しい欠食ワンコがきたからねー」
とりあえずはドアを閉めた後の戯言は聞かなかったことにしておきます高瀬先輩。なので皿は置かせてくださいもらいます。
【end】
お付き合い下さり有難うございます。
次はGW合宿かな…?