第十五話
気がつくと私は真っ白な空間に立っていた。
そこは何もなく、暑くも寒くもない。
私はここが女神様の世界だと思った。
昨夜、女神様に連れて来られた世界。
案の定、瞬きをする一瞬で、女神様は現れた。
足元まである淡い金髪。
白いドレスの清楚な女性。
女神様はその花のような口を綻ばせ、言った。
「初めに言っておくわ、ごめん」
「え?」
私は目を剥いて驚いた。
昨夜初めて会ったが、私はなんとなく女神様は何に対しても悪いと思わないのではないかと思っていた。
自分の楽しみの為に私に悪役をやらせるぐらいだ。
その女神様が謝った。
何に対して? 何があったの?
「何かあったのですか?」
私は恐る恐る聞いてみた。
聞きたくないが聞かなければならない。
私に謝るってことは私になにかある、もしくはあったのだろう。
一体なにが? これ以上なにが?
「何かあったわけではないのよ。
ちょっとした手違いというか、勘違いというか。
全く気が付かなかったわ。
まさかねえ、そうだとは」
女神様は腕を組み、独り言のように続ける。
「あっちの世界で見つけた時にこの子だと思ったのよ。
私の物語に相応しい子はこの子しかいないって。
だからすぐにこっちに連れて来たんだけど、まさかねえ。
そういえばあの子も何か言いたそうだったわね。
この事だったのね。
納得したわ。うんうん」
女神様は一人納得するばかりで要領を得ない。
ただあっちの世界というから聖女の事ではないかと推測する。
「聖女様の事ですか。
彼女に何か・・」
私が口を挟むと、女神様は痛ましい者を見るような目を私に向けた。
「そう、聖女。あの子がねえ」
女神様は、はぁーっと大きく息を吐いた。
女神様もため息を付くのかと、そんな事を考える。
「まあ、いいわ。やってしまった事は仕方ないわ。
このまま進めましょう」
女神様はいきなりいつもの調子に戻った。
「と、いうことでよろしくね。
リディアーヌ、あなたにかかっているわ。
楽しませてね」
女神様は笑顔で一方的に言うと、去って行った。
なっ!
意味が解らない。
ちゃんと説明していって。
ごめん、ってなんですか、女神様ー!!
「・・・・・」
目が覚めると私は手を思いっきり上に伸ばしていた。
夢の中での行動が現実の体も動かしていたようだ。
部屋は明るい。
もうじき侍女が起こしに来るだろう。
私はベットに腰かけた。
それにしてもごめんってなに? ごめんって。
女神様、なにをしたの?
嫌な予感に顔が引きつる。
これから何が起きるのだろう。
私は無事にいじめ役をやれるのだろうか。
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夜着からドレスに着替え、ポリーヌに髪を整えてもらっていると、別の侍女が勇者が訪れたという。
私は首を傾げた。
今日はなんだろう。
朝来るのは昨日に続いて二日目だ。
昨日は寝室に直接来たから、今日はまだお行儀がいいと言える。
出来れば、まず手紙で伺いをたて、返事をしてから来てもらいたいところだが。
居間に行くと、勇者が長椅子に座っていた。
お茶には手を付けていない。
「セルジュ様、どうなさったの?」
「リディアーヌ、今日の茶会、あなたも参加するのか?」
「ええ。アンジェリーヌから頼まれたわ」
今日の午後、アンジェリーヌ王女主催の、勇者一行と聖女一行のお茶会が開かれる。
私にも出て欲しいと誘いが来たので了承した。
勇者一行は知らぬ中ではないので。
しかし勇者は浮かない顔だ。
「リディアーヌ、茶会には出ないでくれないか?
出来れば明日の舞踏会にも」
「なぜ?」
「心配だ」
勇者は簡潔に答える。
それだけで言いたいことが分かってしまった。
いつものだ。
「セルジュ様、社交はわたくしの務めで義務です。
それをこちらの都合で休む事は出来ません」
きっぱりと言い切れば、勇者は眉間に皺を寄せた。
昨日からどうした。
綺麗な顔に苦渋が浮かぶ。
言いたい事を我慢しているらしい。
それは何?
何時ものように、私に男に近寄るなという事?
それとも聖女様に心惹かれているのを隠しているの?
