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着物と私と恋愛心  作者: 茶とら
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変貌スイッチ

ちょっとお仕事が忙しく一週間の更新停滞となりました。すみません。続きをお楽しみください。

 どうしてこうなった。


「もっと睨みつけてください。体はこう、しなりをきかせて、片眉を吊り上げる感じなんかにしてくれたらもっといいですね。ああ、どうせなら鎖骨を見える位に肌蹴てくれてもいいんですよ。いや、むしろ胸元がギリギリ隠れる程度に肌蹴て……いやあ、想像するだけでたまりませんね。よだれがでそうです!」


 とりあえず誰か今直ぐこの変態をどうにかしろ。

 二台のデジタル一眼レフを首から下げて、器用にその二台を扱いながら、さらに三脚を使って固定しているカメラを二台も使って、変態発言を垂れ流しにしながらパシャパシャとシャッターを切ってゆくその様は見事であるが、いかんせん垂れ流している発言が全てを台無しにしていた。


「全て却下」

「ああ、そんな表情も最高です!」


 何を言っても、どんな反応をしても、今の愛君を止める事無など不可能なのかもしれない。

 よく車のハンドルを握ったら人が変わるとかがあるが、愛君に関して言えばハンドルの変わりにカメラを持たせたらそうなる。

 変わると言うか、変態度が際限なくあがると言った方が正しいのか?

 黙っていればスッとした整った顔立ちと少々鋭利な視線が女性の心を掴んでやまなそうなハンサムな青年なのに、いったい何が彼をこんな性格にしてしまったのだろう。犯人今直ぐ出てこい。


「もう今直ぐ押し倒してその帯を解いてあられもない姿を写真に収めてしまいたい!」


 カメラを構えたままこちらに迫ってくる愛君の姿を見て、本気で身の危険を感じて来たところで救世主が現れた。


「先輩! ダメです! 襲っちゃダメですよ!?」

「止めるな神月! 私は今義姉さんを襲わないと気が済まない!」

「どんな状況!?」


 がしっと両腕を背後から掴んで愛君の進行を阻止した偉大なる救世主は、愛君の大学時代の後輩である神月君である。

 直線的な形で細いフレームの眼鏡をかけている事で知的に見える優しげな顔立ちをした青年は、体躯は頼りなさげにほっそりとしているのに、暴走している愛君を力で静止させられる程度には力があるのが意外過ぎる。


「真さんを襲ったら奥さんが泣きますよ!?」

「嫁など泣いたところでどうでもいいわ! 襲わせろ!!」

「ぇえ!? どういう事!?」


 まさかの発言に目を白黒させながらも、懸命に愛君を抑え込んでいる神月君が天使に見えてきた。


「えっと、じゃあ、娘さんが泣いちゃうかもしれませんから、駄目です! 抑えてください!」

「何!? レンが泣くだと!? くっ……! 仕方が無いっ」


 ようやく諦めたはいいが、嫁よりも娘の方が効果ありっていうのが非常に微妙だなと思う。

 男親の心境というのがあるのだろうが、嫁の事ももうちょっと気にかけても良いんじゃないかと思う。

 もうホント、なんで妹はこんな旦那を持つ事にしたのか謎なんだけどレベル。


「留まってくれて嬉しいです。先輩」


 大きなため息をついて、ずれた眼鏡を押し上げて神月君は苦笑い。

 彼もよくこんな人物との交流をそのまま維持していられるものである。

 まあ、普段はこんなに変態っぽくないらしいのだが、いかんせん顔を合わせれば常にこんな感じの反応をする愛君しか知らない私には理解できない事が色々あるんだろうと思うしかない。

 出ないと神月君みたいな良い後輩が居るわけが無いと思う。うん。思う。


「さーて、着替えるか」

「何っ!? それは見逃せないイベントではないですかっ!」

「申し訳ないんだけど、神月君。もうちょっとだけ愛君をよろしく」

「あ、はい。任されました」


 また暴走しだした愛君を、大変面倒見の良い後輩君に預けて部屋に戻って着物を脱ぐ。

 本当にどうしてこうなったのか、短時間に凝縮して起こった出来事を思い出してみる。


 そもそもの始まりは恐らくというかほぼ確実に、可愛い姪っ子の七五三の着物選びをした日であったのだろう。

 確信はあってもあくまで予想でしか無いから「だろう」とつけるが、どう考えても間違いなく、始まりはあの日であったに違いない。

 姪っ子のレンちゃんの七五三当日に、私は行けないだろうという話をしていた。

 実際本日見事に仕事によって七五三には不参加であった私は、思ったよりも早めに切り上げる事がかなった仕事を終えて帰宅したのは午後四時をまわった頃だった。

 ただいまと入った所、リビングから顔を出したのは、とろけるような甘い笑みを浮かべた義弟の愛君。

 颯爽と玄関にやってきて、両手を広げ、「さあ私の胸に!」とか訳の分からない事をほざいているのを完全に無視して素通りし、リビングに足を踏み入れればもう一人、愛君の後輩である神月君が礼儀正しく頭を下げて「お邪魔してます」と笑んでいた。


