意義ノ集ウ国
前回が長くなったので、今回は短くなりました。
少しサボりました。
今回は、クラウス達だけの登場となります。
黒髪長身の男、アスタリスク・クラウスと、彼と契約を交わした少女悪魔、テトネは二人、青々と草木の茂る山道を連れ立って歩んでいた。
燦々と降り注ぐ日光と、その熱に暖められた風に身を蹂躙されながら。
これは、七月も終わろうという頃の事。
「ねえ、アス。アレって、幻覚かな?それとも、ボクの目が変になったのかな?」
額に汗を光らせながら、テトネがクラウスに問い掛けた。
「テトネ?どうかしたの?」
「大きな村が見えるんだ。ここ、山奥なのに」
「ああ、その事なら心配しなくて良いよ。僕の目にも見えているから。……集団幻覚の可能性は否定出来ないけど…………」
眩しい日差しに辟易しながらも、並んで山道を下っていたクラウス達がソレに出会ったのは、前の町を発ってから三日目の夕方の事だった。
ソレは、巨大な集落だった。
突如、眼前に木で組み上げられた柵が現れた時、クラウスは明らかな人工物の存在に愕然とした。その不測の事態に混乱したのは、何もクラウスだけではなかった。むしろ、クラウスは幾分マシな方だった。そして、先程のテトネの質問に繋がる。
山中に集落がある事自体は、それ程異常な事ではない。しかし、二人の眼前で確かな存在感を撒き散らしている集落は異様なまでに、巨大だった。ふと、クラウスは荷物の中から地図を引っ張り出し、照らし合わせるように一瞥した。そして、深く溜息を漏らすクラウス。そこに、集落の存在は一切記されていなかった。
この規模の集落でそれは有り得ない。そんな事を思い巡らせていたクラウスは、集落の自警団員か何かなのだろう武装した若い茶髪の男が駆け寄って来た事で、思考の一時中断を余儀なくされた。
「我が国の住民となる事を希望しますか?」
茶髪の男の第一声に、クラウス達は目を丸くした。旅人としてベテランのクラウスにとっても、その一言は唐突過ぎた。それでも咄嗟に、結構です、の一言を紡ぎ出した彼は流石だと言えるだろう。だが茶髪の男も、どうやらその程度で引き下がる人間ではなかったらしい。
「そんな事言わずに。何でも初めから決めつけるのは良くないよ。僕達の国は最高さ。住民は少ないけど刺激的だし、自分の力を思う存分試せるよ。それに、国民は皆良い人だ」
「それは良いですね。しかし何故、突然そんな事を?せめて国に入った後で…………」
「それじゃダメなんです。取られてしまう。お願いします。我が国の国民となって下さい」
「断ります」
軽く混乱しながらも強い否定を繰り返すクラウス。
旅人にとって、曖昧な返答は面倒しか生まない。その教訓は、自らが曖昧な返答を相手に返した場合に限らず、その逆の場合にも適用される。要は、曖昧な事しか言わない人間は信じるなという当然の事なのだが、この教訓を順守出来ない旅人は以外に多いのだ。しかし、少なくともクラウスは、詐欺師の言う『愚かな旅人』ではなかった。
その否定に、遂に勧誘?を諦めたらしい茶髪の男は項垂れると、肩を落として去って行った。先程から硬直状態を保っていたテトネを、肩を叩く事で解き放ち、クラウスは集落に入る為、足を踏み出した。この時点でクラウス達はまだ、茶髪の男の存在を左程重要視していなかった。その軽視が原因で自分達が不幸を招き寄せる事になるなど、この時クラウスは夢にも思っていなかった。
その集落には門番兵も、入国審査官の役割を果たす者もいなかった。その事に何処か不気味さを感じながら、クラウスは取り敢えず村の中心地へ向かおうと、テトネを引き連れて大通りを歩き始めた。しかし、結論から言えば二人は中心地へと到着する事は出来なかった。その村の全ての住人が、勧誘目的で二人に襲い掛かって来たからだった。
「ぜひ、私達の国の国民になって下さい。私達の国で最も大切なのは愛。故に私達の国は『愛の国』と呼ばれています。愛は争いを生み出しません。愛で人は傷つきません。愛こそ、人が一番大切にするべき物なんです。私達の国の住民となれば、愛の尊さが貴方にも分かりますよ。少しずつで良いんです。私達は、貴方を愛します。愛に包まれた幸せな人生を送りませんか?是非、私達の国の国民に……」