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午後。庭園が見渡せる明るいサロン。
細長いテーブルに各一行が着く。
勇者側。
アンジェリーヌの婚約者ヴィクトル、隣に勇者、その隣に私。
私の隣は魔法使いのオルガ、黒髪の魔法戦士レジス、タレ目の剣士エロワに、屈強な戦士ドニ。
勇者の仲間の男性三人は偽魔王城での事をまだ根に持っているのか、私と仲良くしてくれない。
今日も席に着く前に挨拶したが、目を逸らされた。
意地でも目を合わせようとしたら後退りされた。
なぜ避けるのかと恨みの視線を送っていれば、オルガに止められた。
可哀想だからやめなさい、と。
意味が分からない。
いつか仲良くなってやる。
聖女側。
ジェラルド王子、続いて聖女。その横、騎士のヒューは金髪の背の高い美丈夫。
その横には十代半ばとみられる黒髪の少年ーーノア。珍しい紫の目をしている。強力な魔法使いらしい。
さらにヒューと同じく騎士隊服を纏う二人の茶色の髪の男は同じ顔。双子でサミュエルとオズウェル。
どちらがどちらか見分けがつかない。
でもよく見ていると、片方が皮肉げに笑う。
そのうちに見分けが付くかもしれない。
聖女側は皆若い。一番上で騎士のヒューが二十五歳だという。
勇者側はドニが四十歳。厳ついおじさんだが、よく勇者の八つ当たりに遭遇する可哀想な人だ。
それでも勇者を見捨てない優しい人でもある。
お茶会はジェラルドと聖女、アンジェリーヌとヴィクトルと私が話すが、他の人は楽しんでいない。
ヒューは無言でお茶を飲み、ノアとサミュエルとオズウェルは話を振ってもにべもない。
勇者はジェラルドに話を振られても、『別に』とか『はい、いいえ』しか言わない。
オルガはつまらなそうに茶器をカチャカチャと音を立て、勇者の仲間のレジス、エロワ、ドニは何やらサミュエルとオズウェルと険悪な雰囲気。
え?
このお茶会、失敗?
私は小声でオルガに話しかけた。
「オルガさん、どうなさったの? 何か不満があるの?」
オルガは今日も体にぴったりとした赤いローブで大変セクシーだ。
「不満ね、不満だらけだよ。帰っていいかい?」
「ええ? なぜ?」
「なんであたしらがこいつらと仲良く茶を飲まないといけないのさ。
こいつらはセルジュを引き抜きに来たんだろ、あたし達の敵さ」
オルガは私に合わせて小声で話してくれるが、その内容にびっくりしてしまった。
勇者の引き抜き。
「あんた気付いていないのかい? 鈍いねえ。
そういうことだから、こいつらと仲良くする気はない。
セルジュがあっちに付くとは思ってないけど、それでも気に入らないのは変わらない。
セルジュを引き取ってお守を出来るものならしてみろって言いたいね」
「・・・・」
そうか。そうなのだ。
勇者と聖女、聖女一行の恋物語だけを気にしていたが、オルガ達がそういう危機感を持つのも、言われてみれば分かる。
その辺り、ヴィクトルはどう考えているのだろう。
ヴィクトルを伺おうとそちらをみれば、アンジェリーヌがコップにフォークを当て、鳴らすところだった。
チリンチリン。と音がして、皆がそちらを向く。
「皆様、ずっと同じ場所に座っていても話が弾みませんわね。
移動いたしません? 庭には噴水や東屋があり、花も見頃ですわ。
陛下自慢のお庭ですのよ」
立ち上がり、皆が移動を始める。
勇者に手を差し出されたが、私は首を振った。
「リディアーヌ?」
「セルジュ様、わたくし、オルガさんとお話があるの。
先に行ってくださる?」
勇者が眉根を寄せ、何か言おうと口を開いた時、
「リディアーヌ様、ご一緒しましょう」
聖女が飛んできた。
私は聖女の手をそのまま勇者にかける。
「ユーリ様、申し訳ございません。
わたくし、オルガさんとお話がございまして。
セルジュ様、ユーリ様をご案内して差し上げて下さい」
勇者を見上げると、眉間の皺がさらに深くなった。
「いつの間に聖女を名前で呼ぶようになったんだ?」
今はそれはいいの!
私は二人に微笑む。
「お二人で楽しんでいらして。
失礼します」
有無を言わせず、言い放ち、私はオルガが行った方に進んだ。
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