繋ガル民
誤字脱字があったら御免なさい。文才の無さに関しては許して下さい。
黒髪長身の男、アスタリスク・クラウスと、彼と契約を交わした少女悪魔、テトネは二人、草木の枯れ果てた寒々しい大地を連れ立って歩いていた。
心が凍て付くような風に身を嬲られながら、地平線の先を見据えて。
これは、十一月半ばの頃の事。
「ねえ、アス。アレって城壁じゃないの?」
唐突にそんな質問がテトネから飛んで来たのは、二人が前の町から歩き始めて三日目の夕方の頃の事だった。
「ああ、そうだね」
当然ながらクラウスの身長は、少女の姿を取っているテトネのそれよりも高い。もしかすると四十センチ以上の差があるのかも知れない。だから、テトネの発した、城壁発見、の報告にもクラウスは特に驚かなかった。クラウスは既にその城壁を確認していたのだから、当然と言えば当然だろう。しかし、ならば何故、クラウスはテトネにその旨を伝えなかったのか。もし本人に問えばきっと、テトネに見つけさせてあげたかったから、との答えが返って来ることだろう。
「よく見つけてくれたね、有難う」
クラウスのその一言に、テトネは笑みで返した。基本的にテトネは感情を表に出す事があまり無い。否、それなりに良く喋るし、自己主張も人並みにはする。だが、放つ言葉に何故か感情が伴っていないため、テトネからは感情が読み取りにくいのだ。だから正確には、感情を表に出す事があまり無い、のではなく、表に出している感情に気付ける事があまり無い、と言うべきだろう。だから、テトネは決して、満面の笑み、も、天真爛漫な笑み、も、輝く笑み、も浮かべる事は無い。今も笑ったとは言え、実際は口の端を僅かに吊り上げただけだった。しかし、クラウスは、その僅かな笑みの中に潜むテトネの喜びを感じ取っていた。と言うより、テトネを喜ばせるために、クラウスは城壁の事をテトネに話さなかったのだ。事実、テトネは、クラウスの役に立ち、クラウスに感謝された喜びに浸っていた。
テトネと契ってから一ケ月。
何と言うかクラウスは、とっくにテトネマスターだった。
二人が城壁に辿り着いたのは、それから更に一日後の事だった。
城壁を最初に発見した時にクラウスは、どんなに遅れても半日以内で着く、と予測を立てていた。そして、旅に生きる身であるクラウスの予測は、事実と同義と言っても過言ではない。ならば何故、二人の到着はその予測を半日もオーバーしたのか。
それは決して、テトネの歩行速度の遅さや、蜃気楼現象などに起因する物ではなかった。
それ以前にまず、テトネの移動速度はクラウスと大差無かった。
歩幅にしても筋肉量にしても、どう見ても小柄な少女であるテトネはクラウスに劣っている。それは、基本的な体力に関しても同じ事だろう。
しかし、テトネはその差を悪魔の力で埋めていた。テトネが唯一有する、自らの痛みを接触した何かに押し付けるという能力で。疲労も痛みに定義されることを利用し、テトネは自分の疲労を全て、踏み締めた大地に押し付けていた。大地にとってはいい迷惑だが、故に一日の行程が終わった際に元気なのは、むしろテトネの方だったりするのだ。
そしてもう一つ。
時期と二人が歩いている土地の性質を考慮すると、二人が蜃気楼現象に出会う確率はゼロに等しかった。
さて、いい加減に種明かしに移るとしよう。二人の到着が半日も遅れた理由。それは、城壁のサイズに起因するだろう。
一言で言うとその城壁は…………余りにも巨大だった。事実、城壁から五、六歩の位置にまで接近した二人は、首を後ろへ90度傾けて尚、その上端を確認出来なかった。
「……大きい……ね」
「…………ああ」
ただそれだけを交わし、二人はしばし無言を貫いた。貫かされた。
二人が硬直から解き放たれたのは、それから一分と四秒後の事。その要因となったのは、小走りに駆け寄って来た、その国の入国審査官か何かなのだろう一人の中年男性の、入国をご希望ですか~、の一言だった。
「お願いします」
クラウスの返事は迅速で、恐らく城壁のせいで驚愕し、混乱に陥った旅人を何人も見ているのだろうその男性は、少し驚いたように目を見開いた。確かにただの旅人ならば、その城壁に絶句せざるおえないだろう。しかし、クラウスはただの旅人ではなかった。
彼は悪魔と契約し、悪魔を引き連れて旅する旅人だった。
「いや~、旅人さん方、ようこそ我が国へ。っと、入国する前に幾つか質問したいのですが」
「構いません」
済まなそうにそう問う入国審査官の中年男性に、クラウスは笑顔を向けることで答えた。
「では一つ目ですが…………武器は何かお持ちでしょうか?」
「ナイフと拳銃を。……預けましょうか?」
「あっ、はい、お願いします。…………はい、これらは出国なさる時に返しますね?宜しいですか?」
「ええ、構いません」