「ふん、愛など……。旅人さん達、私達の住む『黄金の国』の民となりませんか?金はこの世界で最も尊い物です。私達人類は科学技術を発展させ続けてきました。そして、これからも発展させ続けるでしょう。その時に最も大事になってくる物が何か……分かるでしょう?金は私達の生活を豊かにします。私は金で感情が買えるとは思っていません。しかし、金を上手く使えば人を笑顔にさせられるのも事実です。旅人さん達…………私の言いたい事、分かってもらえましたか?」
「旅人さん。私達の『運命の国』に住む気は有りませんか?人は不安定な存在です。人間の多くは動物的本能を切り捨て、自分達でルールを作って生きています。しかし、本当にそれが最も良い事なのでしょうか。それは逃げているだけではないでしょうか。私達は全てを占いで決めます。それは運命に従うという事です。運命は捻じ曲げられません。運命こそ、神から私達に与えられた全ての指針なのです。さあ、新しい人生を始めましょう」
「もし、旅の方。是非、私達の『過去の国』の国民となって下さい。人にとって、最も大事なのは美しい思い出、過去です。若者は皆、未来未来と言う。しかし、未来は現在より良いとは限らない。力任せに突っ走れるのは若者の特権だ。しかし、賢く生きたくはありませんか?私達は美しい過去に生きます。思い出を、美化する事も風化させる事も無く大切にします。貴方達にも忘れたくない過去が有るでしょう?」
「俺達と一緒に『自然の国』で生きようぜ。人は科学なんて手に入れるべきじゃなかった。いや、科学が悪い訳じゃない。でも人は限度っていう物を知らないからな。俺達は狩りをして生きる。家は竪穴住居だ。人は自然に生きるべきだ。それでも十分生きられる。確かに危険かもしれない。でもそのリスクは全ての生き物が背負っているリスクと同じだ。人間だけが逃れようとするのはおかしいと思わないか?俺達は笑って生き、笑って死ぬ。何の後ろめたさも無く、自然と一つになるんだ」
「『力の国』がお前らの居場所だ。旅人さん達、力が全ての基準になるのは当然の事だと思わないか?強い者が弱い物を喰らうのは当然の事だ。俺達は日々、自分を磨き続けている。寄り、強くなろうと足掻いている。何故って、弱い奴に待っているのは死だからな。争い、強い者が生き残る。他の国とは格が違う。俺達の国で、世界の真理に触れようぜ」
「私は『平等な国』の者です。私達の国にルールは一つしか存在しません。受けた分を返せ。私達の国では誰かが誰かを傷付けたとしたら、傷付けた人は傷付けられた人から同じだけ傷付けて貰います。そうする事によって、私達は平和に暮らしています。もし助けられたら、同じだけ助けてくれた人を助けなければなりません。しかし、貴方が誰かを助けたら、貴方はその分を誰かから返して貰えるのです。完璧なシステムでしょう?是非、私達の国へ」
「ねえ、お譲ちゃん。アタシ達の『女の国』に来ない?お譲ちゃん、最高に可愛いんだからアタシ達の国で更に女を磨きなさい。そうすれば、何処の国のお姫様だってお譲ちゃんの美しさの前には平伏すわよ?旅なんて良い事無いじゃない。こんなに綺麗なお譲ちゃんが旅人として一生を過ごしてしまうなんて、アタシ絶対に許せない。オット、男の方、アンタいらないわよ?」
自分達を取り囲む状況に、クラウス達は混乱する事しか出来なかった。クラウスが何とか理解出来たのは、この集落の人間が皆、何故か自分の住む国の紹介と宣伝を異様に殺気立って自分達に行っている、という事だけだった。対処の方法も分からず、途方に暮れ始めたクラウス達を救ったのは、一人の青年だった。
撫で付けられた金髪と、細いフレームの眼鏡が特徴的なその青年は、自らをキリと名乗った。その口調は穏やかで、図らずも冷静そうな風貌が見掛けだけではない事が証明された。話が通じるようだ、という安堵と共にクラウスはキリに問い掛けた。
「一体、この騒ぎは何なんですか?訳が分からなくて」
その問いにキリは、思わずといった風にクスリと笑うと、慌てて誤魔化すように手を振り、答え始めた。この集落の存在意義と、皆の興奮している訳を。その答えは確かに全ての疑問を氷解させる物であり、その内容はクラウスの想像の何倍も上を行く物だった。
