第一話 リディアーヌ
こんにちは。こんばんは。
『嫌われ公爵令嬢兼魔王のその後』の続きです。
そちらを読んで頂いた方が話が分かりやすいです。
「リリーちゃん、また抜け出して来たのかい?
お屋敷の人が心配する前に帰りなよ」
「いやですわ、おじさま。お屋敷なんて。
わたくし、王都の先にある村の娘ですよ」
小高い丘にある王城を囲む様に発展した都。
王都マルモンは今日も活気に溢れていた。
リリーこと、リディアーヌーー私の言葉に腹のでっぷりとした果物屋のおじさまは曖昧に笑った。
「どう見たって村娘には見えないよ。
せめて商家の娘にしておきなよ」
「あら、わたくしどこか変ですか?」
おじさまの苦笑の意味が分からず、私はスカートの裾を摘まんだ。
格好はその辺にいる同じ年頃ーー17、8歳の娘を参考に、生成りのシャツ、茶のベスト、落ち着いた桃色のロングスカートだ。腰まである焦茶色の髪も後ろに一つにまとめている。
化粧もしていないので顔はパッとしないはずだし、緑の目も珍しいものでもない。
私が首を傾げていると、おじさまは苦笑した。
「村娘ってのは、もっとこう・・・、いけね。
リリーちゃんに余計な知恵をつけて家の人に見つかったらどやされるな」
どうやらおじさまは私の事をそこそこいいところのお嬢さんと思っているようだ。
間違っていないけれど、どこが悪いのだろう?
「それで、リリーちゃん。なにか欲しいものがあるのかい?」
「ええ、日持ちのするドライフルーツを下さいな。
できれば軽くて栄養のあるものを」
「?? どうしてだい?」
「わたくし、少し遠出をしようと思っています。
ドライフルーツなら食事の代わりになると聞いたものですから。
あと、干し・・肉? こちらを売っていらっしゃるお店をご存知でしたら教えていただきたいのですけれど」
おじさまは目を剥いた。
「干し肉? リリーちゃんが食べるのかい?」
「はい。旅の間は野宿ということがあるのでしょう?
そういう時に食べるのだと本に書いてありました」
「野宿⁉︎ リリーちゃん、どこに行く気だい?
貴族のお姫様が野宿なんてしたら悪い奴らに攫われちまうよ!」
おじさまは手を大仰に振り、悲鳴のような声を上げた。
おじさまは私の事を貴族の娘だと思っているらしい。
当たっている。どこでばれているのだろう?
背中に張り紙でもあるのだろうか? 公爵令嬢リディアーヌ、とか。
私は背中を振り返った。
張り紙らしいものは見えない。
私はおじさまをまあまあと宥めた。
「いやですわ、おじさま。貴族のお姫様なんて。
どこがそう見えるのでしょう?」
おじさまは大きく息をついた。
「リリーちゃん、言わなかったけど、この辺の奴らは君が貴族の姫様だとみんな思っているよ」
「ええ! なぜです⁉︎」
「もちろん、どこの誰かなんて知らない。だから気付かないフリをしていたけど、家出をするというのなら黙っちゃいられない。憲兵に連絡して、君を保護してもらうよ」
「・・・」
おじさまが心配してくれているのは分かる。
貴族令嬢だとばれているのならそう言うのも当然だ。
外の世界は魔物も悪い人もいる。普通の令嬢には危険すぎる。
しかし、私は膨大な魔力を持ち、この半年で多少なりとも市井に馴染んでいる。
初めは訳の分からなかった買い物の仕方もマスターし、目についた食堂で食事を取ることも出来る様になったのだから怖いものはない。
それに困った時はアドバイスしてくれる精霊がいるのだ。
私は大丈夫。
「おじさま、わたくし家出なんてしませんわ。
今日だって買い物をしたら帰りますもの」
「本当かい?」
「ええ、わたくしおじさまに嘘なんてつきません。
嘘なんてついて、顔向けできなくなったら悲しいですもの」
「そうかい、よかった! おじさん安心したよ。ああ、これ持っていきな。お代はいらないよ」
おじさまは笑み崩れ、黄色いドライフルーツを差し出した。
「いいえ、ちゃんと払います」
「いいんだよ、これくらい。リリーちゃんが来てくれるのおじさんは楽しみにしてるんだから」
「まあ、おじさま。ありがとうございます。でも払わせて下さいな。
