第二話 その頃の王城では
本日二話目。
リディアーヌの友人、ヴィクトル視点です。
王城にある部屋の一つ。
密談の間とも呼ばれるその部屋はあまり広くない。
その広くない部屋には現在、自分も含めて6人の成人男性がいた。
自分を抜かした5人は中年もしくは老年。
王陛下、宰相、大臣とこの国のトップたちが青い顔、もしくは渋い顔だ。
私は先ほどから感じている嫌な予感に身を震わせた。
私ーーランツ侯爵嫡男ヴィクトルは勇者の友人であり、魔物退治にも参加することがある。
半年前も魔王に攫われた王女を助け出す為に魔王城へ向かった。ーー茶番だったが。
自分は愛する人の為なら魔王にだって向かっていける。
その私が嫌な予感に身を震わせ、この場から逃げたいと思っている。
壁にかかっている鏡を見やれば、焦茶色の髪の、自分で言うのもなんだが凛々しい青年が見える。
しかしその顔色は、宰相と同じく優れなかった。
「ヴィクトル、君を呼んだのは他でもない。勇者の事で聞きたいことがあるのだ」
口を開いたのは陛下だ。
くすんだ金色の髪に同色の口ひげ、座っていても分かる体格の良さ。
威圧感溢れる陛下は重い口を開いた。
「勇者が心変わりをしたというのは本当か?
リディアーヌではなく他の女性と結婚する気なのか?」
「そのような事はございません。
勇者はリディアーヌ様を深く愛しています。
リディアーヌ様がいなくなったらなにをするか分からないほどです」
私は確信を持って告げた。
勇者はリディアーヌを愛している。
それはもうウザいほど。
その行動を聞いたらドン引きするほど。
勇者は初め、リディアーヌに興味はなかった。むしろ嫌っていた。
それはリディアーヌが勇者に嫌われる意地悪令嬢を演じていたからで、勇者は見事にそれに嵌められていた。
しかしやがて、勇者はリディアーヌが自分を見ていないことに気付いた。
さらに勇者がいないと気を抜いていたリディアーヌが、素顔で私と話しているのを目撃した。
それからは坂を転がる様な勢いで恋に落ち、リディアーヌをそれはそれは熱い目で見ていた。
リディアーヌの寝室に忍び込み寝顔を見ていたと聞き、思いっきりその頭をぶっ叩いたこともある。
一時期は本当に獰猛な目でリディアーヌを見ていて、いつリディアーヌに襲いかかるかとひやひやしたほどだ。
そんな勇者だがリディアーヌと婚約して本当に幸せそうだった。
幸せで幸せで溶けてしまいそうだと言い、にこにこ微笑みながら魔物を屠っていた時は、仲間一同それはそれはドン引いた。
仲間の女性魔法使いは、それを夢に見てうなされたと言っていた。
その勇者、現在馬鹿な方向に走っている。
キッカケはある村の酒場で気のいい爺さんと飲み明かし、なぜか恋愛相談をしたことだ。
爺さんと話していた勇者は、ふと、婚約者が自分の事をどう思っているのか知りたいともらした。
爺さんは相手の気持ちを知りたければ嫉妬させるのがいいと言った。
少し冷たくして、彼女の前で他の女と仲良くしてみろと。
そうすれば、嫉妬して泣きついてくるさ、と。
爺さんはそれで意中の人を嫁にしたそうだが、それはどうだろう?
リディアーヌの性格では嫉妬などせずに身を引きそうだ。
そもそもリディアーヌは勇者のことをどう思っているのか。
下手すればーー勇者には可哀想だがーー本当に国の利益の為に勇者と婚約をしたとも考えられる。
それなのにそんな事をしたら目も当てられない結果になるのではないかと思っていたが、どうやら当たったらしい。
目の前で、青い顔をするお偉いさん方を見て、私は脱兎の如く逃げ出したい衝動に駆られた。
恐ろしい事が起きている。
「そうか」
陛下は重い息を吐いた。
「リディアーヌはなにか思い違いをしているらしい。
勇者が他の女性に心変わりした、と言っているのを侍女が聞いた」
「そうですか」
ここまでは勇者の馬鹿な計画通りだろう。
問題はその後のリディアーヌの反応だが。
「その他にこう言っていたらしい『婚約破棄』と」
私は頭を抱え、叫びそうなのを必死に抑えた。
(なんでそうなるんだ!! 頼むリディ! 頼むから嫉妬してくれ! せめてあいつを見捨てないでくれ!
お前に捨てられたらあの馬鹿勇者がなにをするかわからない!)
内心の動揺を必死に隠し、私は努めて冷静な声を出した。
「勇者に気付かれる前に、リディアーヌ様の誤解を解いた方がいいでしょう。
勇者がこの事に気付いたら城が崩壊します。では、私はこれで」
関わりたくなくて、そそくさと逃げ出そうとした私だが、陛下に止められた。
「待て、話はまだ終わっておらん。
お前に事を丸く収めてもらいたい」
「はあ」
分かっていたが、やはりそうきたか。
私は肩を落とし、陛下に礼をとる。
「畏まりました。すぐにリディアーヌ様の元へ行き、説得を・・・」
「リディアーヌは現在、行方不明だ」
「は?」
「また城下へ行ったらしい。精霊様のお力なのか、いつも城下へ行ったリディアーヌを見つけ出せないであろう?
