決戦直前 地底Ⅱ
「ここでいいかしら」
宇佐見 蓮子、マエリベリー・ハーン、八雲 紫の3人は、店内の最も人気の少ない席に移動した。
最初に切り出したの蓮子だった。
「あの」
友人のメリーと瓜二つの容姿に戸惑いながらも話を続ける。相手は妖怪の中でも5本指に入る実力者であり、会話をするだけでも自分が目の前の女性に恐怖心を駆られていることが実感できる。
「貴女が紫さんでいいんですよね」
「ええ、その通りですわ」
口元を綻ばせながら、友好的に対応する八雲紫に僅かに蓮子は緊張を解き、本題を切り出す。
「単刀直入に聞きます。この人たちは幻想郷に来ませんでしたか?」
地底に来る前に小町に見せたものと同じ写真を八雲紫に差し出す。
八雲紫は写真に目線を落とすと、一呼吸だけ置いた。
「赤毛の教授とその助手なら、突然この幻想郷に来ては1週間も経たずに元の時代に帰ると言い出して奇妙な機械に乗って帰って行きましたわ。お二人の隣に映る栗色の人は見かけませんでしたわ」
「本当に!?」
蓮子は思わず敬語も忘れ、感情を露にする。八雲紫の返答は幻想郷には『写真の3人はいない』と答えていることと同意義である。だが、今まで行方不明だった3人の内2人は現代に帰還しているかもしれないのだ。これだけでも十分な進歩と言えるだろう。
「じゃあ、教授達は既に私たちの世界に戻ってるの?メリー!元の世界に戻って確…認…」
手掛かりを見つけた安堵だろうか、突然蓮子は糸の切れた人形のように机に伏せてしまう。
「…………」
先程の蓮子と八雲紫の会話を聞いてるだけだった少女は、無言で一点だけを睨み付けていた。
「八雲紫、蓮子に余計なことはしてないわよね」
「そんな怖い顔したらせっかくの美人が台無しよ?彼女の体内時計の境界を弄っただけだから心配しないで頂戴」
メリーからの視線が八雲紫に突き刺さる。しかし、八雲紫が不快に感じることはなく、むしろ楽しんでいるようだった。
「ふふっ」
「何が可笑しいの?」
メリーは八雲紫の嘲笑を不快に感じることはあっても、自らの能力は発動させることはなかった。あくまで自分と相手の実力の差を理解しているからこその判断だった。
「貴女は人間と生活を共に過ごして情が移ったかしら?」
八雲 紫はメリーを…いや、この場において八雲 紫の目の前に存在を『マエリベリー・ハーン』と表現することは正しくない。 八雲紫に相対する少女は元々、別の世界線を生きる八雲紫と同等の境界を操る力を持つ妖怪なのだ。
「妖怪と人間が共存する世界を創る私と『境界を操る程度の能力』の大半と妖怪の身体を捨て、人間の生活に溶け込んだ貴女。無数の並行世界が存在するというのに、2013年において境界を操る者は私と貴女しか生き残っていないだけでも可笑しくて可笑しくて…」
顔を片手で覆い、込み上げる笑いを抑える妖怪の賢者に対して力を捨てた少女は、黙って見ることしか出来なかった
並行世界。同時系列には無限とも言える数の世界が互いに干渉し合うことなく、平行線のように存在する。
ただし、この並行世界は全て運命によって定められた結末を辿ることを避けられない。妖怪は2013年、二ツ岩マミゾウの衰弱死を最後に地球上に存在する全ての妖怪が絶滅することになっている。
境界を操る者の死亡は更に速く、890年には既に死んでいる。彼女ら2人を除いた『境界を操る者』は能力の強大さゆえ、人間または妖怪に危険視され、討伐されている。ではこうして地底で口論する妖怪の賢者と少女は何者なのか?無論、境界を操る者である。
八雲紫は、妖怪の絶滅を回避するために日本の一部の地域を能力で切り取り、妖怪が生きるための世界から独立した土地と妖怪の存在と恐怖を植え付けさせる人間達を確保した。
マエリベリー・ハーンは、能力者と非能力者の境界をなくすことで地球上に存在する生物全てに微弱ながらの能力が宿るようにし、妖怪の存在そのものを無くした。
境界を操る者であるからこそ、来るべき筈の運命をねじ曲げ、この場に立っているといも言える。
