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死ニ生キル魂 Ⅰ

 本作は二部作です。御注意ください。

 更新が遅れ申し訳ありません。また、本作にバトル要素はありません。

 誤字脱字が有りましたら御免なさい。

 文才の無さに関しては許して下さい。

 黒髪長身の男、アスタリスク・クラウスと、彼と契約を交わした少女悪魔、テトネは二人、緩やかな山道を連れ立って歩んでいた。

 辺り一面を色濃く漂う霧に包まれながら、寄り添うように肩を寄せ合って。

 これは、二月も終わろうという頃の事。


 万全の山越え装備を整え、前の国を発ってから既に三日。本来の予定ならば、二人はもう次の国に到着しているはずだった。だが二人は今現在、確かな事実として、活気溢れる街中ではなく、霧と静寂で満ちた山道を歩いていた。一体何故、旅のベテランであるクラウスの予定がこうも大きく狂ったのか。

 勿論、霧の影響もその要因の一つだ。しかし更に、クラウス達の向かっている国に、今まで実際に行った者が何故か極端に少なく、そのため目的地に関しての正確な情報が無いに等しかったというのが、もう一つ大きな要因と言えるだろう。

 二人の現在の状況を端的に表現すれば、遭難しかけていた。、だが、運命の女神はまだ二人の事を見捨ててはいなかった。いや、たとえ彼女が見捨てていても、二人は助かったのかもしれない。 

 幸運は誰の元にも平等に訪れる。そして今、二人の前にその幸運が姿を現した。

「テトネ、今日は何とか宿屋に泊れそうだよ」

「え、国?…………ホントだ」

 二人が深い霧の向こうに見た物、それは確かな存在感を纏う巨大建造物、城壁だった。

 最悪の事態を回避出来た歓喜に、気付けば二人は笑みを浮かべていた。殆ど彷徨うような状態で二日以上を歩き通した二人にとって、城壁までの道のりは無いに等しかった。特に言葉を交わし合うでもなく、ただ足を交互に前に踏み出すだけの二人だったが、二人が互いに相手の心境を痛い程理解している事だけは確かだった。 

「テトネ、あの国には一週間ぐらい滞在するから。勿論、入国審査の段階で駄目だったら諦めるけど」

「………普通は長くて二,三日なのに、珍しい」

「……あの国を出ると、次の国まで一週間以上は歩き通さないといけないんだ」

「そう。……なら」

 あっ、この表情だと僕の財布の中身はテトネに食い尽されるな、クラウスは自分の抱いた確信に限り無く近い予測に戦慄し、苦笑を浮かべた。ここで彼には、殆ど効果は無いだろうが、テトネに釘を刺すという選択肢も与えられていた。しかし結局クラウスは、未来の財布事情というシビアな重要事項に対し、別に良いか、の一言で済ませる事で決着を付けた。

 食料と消耗品以外に特に必要な物も無い、と割り切ったクラウスはテトネへ微笑ましげな笑みを向けた。テトネがその笑みを、入国後の食べ放題の許可と捉えたのは…………まあ、どうでも良い事だろう。


「入国希望と言う事でしたが、何日間程滞在されますか?」

 笑顔で、しかし何処か生気の無い目でそう問い掛けて来た入国審査官の青年に、クラウスは答えを返した。

「一週間程、お願いします」

 その口調は何処までも爽やかで、とても二日間彷徨っていた者の言葉とは思えなかった。最もそれは、クラウスがあえて、そう装っていたからなのだが、しかしどうやら、入国審査官の青年はクラウスのその余裕の態度を信じ込んだらしい。

「道中、迷うような事はありませんでしたか?深い霧の影響で、この国は旅人の方が滅多に来ないのですが。前に旅人さんが訪れたのが…………一年前ですから、旅人さん達は我が国にとって一年ぶりのお客様なんですよ!!」

 感心するような、感激するような表情で熱く語る青年だったが、やはりその目は何処か暗かった。

「へえ、そうですか」

 そう言いながらもクラウスは内心、それも仕方が無いだろうとな、と納得していた。数日前まで滞在していた国でも、クラウスがこの国を訪れるつもりだと話した途端、近くを通り掛かっていた、あるいはクラウス達の会話に聞き耳を立てていた、旅人や商人達が揃ってクラウスの意見に反対したのだ。、

「死ぬだけだ」

「もし辿り着いた所で、ろくな事が無い」

「あの国の住民は最悪だ。苦労してあの国に辿り着いた者に唾を吐きかける」

 揃ってそんな言葉が投げつけられた事を思い出したクラウスは、目の前でお国自慢を続けている青年を一目見て、浅く溜息を吐いた。

 横ではテトネがコクコクと頷きを繰り返していた。その頷きが何を表しているのか。

 ただ、二人の思考が限りなく似通っている事は、自分の世界に入り込んでいる目の前の青年以外の、誰の目にも明らかだった。

 二人は未だ語りを止めない審査官の青年に礼を告げると、その返事を待たぬまま城門をくぐった。

 活気に満ちているようで何処か退廃的な独特の雰囲気が、約一年分の重みを伴って二人を包み込んだ。

  