「一言で言ってしまえば、この国は、あらゆる国の代表が自分の国の住民を増やす為に、旅人や商人を勧誘する場なんですよ。元々、私達は一つの大きな国に所属していたんです。しかし、主義主張が異なる人達が集まると、必ず争いが起こってしまいます。法でそれを抑えつけた所で、人々は不満をストレスという形で自分の中に貯め込みます。他人を傷付けるか、自分が傷付くか。法の力ではそれが限界です。結局、根本的な解決にはなりません。しかしある時、素晴らしいアイデアを発表した人がいました。………何を隠そう私の曾祖父なのですが。彼は、主義主張が限り無く似通っている者同士で集まり、その者達だけで一つの国を作れば良い、と考えたんです。そして私達の先祖は国を分けたんです。今、私達は一〇一二の国の内の何処かに所属して生きています。国民の数も様々です。三人だけの国も有れば、国民が二〇〇人近くいる国も有ります。当然、法も全ての国ごとに違います。法自体が無い国も有りますし。そして、大抵の国は国民を一人でも多く獲得したいと思っています。ですから、今回のような事態が起こるのです」
「……………………成程……………理解は、しました…………。では、あの人は一体」
「あの人?ああ、あの茶髪の人ですか。彼は『平和の国』の代表ですよ。皆が強くなって、武装して、互いに牽制し合う事で平和な国を実現させるのが『平和の国』の理念なんです」
「そう………………ですか。教えて下さりどうも有り難う御座います」
「いえいえ。困っている人に救いの手を、苦しんでいる人に癒しの手を。それが私達の住んでいる国、『優しい国』の理念ですから。ふとした優しさで救われる人が、癒される人がいるんです。貴方達も『優しい国』の国民になりませんか?力は必要ありません。出来る事をやれば良いのです。諍いも、苦労も有りません。皆、優しいですよ」
「ハハハ……………」
呆れ果て、乾いた笑い声を垂れ流す機械となってしまったクラウスを、誰が責める事が出来るだろう。その横ではテトネが、青年に顔を向けながらも、半眼で虚空を見詰めていた。そして二人は同時に、これ以上無い程大きな溜息を吐き出した。そして、テトネを引き寄せたクラウスはふと思い出したように尋ねた。
「そう言えば、この国はなんて言うんですか?」
「この国の名前ですか?簡単ですよ。この国は『集う国』と言います」
青年のその返答に、異様な程ピッタリだ、とクラウスは苦笑した。どうやら、彼の相棒である少女も同じ事を感じたらしい。暫くの間、二人は俯いて肩を震わせ続けていた。
二人の心中を推し量れない青年だけが一人、眉を顰めていた。
二人が『集う国』を発ったのはそれからすぐの事だった。
二人の背中には、『集う国』の全て民の視線が在った。
不思議と、引き留める者はいなかった。
引き留める事を自分達の生き様が否定したのか、あるいは二人の在るべき場所が旅だと悟ったのか。
自分の背後に目を遣ったクラウスは、向けられた一〇一二の真摯な眼差しに、敬意を込めた笑顔を返した。
そして、二人は何かと決別するように、決して振り返る事無く、寄り添うように歩み出した。
旅に生き、旅に死ぬ、『旅人』として。
そして二人は、旅立った。
「ねえ、アス。住みたいと思える国、有った?」
「無かったよ。僕は旅が好きなんだ。テトネは有ったの?」
「………………分かってるくせに。アスの居場所がボクの居場所だよ」
「…………そうだったね」
「忘れないでよ?大事な事なんだから」
「僕もテトネが大事だよ」
「な、何?急に」
「テトネの居場所が僕の居場所だって事だよ」
「むっ、そんな言い方困るよ。ボクはアスに決めて欲しいんだから」
「僕はテトネに決めて欲しいよ」
「むぅ~、アスがボクを導くの、全部アスが決めるの!」
「全部テトネが決めるんだよ」
「むぅぅぅ~、意地悪だよ?アス!」
「フフフフッ」
「今、笑った!見てた!絶対笑った!!」
頬を膨らませる少女悪魔と、彼女の『従人』。二人の旅は、まだまだ続く。
当分、クラウス達だけの登場となるでしょう。
もう一組が気になる方、申し訳ありません。
誤字脱字が有りましたら御免なさい。
文才の無さに関しては許して下さい。