第二十三話
お久しぶりでございます。不定期で申し訳ございません。
午餐会に、勇者と聖女は現れなかった。
勇者と聖女は夜を共に過ごし、勇者の婚約者のリディアーヌは一晩中二人を呪っていた、という噂が立っていたところに二人が姿を現さなかった為、午餐会は美味しく昼食を食べましょうという雰囲気ではなかった。
私を窺う視線やその他諸々感じたが全て無視する。
勇者と聖女がどこにいるか知らないし、何をしているかも知らない。
私の部屋を出て行く時に勇者が不穏な事を言っていたから、どこかで闘っていたりするのかもしれないが、多分二人は無傷で帰ってくると思う。
今朝だって、人に散々心配をかけておいて、なんでもない顔で帰って来て、更にまた喧嘩を始めようとしたのだ。
今も多分そんな感じで喧嘩をしているのだと思う。
私の顔を窺う人には、にっこり笑顔を返しておいた。
私の笑顔に戸惑う人が多い中で、ヴィクトルが引きつった様な嫌そうな笑顔を返して来たのはどういう意味だろうか。
食の進まない昼食の後、アンジェリーヌの部屋にお邪魔する。
今日は夜に舞踏会がある。
その支度を始める時間まで、女同士でのんびり過ごそうと思っていたのに、邪魔者がやって来た。
「ヴィクトル、いらっしゃい」
現れたヴィクトルをアンジェリーヌは嬉しそうに迎えた。
アンジェリーヌの青い目は潤み、形の良い口は嬉しそうに綻ぶ。
金の髪の美貌の王女は、ヴィクトルを前に恋する乙女に変わった。
対するヴィクトルもアンジェリーヌを見つめ、世界には二人だけしかいない。
二人は再会を喜び合い、愛の言葉を紡ぐ。
(あなた達、つい先程まで一緒にいたわよね・・)
私はアンジェリーヌを見つめ立ったままのヴィクトルの後ろに回り込んだ。
二人の世界に行っていて、気付かないヴィクトル。
私はドレスの裾を摘み、重心を左足に乗せる。
ここなら見ているのは私とアンジェリーヌの侍女、それにヴィクトルの侍従だけだ。
私はえいっと、ヴィクトルの右の膝裏を、押す様に蹴った。
「おわっ」
ヴィクトルはバランスを崩して、倒れそうになった。ふっ、隙だらけ。
「リディ!
何をするんだ!」
「何をではないわよ。
いきなり来て、二人の世界に入らないでちょうだい。
わたくしが先にアンジェと話をしていたのよ」
「だからって蹴る事はないだろう。
お前、昨日から足癖が悪いぞ!」
「あなたがしっかりしないのが悪いのよ」
振り返ったヴィクトルと軽い口喧嘩をする。
いつもの事なので、ここにいる面々は驚きはしない。
アンジェリーヌが口を押さえてふふっと笑った。
「リディ、ごめんなさいね。
わざとではないから許して?」
「アンジェは許すけれど、ヴィクトルは許さないわ。
ヴィクトルは最近薄情なのだもの。
この間だって、わたくしが困って助けを求めたのに無視をしたのよ」
一昨日、城の廊下で勇者に抱き締められた時、野次馬の一人と化し、勇者を止めてくれなかったのを当てこする。
ヴィクトルは嫌そうに口を歪めた。
「いや、あれは止められないだろう」
「何故? あなたはセルジュ様の友人でしょう?
セルジュ様を諌める義務があるわ」
「いつもいつも私がセルジュの尻拭いをすると思うなよ。
それにあれはお前が悪い」
キッパリと言い切るヴィクトル。
ヴィクトルは薄情者だが、言う事は正しい事が多い。
私は勢いを抑え、聞き返した。
「わたくしの何が悪いと言うの?」
「お前から距離を詰めたのだろう。
セルジュに非はない。
頬に触れられて、『私を信じて、私は離れません』なんて惚れた女に言われたら、そりゃあ抱き締めるぐらいするさ」
「・・・・」
あの時はジェラルドと話をしていたら、何故か勇者の機嫌が悪くなった。
勇者が婚約解消の八ヶ条を持ち出したから、それは無効だと言ったのだけど、それで勇者の機嫌が更に悪くなったから宥めただけだ。
でも確かに、うーん。
アンジェリーヌに促されて席に着く。
ヴィクトルとアンジェリーヌは隣り合い、私はその向かいだ。
新しくお茶の用意が整うと、私は口を開いた。
「確かに、わたくしも悪かったかもしれないけれど、だからって公衆の面前で抱き締めるのはよくない事だわ。
セルジュ様を止めてくれたっていいと思うの」
「嫌だね。
止めたらセルジュに睨まれる。
他の野次馬からは無粋な奴だと思われる。
何せ、お前達は宮廷一のバカップルだ。馬に蹴られて死んじまう」
「誰がバカップルよ。しかも何故宮廷一なの。
宮廷一のバカップルはあなたとアンジェでしょう」
ヴィクトルとアンジェリーヌを交互に見て言うと、アンジェリーヌは頬を染めた。
「私達は二位だ。
不動の一位には勝てない。甘んじてそれを受け入れよう」
「納得がいかないわ」
「ちなみに言い出したのはオルガだ」
(オルガさん、ひどいわ。でもオルガさんなら言いそう)
勇者の仲間の魔法使いの名を出されて思い出した。
昨夜の件、ヴィクトルは知っているのだろうか。
「ヴィクトル、昨日の事、オルガさんから聞いた?」
「お前が聖女を落としたって件か?