 当初、宿屋に辿り着く事を最優先事項に設定したクラウスだったが、結局、宿屋までの道中に食堂があった事で、その目的が果たされる事は無くなった。

 大量の食事を前にした時のテトネの、目を潤ませた微笑を人生の楽しみにするようになったのは、一体何時からだろう。クラウスは硬くなったライ麦パンをコーヒーで流し込みながら、ふとそんな事を思い、愕然とした。気付けば、信じられない程テトネが大事な存在になっていた事に。

 旅は道連れ。そう、ただの道連れのつもりだったんだけどな。

 その事実が、特に不快な訳では無かった。むしろ何処か新鮮で、むず痒いような不思議な心地良さが、クラウスの心中に在った。

「主人、コーヒーをもう一杯。それとパンも」

 クラウスのその注文に、豪快そうな、しかしやはり何処か生気のない食堂の主人は不思議そうに返した。

「別にそりゃ構わないが……なんでこんな硬くなったパンをわざわざ頼むんだね?金の心配かい?まあ確かに、こんなパンで金を取る訳にはいかないからコイツは無料ただだけど……あんた達はもうそれだけ頼んでくれているんだからパンくらいサービスするぜ?」

「有難う。でもこれが好きなんだ。昔よく食べていたから」

「思い出の味、ってかい?」

 クラウスは笑顔を主人に返すと、テトネに目を遣った。

「……美味しい、美味しい」

 満足そうで何よりだよ、自分の正面で次々と大皿を空にしているテトネにも聞こえない程の小声で、クラウスは静かにそう呟いた。

 食堂の窓ガラスから覗く空は、真っ黒に染まりつつあった。


 小奇麗な宿屋で部屋を借りた二人が、鍵を手に早速部屋へ向かおうとすると、宿屋の主人らしき老婆が思い出したように二人の背中に声を掛けた。

「そうそう、この宿を出て大通り沿いに、北に少し行くと温泉があるんだよ。こんな所にって思うだろう?歩けば、片道大体二〇分位かね。少し遠いけれど、一応この国の名所だからね。一度、行ってみると良い」

 老婆もまた、入国審査官の青年や食堂の主人のように血色の悪い顔と薄暗い目をしていたが、すでにそれに慣れ切っていたクラウスが特に何か思う事は無かった。それだけ、この国の国民には生気が無かった。

「分かりました、どうも有り難う」

「………温泉……ほう、温泉」

 もう休もうかと迷っていたクラウスがテトネの強い希望から、結局、部屋に荷だけ置いて温泉に向かう事を決めたのは、老婆の話を聞いてからきっかり三分後の事だった。


 温泉に向かった二人が、目的地に到着したのは宿から出て三〇分程後の事だった。

 この国が極端に東西に長い形状をしているためか、二人は徒歩三〇分で、もう国の反対側近くに辿り着いてしまった。北部の険しい山々に隣接している住居群や倉庫群の中に、紛れるようにして、殆ど山に食い込んでいる巨大な建物が在った。

 付近の建物と比べてもあからさまに古びているその建物こそが、二人の目指す温泉への入口だった。

 建物内に入った二人はすぐさま、多くの従業員らしき人間達に囲まれた。

「ようこそ、我が国名物の温泉へ」

「当温泉はビタミン、ミネラルが含まれている他……

「お嬢ちゃん、可愛いね」

「この温泉が我が国に湧き出たのは三〇〇年も昔の事、それ以来、我が国の住民の平均寿命が大幅に……

「温泉に浸かった後、何かをお飲みに?」

 そんな、降り掛かる言葉と熱気を振り払い、クラウスは小部屋に脱衣した。盗難防止のためだろうか、鍵付きのバスケットに衣服を放り込み、クラウスは後ろを振り返った。

 そこには、当然と言うべきか全裸のテトネがいた。一瞬前まで着ていたのだろう衣服を両手で抱えて。

 気付けば、クラウスはその姿に目を奪われていた。

 その純白の裸身は、女性的な凹凸こそ少ないものの、完璧な左右の均整と水晶のような輝きを誇っており、髪の白銀と瞳の紫に彩られて、テトネは一つの完成された美の結晶となっていた。

 皮肉にも、天使のようだ、とクラウスは思った。

 自然とクラウスは己の左手をテトネに伸ばし……………笑顔で、その髪をクシャクシャと撫で回した。

 それを受け入れるテトネの表情もまた、当たり前のように笑顔だった。

 

