第七話
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「うわあ〜、綺麗」
朝からずっと馬車に揺られ着いたレノン湖。
夕日が写り込むレノン湖は文句なく、美しかった。
高台から湖を見下ろすことしばし、オルガに促されて、畔へと降りていく。
大叔母様のいる宮殿に行くのかと思っていたが、違うらしい。
宮殿とは反対にある街に降りていく。
レノン湖は避暑地であり、観光地である。
雄大で綺麗な湖。王都から近いこともあって、リディアーヌもよく訪れている。
だが、いつもは王侯貴族の避暑地である湖の向こう側に行くばかりで、賑わい溢れるこちら側に来たことはなかった。
道を行けば、宿の呼び込みやお土産物を売る店、食べ物の露店など、人や物で溢れている。
王都に負けず劣らず賑やかで、こちらの方がむしろ呼び込みなどすごい。
私は人に捕まってはオルガに引き剥がされるというのを繰り返した。
「あんたねえ、いちいち捕まってたらきりがないだろ」
「皆様、丁寧に説明してくださるのだもの。聞かなければ失礼でしょう?」
「買わないのに聞いてる方が失礼だよ」
「あら、必要と思えば購入します。 さっきだって串に刺さっている魚を購入したのですから」
「買ったもののどうやって食べていいか分からなかった癖に」
オルガは呆れたような声を出した。
だって、お皿もフォークもナイフもないのだ。
周りを見たら、皆そのままかぶりついていてびっくりした。
真似をして食べてみたら、香ばしくて塩が効いていて美味しかったのだけど、ポロリと魚が串から落ちてしまい、寄って来た犬に食べられてしまった。
残念。
耳元で精霊がクスクスと笑う。
何時もなら具現化して隣にいそうだが、昨日の夜に宿にやって来た後も具現化はせず、声だけだ。
力を使うのがよくないらしい。
「ほら、とっとと来な。今日の宿を決めて、荷物を降ろすよ」
オルガに連れられて行ったのは、少し高台にある、周りより豪勢な宿だった。
そこに一人一部屋取る。昨日とは雲泥の差だ。
「オルガさん、昨日とは随分違うお部屋ね」
私に充てがわれた部屋を眺めながら言うと、オルガは笑った。
「昨日は選べなかったからね。それにあんたが随分金貨を持ってるから減らしてやろうと思って」
私が持っているお金は、私が作った魔法石をオルガがどこかに売ったお金だ。
私が作る魔法石はまだ見よう見まねで作っているので危なっかしい。
しかし効果は高いらしく、オルガが信用できる魔法使いに売ってあげているらしい。
その儲けを少し貰って、街での買い物に当てている。
「それにそろそろ誰かさんが襲来するかもしれないから、部屋は広い方がいい」
「? 誰かさん?」
「なんでもないよ」
また精霊がクスクス笑う。
「精霊様?」
『なんでもないよ、リディ』
精霊にもはぐらかされた。首を傾げる。
「ほらほら、とっとと夕飯を食べに行くよ。今夜は飲むぞー!」
「ほどほどにしてね。わたくしでは暴れて人に絡むあなたを止められないわ」
「なに言ってんだい? あんたも飲むんだよ。女二人、心ゆくまで語り合うよ!」
(私、この人に着いてきたの間違いだったかしら?)
オルガは本当に沢山酒を飲み、酔っ払い、酒場にいる人に絡んだ。
酒場にいる男たちも色っぽく陽気なオルガと大いに盛り上がり、歌い踊っていた。
隅でジュースを飲んでいた私も見つかり、一緒に歌わされた。
初めは戸惑っていたが、大きな声で歌うのは楽しいし、皆陽気で面白い人ばかりだった。
夜も更けて、酒場にいた若い男に手伝って貰って、オルガを部屋に運ぶ。
本当は魔法を使えば、一人で運べるけれど、親切な申し出を断れなかった。
男は部屋にオルガを運ぶなり回れ右をし、両手両足をキビキビと動かし、帰って行った。
その変な動きに首を傾げると、
『さっさと帰ってもらったよ』
精霊の声。精霊が操っていたのか。
男も酔いが回って動けなくなったのかもしれない。
オルガをベットに寝かせ、私も自分の部屋に帰り、寝支度をしてベットに入る。
明日の出立時間を相談していないなと思いつつ、眠りについた。
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夜中、ふと目が覚めた。
目が覚めて、暗闇にぬぼーっとした白い影が見えて、私は目を見開き固まった。
目が暗闇に慣れてくるにつれて、それが白銀の鎧をきた勇者だと分かって、安堵する。
(あー、びっくりした。お化けかと思った)
それにしても勇者には寝室に勝手に入るなと言ってあるのに守らないのだから。
寝顔をじっと見られるなんて恥ずかしい事、されたら自分も嫌だろうに。
文句を言おうとして、ベットの感触がいつもと違うことに気がついた。
そうだった。
ここは旅先の宿だ。
どうして勇者がここにいるのだろう?
私は体を起こした。
「セルジュ様?」
呼び掛けると、勇者はふらりと動いた。
暗くてよく見えないが、その顔がくしゃりと歪んだ。
「リディアーヌ」
勇者は私の手を取り、確かめるように軽く触った後、ぎゅっと力を込めた。
「セルジュ様? どうしたのですか?」
「リディアーヌ、許してほしい。
もうあなたを試そうなんて決してしない。
あなたが側にいてくれるだけでいい」
「え? え? セルジュ様?」
勇者は言いながら私を押し倒し、背に回した腕にぎゅうっと力を込める。
言ってる事とやってる事が違う。
(重いっ、それに痛い痛い。鎧を着た男にのし掛かられて、羽交い締め! 死ぬ)
「セ、セルジュ様・・」
「リディアーヌ、俺は気が狂いそうだった。
このままあなたがどこかに行ってしまったらと。
そんな事になったら俺は・・」
「セ、セルジュ様、このままでは、わ、わたくし、意識だけ、旅立ってしまいます。く、苦しい」
勇者はハッとしたように体を離した。
巻きついていた腕が離れ、やっと一息つく。
体を起こし、胸を撫で下ろした。
(あー、助かった。危なくセルジュ様を置いて、永遠のどこかに行く所だったわ)
ぱっと部屋が明るくなる。
勇者が魔法で灯りをつけたのだろう。
ベットサイドにいる勇者は泣きそうな顔だった。
「すまない、会えたことが嬉しくて、加減を間違えてしまった」
「いいえ、今日は魔力の暴走が起きていない分マシです」
私が笑いかけると、勇者は泣き笑いの顔になった。
その顔を見ると、私はこれから告げる言葉に躊躇を覚える。
しかし、私は決めてしまった。
この事を勇者に告げると。
「セルジュ様、わたくしとの婚約を解消して下さい」
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