狭き門を抜けてもそこはまだ雪国
~脳内における漢字と英語の変換機能~ (1年4月中旬)
呼気と不可分の紫煙がきらきらしたチンダル現象をかき乱す。
そんな空気をまとった、傾き始めたオレンジの陽を浴びる横顔が綺麗だと夕暮れの部室でなんとなしに思う。
パーマもカラーリングも施したことがないという艶やかな黒髪は短かめ。結構クセがあるそうで、7:3な長めの前髪は根元が立ち上がり毛先は綺麗にサイドへ、耳上で揃えられたサイドからは後ろへと綺麗に流れている。
…小柄なコならボーイッシュとなるのだろうが。ざっと見170オーバー(俺と目線が同じだ)でコレだと、素で性別詐称できるに違いない。口調もアレだし。見事にスッピンだし無表情。基本ジーパン綿シャツスニーカー。スカート姿はお目にかかってない。間違わない方がむしろおかしい。
美人さんですけども。装えば化けるに違いないですけども。
…が。それはそれ。
「ま、それなり?」
何代か前の先輩が『買い換えたから』と残してくれていったという旧式PCの前に陣取った先輩の感想が、それ。
煙草の煙が目に沁みる。ヘビースモーカーと分かっているひとの斜め後ろにひっついている非喫煙者が悪いのだろう、この場合。
「読み終えたら呼ぶ」
恐る恐るFDを渡した際に、そう言ってはくれたのだ。
ただそれでも。反応を見逃したくはなかったから。
そして読了後(400字換算150枚で10分強。早ぇ!)言われたのが。
「で、淫楽殺人? 殺人淫楽?」
「…はい?」
「そこ、ハッキリさせたら? 犯人ネクロなら粘膜から物的証拠も出るって言い張れる」
「ねくろ…?」
「ネクロフィリア。傷に生体反応出るかどうかで犯行時間に差が出せるだろ」
「……」
最初のふたつは、多分日本語。でもすいません、漢字変換できません。『いんらく』ってなんですか?
「みだらなたのしみ。辞書引け」
たのしみにふける、でもいいが。との追加は聞かなかったことにしたい切実に!
で、ねくろ。すいません、こちらは和訳知りません。ああでもご指示も下されないんですね呆れてますね…。
てか、あなたの語彙は一体どこで仕入れたんですか!
語彙なさすぎですか自分…。
ずーん、と擬音つきで背景にナワアミ背負って打ちひしがれたその背後に響いたのは
「ウチの子になに黒いこと吹き込んでんのー!」
ヤメテー! と叫ぶは部長3年生21歳男性。一見、茶髪にフレームレス眼鏡のクール系。なのにビミョーにオネエ言葉なのが軽そうに見える要因だろう。黙ってればイケメンなのに。ちなみに最新作の批評をしてくれていたのは会計担当2年生19歳女性。
「こんな無垢なコにえげつない単語教えるなー!」
「私はそれ以前に『ウチの子』発言に突っ込みたい」
「そこはスルーしろ! てかお前が突っ込むとか言うとシャレにならん!! ついでにその見た目に釣られた女子がドン引きしてる! やめろすぐやめろやめてくれ部の存続の為に!!」
「ロイヤルミルクティか砂糖ミルク増量カフェオレ」
「…………あくま」
開けた扉を閉めもせず肩を怒らせ突進してきた部長は、肩を落としてすごすごと退場。ちゃんと扉は静かに閉めてゆく背中が哀愁を誘う…。
「自分の発言も充分引かれる自覚がなさすぎる」
ボソリと呟かれたそれには激しく同意する。
でもきっと10分もしたら、本当なら持ち出し禁止なカフェのトレイを借り受けて、ここにいる人数分の飲み物を持ってくる。それぞれの好みをちゃんと押さえて。
オトナの世界は分からない。
この文芸部に入ってたった1ヶ月で、俺は自分がいかにもの知らずかを思い知った。
* * *
部長:叶浦 由紀 文学部(哲学)3年 男
会計:佐伯 千三 法学部(法専)2年 女
新入生:吾妻 大樹 農学部(畜産化学)1年 男
(…自分のこの名前なら性別間違われはしないとは思うが念のため)
他十数名。呑み会にしか参加しないほぼ幽霊でも、『部』としての体裁というか規定人員維持のため歓迎なのだとか。ということを、入学式から1週間後に行われた新歓で初めて会った先輩に教わった。ちなみにその人とはそれ以降会ってない。
そんなこんなで通称≪すちゃらか≫文芸部。それでも一応長年『部』扱いで、予算もつけば部室もある。待遇としては恵まれていると言えるのだろう。
が、内実はこんなもん。だから≪すちゃらか≫…なのだろう。
いつからそんな接頭詞が付いたのかは知らないが、この二人がその名を確固たるものにしたのは間違いないと思う。
そんなこんなのまだ雪残る4月。
【end】
云々は適当です。目に余る学部と思われましたらご指摘ください。随時修正します。