クラウスは内ポケットから引き抜いた回転式拳銃と、ベルトで腰に固定していた鞘付きの大型ナイフを、何の躊躇いも無く審査官に引き渡した。変にグズグズとしていると怪しまれる事が多く、下手をすれば入国を断られる事すらあるのだ。食料はまだ残っているが、この国に滞在出来なくなるのはクラウス達にとってかなり厳しい事だった。
「次の質問ですが、滞在の理由と滞在期間中に済ませたい事、それと何か特別な資格や技能をお持ちでしたら教えて頂きたい」
「滞在理由は観光と休養です。滞在期間中に済ませたい事は食料品と消耗品を買い揃える事ですね。特殊な資格、技能は…………元々兵士でしたから戦闘訓練は一通り受けています。銃器や爆発物の扱いも可能ですが……」
「そ、そうですか……」
「…………あ、何か宗教は………」
「何も信仰していません」
「…………では、結構です。……後、これは興味本位の質問なのですが、娘さんですか?」
テトネを指し、審査官はクラウスそう聞いた。
「いえ、悪魔ですよ」
「悪魔?ハハ、悪魔とは。天使と言うなら分かりますが……さては余程、悪戯好きなんでしょう?」
クラウスは肩を竦め、テトネは口に微かな笑みを浮かべ、審査官に背を向けた二人は並んで、高すぎる城壁に囲まれた国に足を踏み入れた。背後から、たいして見る所もありませんよ~、と審査官の声が飛んで来た。それが決して、謙遜などではなかったと二人が知るのはそれからすぐの事だった。
クラウスとテトネは目の前に広がる光景に愕然としていた。
何も無かったのだ。国ならば当然ある筈の建築物や道路といったモノすら。
いや、大きく辺りを見回したクラウスは、辛うじて国民の姿とその住処を発見する事に成功した。城壁内部の真下に幾つものテントが狭苦しく並べられているのを見付けたのだ。
クラウス達が近づくとテントの中から一人の人間が姿を現し、二人に駆け寄って来た。十六,七程のその若い少女は二人の前に立つと、レクシネと名乗った。クラウスが彼女に返したのは社交辞令ではなく質問の嵐だった。
「ああ、あの城壁ですね?よく聞いてくれました」
あの城壁は一体何か、そんなクラウスの質問にその少女は嬉しそうに、少し自慢げに語りだした。
「高いでしょう?あの城壁こそ、我が国の誇る『絶対壁』です。あの壁の設計に携わった天才設計士が、そう命名したんですよ。見て分りますよね?岩で造られていまして、高さは現在一〇二三メートルです。当然まだまだ積み上げるので更に高くなりますが」
「はあ、では家などは一体、何処に?遊牧民でも無い限りは普通、木材とか石材で建てると思うのですが」
「何言っているんですか?ほら、テントがあんなにあるじゃないですか。この国の国民は皆、あそこに住んでいます。旅人さんの言うように、少し前までは我が国にも石造りの家がありましたが…………それらに使用していた石材は全て、『絶対壁』の材料として使用しましたから」
「では国民の食料などは?」
「井戸を引いていますから飲料水はしっかりと確保出来ていますし、向こうに畑もあります。それでも食糧不足なのは事実なのですが」
「何の為にあんな壁を?」
「決まっているじゃないですか?国を守る為ですよ。旅人さんは御存じ無いでしょうが、我が国の近くには強大な軍事力を誇っている国があるんです。何時、攻め込まれるかも分かりません。ですから国民総出で城壁を建造しているんです。国土と、国民の命を守る為に」
「城門は幾つありますか?」
「旅人さん達が通って来た北門と、この反対側に南門があります。その二つしかありません」
「………………成程、では最後の質問なのですが………食料などは何処で買えますか?」
「そんな、お金を頂くなんてとんでもない。せっかく、この国に旅人さんが立ち寄ってくれたんですから。食料なんて幾らでもお分けしますよ。宜しければ防寒具なども」
「……………それではお言葉に甘えて」
「はい!」
少女は弾んだ声で頷くと、引っ張るようにして二人をテント群に案内した。そして…………
「おお、旅人さん、はら、保存食はたっぷりあるから持って行きな」
「有難う御座います」
「寝袋もそんなボロいのじゃなく……………ほら、これをやろう」
「有難う御座います」
「旅人さん。ほら、そんなに荷物が多いならこれに入れれば良い」
「有難う御座います」
想像を遥かに超える歓迎振りにクラウスは、有難う御座います、を繰り返すだけの機械となってしまった。しかし、これは彼の対処能力が低い訳では決して無く、その事態を唯一防ぐ事の出来た筈の案内役のレクシネが、
「可愛い~、テトネちゃん、肌のキメ細か~」
「そうよね~。私もまだ十、若ければ」
「どっちにしろ、あんたには無理よ」
「それにしてもホントに綺麗」
「ですね~。あっ、これも似合いますね~、テトネちゃん」
「私が選んだから当然よ」
その役目を放棄して、中年女性達とテトネを着せ替え人形にする係に加わった事が、大きな要因となったと言えるだろう。