これも勉強です」
私は言いながら、革の財布を出した。
中には金貨、銀貨、銅貨が入っている。
初めの頃はちょっとした買い物に金貨を出して、店の人に怒られたが学習した。
ここは銅貨だ。
二十枚ほど出して、おじさまに見せる。
「ええと?」
「じゃあ、お代を頂くよ」
おじさまは銅貨を三枚取った。代わりに黄色いドライフルーツを受け取る。
私は満面の笑みを浮かべた。
おじさまもつられて笑う。
私は笑顔で手を振って、店を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
私には役割があった。
公爵令嬢である私は、ある男性に懸想し、周囲も憚らず言い寄るのが役割だった。
その男性とは平民出身の見目麗しい勇者。
神に選ばれたその人は、大精霊の力を借り、さらに自身の強大な魔力をもって敵を打ち払う。
魔族とその配下である魔物に蹂躙されていた村々を救い、希望の光である勇者と仲間達の勇名は国を超え、世界に轟く。
そんな国の英雄たる勇者は、自国の王女と心を通わせていたはずだった。
身分違いの二人は人目を忍び、逢瀬を重ねる。
そこに現れるのがこの私、嫌われ者の公爵令嬢、リディアーヌ。
私は、仲睦まじい二人の邪魔をする。
庭園の片隅、人目のない廊下の柱の影。
二人の逢瀬をいい頃合いで邪魔し、さらに勇者に懸想する令嬢たちと協力し、二人の仲を引き裂く。ーー様に見せかけ、私は、二人が障害を乗り越え、さらに絆を深めるようにもっていく。
それが私が、神様を騙った精霊から与えられた役割だった。
精霊は、世界を救った勇者と美貌の王女をくっつけ、後々の世まで語り続けられる英雄伝を作りたかった。
その為の私の役割が二人の仲を引き裂く公爵令嬢。そして、なぜかもう一つ、王女を攫う魔王役もやらされた。
膨大な魔力を持つ私は魔王の着ぐるみを被り、王女を助けに来た勇者に退治されるーー精霊の力によって死なないように細工済みーーはずだったが、なぜか私が魔王に囚われていたことになり、勇者に助けられ、最終的に王女ではなく私が勇者と婚約した。
びっくりするほどの早い展開だったが、勇者は私を愛してくれていると言っていたし、この結婚は国の為になる。
そう思って婚約したのだが、その半年後、また違う方へ事態が動き始めた。
最近勇者は城に帰って来ても私に会わない。
前は押しかけて来る勢いだったのにそれがない。
どうしたのだろう? と首を傾げていたところ、先日の茶会で事実は判明した。
勇者は私への挨拶もそこそこに、私の向かいに座る私の従姉妹の横に座り、仲良く話し始めた。
私は悟った。
勇者は私に愛想を尽かしたのだ。
それは仕方のない事だ。
私の心にはまだ忘れられない人がいる。
勇者を愛していると言えない。
勇者は以前から、愛し合い結婚をしたいと言っていた。
この半年、婚約者として過ごす内に、勇者は私にとって大切な人となった。
その勇者の希望を叶えてあげたい。
勇者とはいえ彼は平民だから、王弟の娘との婚約破棄は言い出しづらいだろう。
彼自身、優しいこともあって言い出せず、そのままにしてしまうかもしれない。
それはよくない。
彼には評判の悪い自分のような女より、気立てのいい従姉妹のような子と一緒になった方が幸せだろう。
しかしそこまで考えて、私はふと思った。
そうなると私はどうなるのだろう。
神に選ばれた勇者との婚約を破棄した女など誰ももらってくれないだろう。
修道院に入るというのも、神に選ばれた勇者を捨てたのだ。出来るわけがない。
ということは、家に一生いるわけだが、それなら・・・・。
どこかに行ってしまってもいい?
家にいて迷惑をかけるぐらいなら、どこかに静養に出たということにして、私は自分で生きていくというのもいいのではないだろうか。
今日のところは下調べ。
この半年、月に一度の割合で城下に来ているがまだ分からないことが多い。
旅に出るなら色々用意するものもあるだろうし、街の様子も知っておきたい。
今日はいつもより遅くまで街を見ていこう。
お読みいただきありがとうございます。
次回、その頃王城では、です。