聞いたよ。オルガが大笑いをしていた。
リディ、いくら何でも早すぎないか? 会って何日もしない内に。
しかも女性相手だ。どういう事だ?」
詰問されているが私だって意味が分からない。
ただ聖女は男なので、私が女性を惑わすというのは思い違いだ。
「リディ。聖女様を落としたって何の事?」
アンジェリーヌは不思議そうな顔をしている。
それはそうだ。落としたって言われても、意味が分かるはずがない。
「それはね・・」
「昨夜、リディの部屋に聖女様が訪れたそうだが、リディを巡って、セルジュと聖女様が喧嘩をしていたらしい」
「まあ、そうなの?
リディを巡って二人の方が争うだなんて、物語のようね」
アンジェリーヌは楽しそうに微笑んだ。
いや、片方聖女だからね。対外的には女性だから。
「今もセルジュと聖女様の姿が見えないからな。
色々な噂が立っているらしいが、リディ、二人がどこにいるのか知らないか?」
「知らないわ。二人で転移して行ってしまったから」
「噂が変な風に捻じ曲がる前に、何とかしたいのだがな」
ヴィクトルは難しい顔をして、腕を組んだ。
アンジェリーヌがヴィクトルの腕にそっと触れる。
「変な噂って、セルジュ様と聖女様が惹かれあっている、とかいうものでしょう?
そのようなものはリディとセルジュ様を見ていれば、嘘だって皆様気付くわよ」
「だが、それを利用しようとする輩が出て来ても困る」
「心配性ね、ヴィクトル」
「そういう物の後始末が何故が私の元に来るからな」
ヴィクトルは嘆息した。
勇者の友人は大変だ。
しかし、せっかくいい感じに回っている噂を正されると私が困る。
「ヴィクトル、心配しないで。
いいじゃない、皆様のお好きなように噂をしていただけば」
「リディ、お前な。自分の事だぞ」
ヴィクトルは不機嫌な眼差しを私に向けた。
「人の口に戸は立てられないわ。
それに、勇者様と聖女様の仲が良いという事は、悪い事ではないでしょう?」
実際には罵り合ってるが、あれも仲がいいという事ではないかと思い始めている。
戦っているうちに友情だか、愛情だかが目覚めた、みたいな。
勇者は聖女と共にいる時は随分感情が豊かだ。
思いっきり怒って、怒鳴っている。
あんなに表情を崩して、声を荒げる勇者を初めて見た。
勇者と婚約してからの半年、勇者と共に過ごす時間は多々あった。
お茶会、晩餐会、舞踏会。
何でもない時でも私の部屋で話をしたりしていた。
勇者は穏やかな笑顔を浮かべている時が多い。
大体は笑顔、たまに不機嫌。
そして、いつも言いたい事を我慢している様に感じる。
行動にも気を使っている。
貴族社会では感情を表に出さない事は当たり前で、勇者もそれに習っているのだろうけど、私だって気のおけないヴィクトルとかには口調を崩して、口を開けて笑う事だってある。
勇者ともそうやって笑い合えたらと思うのだけれど、中々難しい。
聖女はそんな勇者の壁を簡単に取り払ってしまった。
二人のやり取りは、遠慮がなくて清々しい。
聖女の明るさ、というか、素直な物言い?
遠慮のないどうしようもなさが、相手の壁を取り払ってしまうのだろう。
それが少し羨ましい・・。
「二人の好きにさせましょう。好き合っているならそれもいいし、何より部屋をこれ以上壊されては堪らないわ」
思った事をそのまま言ったら、ヴィクトルとアンジェリーヌが揃って顔を引きつらせた。
あれ? 勇者が私の部屋を破壊したのは聞いていないのか。
「リ、リディ?」
アンジェリーヌが震える声を出す。
「なあに? アンジェ」
「リディ、変な事を考えていないわよね?」
「変な事?」
「まさか、セルジュ様が聖女様に心変わりをされた、なんて考えていないわよね?」
「・・・・・」
心変わり。したのだろうか?