 肩まで湯に浸かったクラウスが、初めに感じたのは、異様な静けさだった。そして、直感の命じるままに辺りを見回したクラウスはとある事実に気付いた。自分達以外に客がいないという事実に。首を傾げ、テトネに目を遣ると、彼女もクラウスを見上げていた。

「気付いた?」

 クラウスのその問いに、テトネは頷く事で答えた。

「一体、何故だろうね?」

「皆、飽きたとか」

「ハハハ、相変わらず斬新な意見だね。でもそれは無いよ。僕達の宿だけじゃない、普通の民家にも風呂は付いていなかったからね。他の所にも温泉があるとは言え、他の客が一人もいないのは流石にね……」

「じゃあ、貸し切りとか。あれだけの歓迎振りなら有り得るかもしれない……」

「そう………まさか。幾ら僕達が一年振りの客だからって。それに、この温泉は僕達二人には広すぎるよ」

「……………戒律とか」

「一体、この国の人たちがどんな宗教を信仰していると思うの?」

「…………降参」

「……君が降参しても、僕は君に答えを教えられないよ?僕だって答えを知らないんだから」

「それは、ズルい」

「そう言われても…………」

 そして、二人の間に静寂が舞い降りた。二人は互いに身体を完全に湯に沈めて、安らぎの一時を満喫していた。疲労が湯に溶けだすような錯覚に陥ったクラウスは、瞼を閉じると、強く目頭を押さえた。欠伸がその口から漏れ出した。

 こんなに安らいだのは何時以来だろうか。クラウスは苦笑し、視線を夜空からテトネへと移した。

「ねえ、アス。聞いて良い?」

 唐突に、テトネがクラウスに問い掛けた。

「……アスの髪ってさ、なんで黒なの?アスの出身地って何処?ボクの銀髪もそれなりに珍しいけどさ…………それでも、北の果ての国にはボクみたいな髪の人が大勢いるって聞いたよ。でも、アスみたいな黒髪の人は殆ど見た事が無い。……アスの方がよっぽど悪魔みたいな外見だよ」

「そうかな?でも、僕の生まれた東の国では、国民は皆の黒髪だったよ。南の熱帯地方の人達の髪も黒らしいけど………」

 テトネはその答えに、何処か感銘を受けたように眼を見開いた。

「へえ~、初めて知ったよ。流石、アスは物知りだね~」

「そんな事は無いよ。確かに君よりは少し長く世界を見てきたかもしれないけど、僕にだって知らない事は幾らでもあるよ」

「………ボクは悪魔なのにさ、世界を知らな過ぎるよ」

「……神じゃないんだから全知全能って事は有り得ないよ。ゆっくり、知って行けば良いんじゃない?」

「…………そうかな?」

「僕はそう思うよ」

「………………………そうだね……有難う、アス」

 返礼を飲み込んだクラウスは左手で、湯で額に張り付いたテトネの前髪を払うと、その瞳を見つめたまま、静かに微笑んだ。

 それからしばらく、心地良い湯の中で、笑顔の二人は夜空を見上げていた。


 温泉を満喫した二人が、荒れた地面を三〇分掛けて歩き、宿屋に帰り着いたのは、夜が深まる頃の事だった。クラウスに引き摺られるようにして部屋に到着したテトネは、彼が何か言葉を発する暇も無く、ベッドに倒れ込んだ。彼女が寝息を立てるのを見届けたクラウスが、向かった先は宿屋の一階だった。

 宿屋の老婆に注文した果実酒と、以前訪れた国で購入した喜劇の台本をお供に、クラウスの長い夜が幕を開けた。

 

 翌朝、宿屋で軽い朝食を腹に入れ、必要な食糧品、消耗品の調達のため街に繰り出したクラウス達は、一人の老人と、ある意味、運命的な出会いを果たした。

 大量の荷物を抱えて、並んで宿に帰還を果たそうとしていた二人の前に、突然立ち塞がるように現れたその老人は、仁王立ちの体勢を僅かも崩す事無く、二人に向かってこう叫んだのだった。

「昨夜、我が国に訪れた旅人と言うのはお前達の事だな?いや、隠しても分かるぞ。お前達は、この国の住民の空気を纏っていない。それにその荷物、出国準備だろう?」

 流石、二人は旅に生きる者達だった。突然の事態にもまったく動じる様子を見せなかったのだ。そして、その老人に注目した二人はとある事に気付き、驚愕した。

 その老人の瞳には、力強い光が宿っていたのだった。

 二人は顔を見合わせ、再び老人へ視線を遣り……………僅かの後、頷いた。

 そして同時に一歩、老人へ向けて足が踏み出された。



 続きます。

 全く話が進んでおりません。しかしⅡでなんとかします。

 Ⅱでは、ようやくテトネ以外の悪魔が出る予定です。

 Ⅱでも、バトル要素は皆無です。期待しないでください。

 読んで下さって有難う御座いました。

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