ちなみに、息も絶え絶え、といった風体でテント群の中から抜け出したクラウスが、無理やり着せられた防寒着によって一回り大きくなったテトネと、感動の再会を果たすのはそれから三〇分後の事。その姿に笑い声を漏らしたクラウスの両肩には大きな革袋が掛けられ、その両手はやはり荷物で塞がっていた。正直な所、似合わなさから言えばどっちもどっちの恰好だった。
宿屋が望めない以上、長居する必要は無い、それがクラウスの下した判断だった。結局、二人が南門を発ったのはもう日が沈む頃だった。レクシネなどは出発を翌朝にするよう提案、と言うより懇願していたが、クラウスの決断が変わらないと知ると最後には、名残惜しそうに渋々と餞別代わりに笑顔を残して去って行った。
「……最後に、ちょっと聞いても良いですか?テトネちゃんはクラウスさんの…………娘さんですか?」
去り際にそう聞いたレクシネに、二人が苦笑を返した事は言うまでもないだろう。
出国審査は呆気無い程、簡単に済んだ。入国時に南門から去る旨を伝えていたからだろう、銃器とナイフの返却以外には何も無かったのだ。
「我が国はどうでしたか?本当はもっと滞在して、もっと我が国の良い所を知って欲しかったのですが。仕方無いですね。それでも我が国は良い国でしょう」
出国審査を担当した金髪の若い男の問いに、クラウスは答えた。
「ええ、とても良い国だと思います。国民が協力し合って『壁』を作っている姿には感動しました」
「そうでしょう!」
金髪の青年はクラウスの答えに満面の笑みを浮かべ、感極まったように叫んだ。
「旅人さん。我が国は、民が一つになっている国、なんですよ」
その叫びには、痛い程の誇りと、苦しい程の矜持と、哀しい程の意思が、込められていた。そしてクラウスは、この国に来て初めて本気で驚嘆した。青年の想いの純粋さに。
それは余りにも綺麗で、儚かった。
だからこそ、二人は青年に告げた。
「僕は貴方達を尊敬します」
「ボクもこの国の事は忘れないよ」
そんな、二人の最大級の賛辞に青年はただ一言、こう返した。
溢れんばかりの想いと共に。
「お二人の旅路が何時までも途切れぬよう、お祈りします」
二人は笑い、青年に背を向け、一度も振り返る事無く、門をくぐった。
そして二人は、旅立った。
その年、一〇〇年に一度と言われる大寒波が、その国を襲った。
家を全て取り壊し、『絶対壁』の材料とした彼らに、寒さを凌ぐ術は無かった。
壁を取り壊そうと言う者もいた。しかし、壁を低くした瞬間に敵国に攻め入られるという恐怖から、その考えを実行出来る者は一人もいなかった。
彼らが信じきった『壁』も、冬の猛威の前には無力だった。
そして凍死者が激増した。
畑が枯れ、燃やせる物が尽き、吹雪が吹き荒れ、多くの民が屍となった。その中には、一六,七程の少女の姿もあった。
そんな中、ライフル銃で武装した大部隊が国に近づいて来るのを、一人の男が発見した。
その部隊は、近くの強大な軍事力を誇る国から、食料品と防寒装備を携えて救援の為に来た二個大隊だった。
しかし、男はその部隊の目的を戦争だと勘違いしていた。男は全身の力を振り絞り、城門を固く閉ざした。男は呟いた。
「あいつら、やっぱりこの機に攻めて来たか。しかし、『壁』はほとんど完成している」
そして、その国は絶対の防御を手に入れた。
「よし、これで……この国の民は、一人も、あいつらに殺されたり………し…………ない………」
そして男は、金髪の青年は、微かに笑みを浮かべて、地に倒れ伏した。
その姿はまるで眠っているようだった。いや、それも間違いでは無いだろう。確かに男は、永遠の眠りに就いたのだから。
当然の事ながら、その高過ぎる城壁を前に、救出部隊が出来る事は無かった。
しかし、もし彼らが城壁を乗り越えたとしても、その行いは無駄となった事だろう。
もう、その国に動く人影は存在しなかった。
動かぬ人影が、屍のみが、静かに存在していた。
そしてその国は、全ての民の棺桶となった。
その国は確かに、民が一つになっている国、だった。
「ねえアス、あの城壁の国の壁、もう出来上がっているかな?」
「さあね。でも彼らなら造り上げると信じてるよ」
「だね………」
「「………………」」
「ねえアス、お休みのキスは?」
「僕におんぶして貰っているくせに…………。しかもその言い方だと君、僕の背中で寝る気だろう?」
「道に迷ったアスが悪いんだよ」
「はいはい………」
「……ねえ、キスは?」
「この姿勢で、一体どうやって?」
「……ん~、努力で?ほら、あの城壁の国の人たちみたいに」
「涎垂らさないでね」
「垂らさないよ!!」
頬を朱に染めた少女悪魔と、彼女の『従人』。二人の旅は、まだ始まったばかり。
ついにテトネの能力が!
ラノベ風に言うと『苦痛贈呈』とかかな。
テトネのキャラが定まってない気がします。