女神様はそう言っていたし、私の目にも最初はそう見えた。
しかし昨夜、聖女が男だと分かった。
勇者の行動ーー聖女を投げ飛ばしたりーーを見ていると、勇者は聖女が男だと気付いているのかもと思う。
それでも勇者は聖女の事が好きなのだろうか。
しかし勇者は変わらず私を想ってくれているような気もする。
私の思い上がりだろうか?
黙っていると、ヴィクトルが勢いよく立ち上がった。
「リディ! 何を考えている?
まさか、変な事を考えていないよな。また何かする気ではないだろうな」
「変な事って何よ、失礼ね」
「リディ、頼むから何もするなよ。
変な勘違いもするな。セルジュが愛しているのはお前だけだ!」
「ヴィクトル、恥ずかしい事を大きな声で言わないで」
何故ヴィクトルが勇者の気持ちを代弁するのか。
それは昔の事で、今は違うかもしれないではないか。
「リディ、ほんっとうに何もするなよ。
お前の考え次第で、国が滅んだりするのだからな」
「何を馬鹿な事を言っているの」
ヴィクトルはいつからこんなに心配性になったのだろうか。
これでは私がこれからしようとしている事を言ったら、心配し過ぎて禿げてしまいそう。
ただでさえ、ヴィクトルのお父様は生え際が危ない事になっているのだから。
「ねえ、ヴィクトル、座って。
そんな事よりあなたに忠告したい事があるの」
「そんな事ってお前な・・」
「アンジェの事よ」
恋する男には国の存亡より愛する人の方が重要らしい。
ヴィクトルは大人しく席についた。
「ヴィクトルとアンジェは、ジェラルド王子の事をどう思ってる?」
「穏やかな方よね。いつも笑顔で。
けれど感情をうまく隠しているように見えるわ。
本当はどんな方かよく分からないわね」
「私は、セルジュから色々聞いているから、あまりいい感情はない。
アンジェもリディも、あまりジェラルド殿に近付いて欲しくはない」
ヴィクトルはジェラルドの危険性を知っているらしい。
ヴィクトルの言葉にアンジェリーヌが首を傾げる。
「どういう事?」
「内容は知らなくていい。ただ近付かないでくれれば」
お茶を濁そうとするヴィクトル。
私はアンジェリーヌにキッパリと告げた。
「ジェラルド王子は女好きなのですって。
しかもサディストで変態。アンジェ、絶対に近付いては駄目よ」
「変態?」
アンジェリーヌは目を丸くして驚いている。
「そう、変態よ。言葉がどうとか体罰とか何とか。
何かよく分からないけれど、危ない人らしいわ」
女神様と聖女から聞いた情報を口にする。
アンジェリーヌの横で、ヴィクトルが慌てた。
「リディ! お前どこでそんな話を!?
しかもサディストだの変態だの、そんなのは私も知らないぞ!」
「話の出処は内緒よ」
「お前、またどこかで盗み聞きを・・」
「違います」
失礼な男だ。私は女神様と聖女から直接聞いたというのに。
「いい、ヴィクトル。
絶対にジェラルド王子をアンジェに近付けては駄目よ。
多分、アンジェはジェラルド王子に狙われているわ」
「それも聞いた話か?」
「勘よ」
女好きなら、アンジェリーヌの美貌を見たら手を出そうとするに決まっている。
「ジェラルド王子は逆らう者は容赦しない非情な人で、気に入った人は監禁してしまうそうよ」
「お前、本当にそれはどこで聞いたのだ」
ヴィクトルは呆れたような目をしている。
確かに少し話を盛ってしまったが、監禁という言葉も女神様から出た言葉だ。
「ヴィクトル、真面目に聞いて」
「聞いている。ジェラルド王子の女癖の悪さは聞いているし、非情な人というのも間違ってはいない。
だから気を抜くつもりはない」
「よかった。
ではアンジェ、後はあなたが気を付けるのよ。
ジェラルド王子に笑顔を向けられても、油断しないでね」
「ええ、分かったわ。
でも、リディ。わたくしよりあなたの方が心配だわ。
リディはどこか抜けているのだもの」
アンジェリーヌの言葉にヴィクトルも頷く。
失礼ね、私のどこが抜けているのよ。
「それにリディ、あなたは人の事ばかり気にして、自分の事を疎かにするから・・・。
わたくし、とても心配だわ」
アンジェリーヌの目には涙が滲んでいる。
いけない、アンジェリーヌに心配をかけてしまった。
「アンジェ、安心して」
私はアンジェリーヌを安心させるよう、笑顔を浮かべた。
「わたくしはジェラルド王子の女好きを逆手に取って、上手くやってみせるわ」
二人は青ざめ、顔を見合わせた。
お読みいただきありがとうございます。