メリーは八雲紫が落ち着くのを確認するし口を開く。
「貴女の下らない感傷に付き合ってる暇はないの。私たちを元の世界に返して頂戴」
元々メリー達は、自分達の世界から消えた岡崎教授の行方を追ってきたのだ。 蓮子は眠ったままだろうが、時間さえ経てば目が覚めるだろう。 これ以上手がかりがないのならば、妖怪の群がる幻想郷にこれ以上留まる必要はない。現代に戻れば、かつての様に岡崎教授、ちゆり助教授、里香先輩が迎えてーーー
「あぁ、それね。貴女達の帰る世界は無くなってるわよ」
八雲紫は扇子を持った片手で口元を隠し答える。そして、空いた片手を振るとスキマが開き、開かれた空間からはメリーの住む現代の世界が広がっていた。
「……は?」
「これが真実よ。受け入れなさい、マエリベリー・ハーン」
扇子の隙間から覗く八雲紫の口元は三日月のように歪んでいた。
「何よ…私達がいない間に何が起きたっていうよ!?」
ただし、建ち並んでいるはずの高層ビル、蓮子と通っていた大学、近所の商店街の面影はなくなっていた。
スキマから見える景色が変わる。メリーは一瞬だけ目を疑った。
(そんな…冗談でしょ)
それは上空から見た日本だ。高度が上がっていき、地球全体が視認できた。
赤、赤、赤。
赤以外の色は無く、世界は紅い炎で燃え上がる。
メリーの視界に映る世界の地球は生物の住める星ではなくなっていた。あるもの全てが熱を帯びて溶解し、世界は紅蓮に染まっていた。
「…………」
「あら?放心してるわね。全く…黙りはよくないわよ」
八雲紫はスキマを閉じ、茫然自失するメリーの肩に手を乗せて、歪んだ笑みを突き付けるように浮かべ宣告する。
「わたしも貴女の下らない感傷に付き合ってる暇はないの。異変が終わるまでは大人しくして貰うわ」
八雲紫の腕が上がると同時に突如、メリーと蓮子の足元の空間が裂ける。重力に従い、2人の外来人はスキマに落ちていく。
(スキマの先はマヨヒガに設定した。あそこなら野良の妖怪に遭遇することもないでしょうし、彼女達の身安全は確保できた。
それにあの反応からして、外来人を送り込んで来たのは彼女ではない)
今から3,4日前から八雲紫以外の何者かが幻想郷に外来人を引き込んでいる事態が起きている。今はその現象は収まったが、余分な外来人を幻想郷に迷い混んだままにしておくわけにはいかない。
一番の理由が、『幻想郷の人間に外の世界への興味を抱いてしまうこと』だ。今の幻想郷と外の世界の技術は100年以上の差がある。それは、初代博霊の巫女が命を賭けて展開した博霊大結界の効果により、いくら外の世界の技術が上がろうとも住民にはその事実は知らされることはない。
こうして幻想郷の人間達は妖怪に対抗する術はなく、常に妖怪の存在を意識しながら生活し続けるため、妖怪の存在が忘れ去られることはなくなったのだ。
外来人を増やす。単純ではあるが、始めに『外来人を博霊大結界を乗り越えさせる』という大問題が待ち構えている。この時点で犯人に該当する者は限られてくる。自分と同じように境界を操る者。結界に対して知識を持つ者。
メリーの世界が攻撃を受けていることは前から把握しており、今回の外来人の増加はメリーが関係していると思っていたのだが…
(これで振り出しに戻ってしまったわね…)
首謀者の手口は派手ではないものの、幻想郷ついて十分理解している。だからこそ、周囲に気付かれににくく、幻想郷を確実に崩壊させられる手段を取る。
妖怪の賢者である自らを異変解決に駆り出すほどの異変。しかし、 八雲紫の口元を歪めて薄い笑みを浮かべていた。
「今回の異変の主犯は、妖怪か人間かもしくは別の何かか…。何人たりとも私の幻想郷は崩させやしない。
誰を敵に回してしまったかその身に教えて上げるわ、主犯さん…」
届くはずのない独り言を残して八雲紫はスキマに身を踊らせ、姿を消した。
店内の賑やかな喧騒は、この土地の危機を感じさせず、客はただ、酒を呑んで騒ぐこの一時を満喫していた。人間や妖怪の一匹、一人消えたとしても気付く者はいなかった。




