第二十話
本日二話目です。
「リディアーヌが虜にすべき男は五人よ。
ジェラルド王子、騎士のヒュー、サミュエル、オズウェル、魔法使いのノア。
この五人」
「・・はい」
私はしぶしぶ頷く。
と、女神様の目がギラリと光った。
私は慌てて、力強く頷いた。
「この五人を虜にするのだけれど、あくまでヒロインは聖女である事を忘れないで。
勇者と聖女が仲良くしている事に嫉妬した五人。
あなたは言葉巧みに、時に色仕掛けもして彼らを自分の側につけ、聖女と仲違いさせるの」
言葉巧みに?
私は弁が立つ方ではないし色気もないけど、どうすればいいのだろう。
女神様は先ほどから私の心を読んでいる様だが、今回は無視された。
「悪女リディアーヌに唆され、勇者と聖女に危害を加えようとする五人。
しかし五人とも、勇敢な勇者と慈悲深い聖女に感銘を受け、あなたの元から去っていくの」
あれー?
前と話が違くない?
私の役は陰で聖女を虐める役ではなかっただろうか。
今の話だと物凄い悪人になっている。
「女神様、わたくしが五人を唆すのですよね?」
「そうよ。五人を自分に夢中にさせて、勇者達を襲わせ、改心させて聖女に返すの」
「とても難しい事の様に思うのですが。
ジェラルド様方にも事情を話して協力して頂いてもよろしいでしょうか?」
「何を言っているのよ。
ダメに決まってるじゃない。
そんな事をしたら全然面白くないわよ」
女神様は憮然と言い放った。
「しかし、わたくしには男性を唆す魅力などなく、お一人でも難しいのに五人なんて・・。
女神様が皆様の気持ちを変えて下さるのなら話は別ですが・・」
「え? しないわよ。
私は人の心を操るのは嫌いなの。
だからリディアーヌ、上手くやってちょうだいね」
やはり。
くると思った無茶振り。
「せめて、誰か・・他の女性にも事情を話して協力を仰いではいけませんか?
魅了ある大人の女性に彼らを唆していただくというわけには・・」
聖女を陰で虐めつつ、彼ら五人を唆す。
どう考えても私には荷が重い。
すでに聖女が物語と違う感じなのだからいいではないか、と懇願の眼差しを女神様に送る。
女神様はにっこりと笑った。
「リディアーヌなら出来るわ。
これから彼らの弱点を教えるから、上手くそこをつけばいいのよ。
その上で、儚く守ってあげたいと思わせつつ妖艶にしなだれかかるの。
簡単でしょ」
簡単ではありません!
無言で抗議すると、女神様の目がぎらっと光った。
「もし出来なかったら、もう一つの物語を発動するわよ」
それってまさか、女神様ノリノリの寒気がする方だろうか。
よく覚えていないけれど、18きんとか、へたれ、やんでれとか、言ってたやつ。
女神様のあまりの恐ろしさに飛び起きたやつ。
目を見開いて女神様を見ていると、女神様はニヤリと笑った。
「私はそちらでも構わないから。むしろ楽しそう」
ふふふふと笑う女神様。
私はブンブンと首を振った。
「絶対に嫌です! 分かりました。五人を唆して、勇者達を襲わせて、その後私から去らせてみせます」
「あら、そう。残念ね」
残念とか言わないで。
舐める様に見ないで。
寒いわけではないのに体が震える。
戦いの前で高揚しているからだと信じたい。
「では、五人の攻略方法を教えるわね」
「はい」
私は先程よりも身を入れて、聞く。
切実だから。
五人の弱みとか聞いて申し訳ないという気持ちは吹き飛んだ。
「まずは一番攻略が簡単な男。難易度が飛び抜けて低い、騎士ヒュー」
簡単なんだ。飛び抜けて簡単なんだ。
無口で真面目そうだけど。
「彼は伯爵家の次男で、幼少から剣の才能を認められ、大人の中で切磋琢磨して育ってきたから、大人ぶってるけどまだまだ子供」
二十五歳の男性を子供って。
ヒューは金髪で背の高い美丈夫。
凛々しくて精悍。
とてもモテそう。
女性に言い寄られる事は多そうだからどうしたらいいのか。
「彼はお色気攻撃に弱い」
あ、それ前に聞いた。
騎士の一人は堅物だけどお色気攻撃に弱いって。
そうか、あの人が。意外だ。
「聖女の時は、うっかり着替えを見てしまっての。それから聖女が気になり出し、程なく落ちたわ」
「あのう、女神様。
聖女様の着替えって、彼はおと・・」
「何か言ったかしら!」
女神様の目がギラリと光る。
私はすぐに口を閉じた。
しかし男の着替えを見て、好きになってしまったって、不憫。
「次は双子の騎士。サミュエルとオズウェル」
彼らは十九歳。
全く同じ顔。目鼻立ちがくっきりと整った美形。
いつも不機嫌そうに顔を歪めているが、聖女と話している時だけ、笑み崩れている。