今日も密かに兵を出したがまだ見つけ出せていない」
「ならば、リディアーヌ様が帰って来てから部屋を訪ねます。
二、三時間で戻られるはずですから」
「帰ってくればいいがな」
「は?」
渋面の陛下を見て、私は意味が分からず首を傾げた。
「どういう意味ですか?」
「リディアーヌはこうも言っていたらしい。
『冒険』『自由』と」
「・・・・・それは、まさか、勇者と婚約を破棄して冒険に出ようとかそういうことですか・・」
部屋にいるお偉い方の青い顔の意味が分かった。
私は事態を飲み込むとともに部屋にいる方々を見回す。
「つまり・・、リディアーヌ様は戻ってこないかもしれないということですか?」
「リディアーヌは慎み深いが、突拍子のない事をする時がある。
いつもならもう戻っている頃だが、戻ったという報告がこないのだ」
「リディアーヌ様には精霊様がついているから、勇者なら居場所が分かるでしょうが、それには勇者に事の次第を説明せねばならないということですね」
部屋にいる面々が頷く。
私は叫び声を上げた。
「私は嫌ですよ!!
そんな危険な事! 勇者はリディアーヌ様の事になると、魔力を暴走させるんですよ!
私はそれで何回命の危機を感じたか!」
「ヴィクトル、王命だ。
勇者に事情を説明しろ。もしくは勇者に気付かれる前にリディアーヌを探し出し、戻る様に説得しろ」
「う・・」
王命と言われれば断れない。
命とどちらが大事だと言われれば命だが、私は愛する人の為なら命をかけれる男だ。
ここで断れば、王女との婚約を破棄されそうだ。
王女アンジェリーヌの婚約者として、使命を果たすしかない。
私は仲間を巻き込むべく、魔導具を手に取る。
手の平より少し大きい鏡に呪文を唱えると、目的の人物の顔が映った。
年の頃は二十代半ば、黒髪の派手な美女が口を尖らせる。
「なんだい、ヴィクトル。せっかくのんびりしてるのに呼び出すんじゃないよ」
「悪いな、オルガ。セルジュは近くにいるか?」
「セルジュに用ならセルジュを直接呼びなよ。
セルジュはどこかに行ったよ。ずっと熊みたいにうろうろ歩いてて鬱陶しいから、
『暇なら勇者らしくどこかで魔物退治でもしてこい』って追い出したよ」
多分勇者はリディアーヌがどんな反応をするのか気になって仕方がなくてうろうろしているのだろう。
期待しているのか後悔しているのか知らないが。
「セルジュがいないならいいんだ。
前に君が食べたがっていた菓子を手に入れたんだが食べるか?」
「え、本当かい。やった! 食べる」
「なら城に来てくれ、すぐに」
「わかった、すぐ行くよ」
通信を終えて顔を上げると、怪訝な顔をした陛下と目があった。
「こうでもしないと仲間は逃げると思います。
命は惜しいですから」
私の言葉に、陛下は疲れたような息をはいた。
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「あんた、あたしを騙したね」
目の前で剣呑な声を出したのは、うねる豊かな黒髪に体にぴったりとした赤いローブを纏った美女。
スリットから覗く美しい脚線は革のズボンに包まれていてさえ男の目線をさらうが、それにつられてふらふらと着いていくとその美しい足で回し蹴りをお見舞いされる。
私は極力足を見ないように顔を上げる。その空いた胸元も危険だ。
顔を見るとむすっと顔を歪めていた。
「なにが菓子だよ。どう見ても面倒事じゃないか」
部屋にいるのは渋い顔の近衛兵団長とその部下数人。
団長は半年前に勇者が陛下の前で暴れた時に、身を呈して陛下を守った人で、勇者の恐ろしさと理不尽さを身を以て知っている。
「オルガ、菓子はある。好きなだけ食べろ。
だが、今は緊急事態だ。すぐにリディアーヌ様を探さなければならない」
「んー、お姫様がどうしたってのさ? セルジュに愛想を尽かして家出しちゃった?」
そのものズバリを言われて、私は押し黙った。
「あらやだ! 当たりなの? 大変じゃないか。セルジュにはもう言った?」
「言えるか! そんな事を言ったらどうなるか、君にも想像がつくだろう」
「そうだねえ。でも最近は我慢することも覚えたようだし、案外魔力の暴走もなく『そうか』って言うんじゃないの?」
「そんなわけあるか! そう思うなら君が言ってくれよ。セルジュに! どこかの荒野で!」
私が声を荒げてもオルガは堪えた様子もなく、余裕の笑みだ。
「絶対嫌だね、そんな事。自殺行為だよ」
「そうだろう! だからセルジュに知られる前に探したいんだ」
「そんな事を言っても精霊様のお力でどこかに転移してたら、あたしだってすぐに探せないよ」
「多分それはない。精霊様には半年前の騒動で、大精霊様による印がつけられたらしいんだ。精霊様が王都から出たら分かるらしい」
「ってことは、お姫様もまだ王都にいるってことかい?」
「おそらく。精霊様と共に行動しているはずだ。そう信じたい」
「もし別行動でお姫様だけでどこかにいってたら、セルジュが半狂乱になって探しまくるだろうからね」
「恐ろしい」
そう。最悪セルジュに知られてもすぐにリディアーヌが見つかるならいい。
人のいない場所で伝えれば、それほどの被害は出ないだろう。
相手は勇者だ。魔王ではないのだから。
しかし、見つからなかったら? 見つけても誤解が解けなかったら?
誤解が解けてもリディアーヌが許さなかったら?
私だって、リディアーヌには幸せになってほしい。
勇者との結婚が嫌だと言うなら、応援するし。全力で勇者を止める。
しかし、私が止めて、勇者が止まるだろうか?
全てのものを踏み越えてリディアーヌの元へ行く気がしてならない。
ああ、リディアーヌ。寛大な心でもって、勇者を許してやってくれ。
どうか勇者が勇者でいられる様に、見守ってやってほしい。
お読みいただきありがとうございます。