「いらっしゃい。今日はレンちゃんの事で来てくれたんですか?」

「まあ、そんなところです」


 曖昧な上で苦笑いな所を見ると、着物の事以外で何かあったのかもしれないなと予想する。

 出会い方はアレだったが、終始人が良い人で性格も温厚で一般的な感性をちゃんともっている好青年だった。

 だからきっと、苦笑いの原因の大半は愛君絡みで何かあったに違いなく、結局こうしてこの時間まで付き合いで居る事になったのではないかと思われた。


「すみません。御苦労さまです」

「いえいえそんな。気にしないでください」


 本当にとっても良い人だった。

 最初の出会いについては未だ聞く機会が無かったが、あれもきっと何か理由があったのだろうと今では普通にそう思えるほどに、神月君は凄く良い人だ。


「そんな少しツンデレな態度の義姉さんも大好きです」


 警戒を忘れて普通に会話していたところに、後ろから愛君に抱きすくめられて首筋に彼の吐息がかかり、自然と背筋が震えた。

 このたらしぶり、本当にどうにかしてほしい。


「はいはいただいま。とりあえず放してね」

「え? 嫌です」


 素早い拒絶と共により一層抱きすくめられる力が強くなった。

 本格的に逃がす気が無い態度に出られて困った私は、視線を神月君に向けた。


「先輩。そのままだと時間切れになっちゃいますよ?」


 どうやら視線の意味を理解してくれたらし神月君が助け舟を出してくれたが、どうもその助け舟自体が根本的解決をするような内容に聴こえない所がとても不安でならなかった。

 だが、どうやらその一言に意味はあったらしく、しぶしぶと言った様子で愛君は拘束を解いた。


「非常に不本意だがそれは確かに事実だ。義姉さん、着替えて来てください」

「何の話?」


 意味がわからず問い返した私の前に、神月君が何やら着物を差し出してきた。


「これ、着ていただけませんか?」


 見れば紺青色こんじょういろの地に白、紫、桃、金色を使って辻が花が描かれている奇麗な着物だった。

 レンタル品にしては非常に質の良い生地と上品な絵柄に戸惑いすら感じたが、着れるなら着てみたいと思うほどに私好みの着物で、差し出してきた神月君を見返したら、物凄く嬉しそうな笑みが返されてしまった。


「実はこれ、うちのところで売りだしてる今一番押してる商品なんです。試着用に一着だけ仕立てたものがあって、それを今回借りてきちゃいました」


 照れくさそうにそう言われたが、正直どう反応していいかわからない。

 一押しの商品な上に試着できる唯一の仕立て済みの着物をそんな簡単に持ちだしてきていいのか物凄く疑問だ。

 しかも今日は公休日。一番の売りだし時じゃないか。いいのか本当に。

 けれど、にこにこしている神月君からは、良くわからないが物凄く期待の眼差し。

 つっこむにつっこめない迫力がそこにはあった。


「えっと……着るのは構わないんだけど、何故?」

「先輩と僕の意見が合致した結果なんで、あんまり深い理由は無いんですけど……。理由が無いと駄目、ですか?」

「駄目ではないけど……」

「じゃあ是非!」


 ああ、笑みが眩しすぎる。

 結局理由もわからず着物を着る事になった私だが、正直こんな奇麗な着物を奇麗に着れる自身はなかった。

 普段着なれた着物は安物な上にこんなに凝った柄モノではないので、多少適当でもごまかしがきくが、手渡されたこの着物はそうもいかない。


「悪いんだけど、着るの手伝ってもらえます? 多分私だけじゃ奇麗に着れないので」

「もちろんです」


 嬉々として頷いた神月君に、物凄く何が言いたそうな愛君。

 けれど珍しく愛君は何も言わない。

 着物を手にとり二階の自室に上がり、長襦袢(着物の下、肌着の上に着るインナー)を着る。

 着終えた所で神月君に部屋に入ってもらい、着物の着付けを手伝ってもらう。

 愛君も一緒に入ってきたが、着つけ中の神月君は思いのほか強かった。


「今邪魔したら流石に先輩でもはった押しますよ」


 どうやら神月君の変貌スイッチは着物のようである。

 悔しそうな表情を浮かべた愛君は肩を多少落としつつも引きさがり、着つけが終わったら降りてくるように言って部屋を出て言った。


「すごいね。愛君に勝ってる」

「まあ、人生経験で言えば僕の方が先輩なので、たまには、ね?」

「え? 年上?」


 まさかの事実に思わず目を瞬かせた。

義弟君のせいでR15が外せない。

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