茶色い髪を後ろで縛っていて、髪の長さも同じ。
リボンの色と襟につけたブローチで見分ける。
金で花を模して作られたそれには、それぞれ違う色の宝石で彩られている。サミュエルは黄色、オズウェルは緑だ。
「彼らは侯爵家の三男四男。
両親から特に関心を持たれずに育った二人は、乳母が亡くなった後は彼らを見分けられる人はいなくなったの。
だから見分けて、それぞれのいいところを褒めてあげれば落ちるわ」
「聖女様は見分けられるのですか?」
「あの子達はよく見ると、魔力の質が違うのよ。
聖女はそれを見ているの。
あなたもよく見てみなさい。分かるから」
それは彼らが望む見分け方とは違うのでは? と思ったが、褒めるにはやはりそれぞれをよく見なければならないので、彼ら二人に好かれている聖女はそれぞれを認めているのだろう。
少し、聖女を見直した。
「次はノアね。ここから少し重くなるわよ」
重い? 重いってどういうことだろうか。
ノアは十五歳。
まだ体も細く背も低い。
短い黒髪に紫の目。
紫の目なんて初めて見た。
綺麗な目だが、紫の目は不吉だとこの国では言い伝えられているので、この国の者はあまりノアに声をかけない。
多分メイユールでも同じ状況だったのではないかな。
可愛らしい顔を誰にも向けない。
例外は聖女。聖女にだけは縋る様な目を向けていた。
それが痛ましい。
「ノアは小さな寒村の生まれなのだけど、小さい時に魔力を暴発させて友人達に大怪我をさせたの」
「!」
「皆一命は取り留めたけど、酷い火傷を負ったわ。
その所為で家族は村にいられなくなって、ノアを置いて出て行ったの」
「ノア様を置いて、ですか?」
「そうよ。ノアは国から迎えが来るから村に置いて行かれたの。
だけど中々来なくて、村で辛辣な扱いを受けていたの」
「そんな・・、小さい時ってお幾つの時ですか?」
「六歳ね」
六歳の子供が両親に置いていかれたなんて。
魔力を暴発させて友人に怪我をさせたなら、小さな村では怖れられ嫌悪されるだろう。
どんな扱いを受けたのか。
私は両手をぎゅっと握りしめた。
「王宮に引き取られてからも、平民の子供で後ろ盾はなく、魔力が安定するまで危険だから誰も近寄らない。
ノアは心を閉ざしてしまったの。
また誰かを傷付けるかもしれないのが怖くて仕方ないの。
魔法使いの塔で引きこもっていたノアを外に連れ出したのはジェラルド王子よ」
「ジェラルド王子が・・」
「彼はノアを塔から引っ張り出して、礼儀作法を身に付けさせ、魔法の訓練をさせたの。
今では、弱冠十四歳ながら国で一番力の強い魔法使いよ」
「そうですか」
少しほっとした。
ジェラルドがノアを認めているから、ノアは国でやっていけるのだろう。
ノアを外に連れ出して教育を受けさせたジェラルドを尊敬する。
少し話を聞いただけで、並大抵の事ではなかったと思うから。
「ノアは魔法の制御を身に付けたけれど、やっぱり不安なの。
聖女は人の魔力を抑えることが出来るから、安心して側にいられるの」
「魔力を抑える?」
「そうよ。聖女は人の魔力を抑える力があるの。
だからノアが暴走しそうになっても止められるわ」
「・・・」
なんだか、嫌な事が過ぎったのだが。
「女神様。わたくし、昨日聖女様を突き飛ばしたのですけれど」
「ああ、あれ!」
女神様は破顔した。
「面白かったわね! もっとして下さいなんて、笑ってしまったわ!」
見てたのなら助けてください!
私、あの時女神様を呼んだのに、無視されたのか。
「だって、面白そうだったんだもの」
ニヤニヤ笑う女神様。
私は引き攣るこめかみをグリグリとほぐした。
「わたくしあの時、手に魔力を込めて聖女様を突き飛ばしたのですけれど、もしかして聖女様が本気だったら、魔力を抑えられて抵抗出来なかった、のですか?」
言っていて恐ろしい事だが、確認しなければならない。
「そうね。聖女がヤル気ならヤレたわよ」
「・・・・」
どうしよう、危なかった。
今度からは迷わずブレスレットを外そう。
全力で抵抗しよう。部屋が吹っ飛ぶかもしれないけれど。
「最後はジェラルド王子ね」
嬉々として話そうとする女神様だけど、私はもう許容量を越えた。
これ以上聞くの無理。
「女神様、少し休憩させて下さい」
「あら、聞いてるだけで疲れちゃったの?
だらしないわね。そんなので大丈夫?」
「大丈夫ではないです」
あ、思わず、心の声が漏れた。
女神様はにっこりと笑った。
「無理をしなくてもいいのよ。
失敗しても次の物語があるわ」
それって、私が大変な目に合うやつでしょう!!
お読みいただきありがとうございます。




