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着物と私と恋愛心  作者: 茶とら
3/6

微妙な力関係

「申し訳ありませんでした!」


 玄関先で土下座をして謝る神月君に対して若干憐れみを覚えるが、流石に出会いがしらの出来事には驚いたので、なんとも微妙な心境で止めるに止められない私。

 でもやっぱり土下座まではいらないなあ。


「義姉さんに辱めを受けさたこと、そう容易く許せません。もっと反省しなさい」


 土下座した神月君の頭を頭を踏みつけてやろうかという勢いすら感じる愛君のその態度。まるで私が彼のモノだと主張されているような感じで意味わからない。辱めってほどでもないし。

 けれど愛君の大学の後輩だったという神月君からしてみれば、先輩の言葉は絶対のものだとでも言う様に、もうそれ以上下がらないからって状態なのに、おでこで床を抉るかの勢いで土下座をしたまんま。

 なんだかとてつもない罪悪感を感じる。眼鏡は無事だろうか。

 と言うか、そんな全力の土下座いらない。


「えっと、とりあえずは土下座をさっさとやめていただければ助かります」


 最後に流石に「邪魔なんで」と言うのはやめました。

 それでもなかなか顔をあげない神月君に、愛君はイライラとした態度を崩す事無く容赦なし。


「義姉さんがそうおっしゃっているんだ。さあキリキリ動け!」

「は、はいっ!」


 暴君とその舎弟みたいな……?

 もうなんなんだろう。この二人がセットだとすごく疲れるんだけど。

 しょっぱなから疲労感たっぷりでげんなりしつつも、全員を居間に迎え入れてようやく本題である。


「えっと。改めまして神月です。今日は花崎先輩にひきず……いや、要請を頂いて参りました」


 ああうんそうだね。やっぱり引きずられてきたんだね。

 もう捕獲されたら最後、逃げられない事おおいからなあと若干視線が遠くなった。


「うちの店にある着物のカタログですがこちらです。店の営業できたわけじゃないので、うちの店以外のカタログも持ってきてます。あと多少ですが実物も持って来ましたので、サイズとか雰囲気なんかを見る事も出来ると思います。何かあれば気兼ねなくおっしゃって下さい」


 全力本気の土下座のせいで赤くなった額に思わず目がいってしまう。

 最初の知的な印象は完全に行方不明になってしまったが、営業じゃないって言ったのにも関わらず、ちゃんと実物ももってくるなんて素晴らしい気の使いようだ。

 相当愛君に仕込まれたに違いない。うん、きっとそうだ。間違いない。


「あ! 忘れてました。あとこれもどうぞ!」


 何を忘れていたのかと思いきや、こちらは普通の成人男女向けの着物カタログである。

 きっと両親用にと持ってきたものなんだろうけど、何故か七五三用のカタログよりも数が多かった。

 子ども用よりも純粋に数が多いんだろうか。


「先輩の強い要望にお応えして、選りすぐりのモノをもってきましたから安心してくださいね!」


 何に安心しろと言うのかわからないが、カタログを差し出された私は頷いてざっと見ようかと思ったところで、早速横からかっさらわれました。


「流石に充実してますね。これは選びがいがありそうです」

「そう言ってもらえてホッとしました。はい、凄く」


 この先輩後輩関係、マジ後輩が可哀相でなりません。

 後で一番おいしいコーヒーでも入れてあげよう。そうしよう。


「ほえー。七五三の着物ってこんなにいっぱい種類あるんだねー」


 私もカタログを手に取りぱらぱらと見てみたが、本当に種類が多いこと。

 色は女の子らしい赤や桃色なんかが多い様子だが、それら皆こぞって華やかな絵柄が描かれている。

 色、絵柄、模様の種類って、こんなに多いものなのかと内心物凄く驚いた。


「種類多すぎて訳がわからないわ、これ……」


 既に根をあげそうになっているこちらの様子を素早く理解してくれたのか、神月君がちょっと苦笑いして、幾つか選んだものを見せてくれた。


「まずは色から絞っていきましょうか」


 幾つか開かれたカタログには、絵柄や模様が似ているもので、色が違う物を並べてくれた。


「三歳児用ですと、赤と桃色が定番ですかね。後は白地が多いものや橙なんかもあります。数が少ないですが、青系のものもありますね」

「うーん。レンちゃんは青系っていう感じじゃないかなー」


 妹がうんうん唸りながら娘とカタログの着物の色を見比べている。


「白地も可愛いけれど、色白さんだからちょっと白すぎちゃうかもしれないわねえー」


 母も妹の隣で同じようにカタログをのぞきこんで見ている。


「やっぱり元気な感じが出てくれた方がいいなと思うね。そう思わないかい? 愛君」

「おっしゃる通りです、お義父さん」


 男性陣も真剣に参戦しているが、どうも微妙に色合いとか絵柄とかの事には女性陣より疎い感じがする意見である。


「レンちゃんはどんな色がいい?」


 膝の上に乗っている姪っ子にカタログをよく見えるようにしてやり聞いてみれば、「あかいの!」と一言。

 即座に色が決定しました。

 決断力は大人よりも遥かにありました。子ども、侮りがたし。

 こんな感じでなんとか決めて、試しにどんな感じになるかを実際にレンちゃんに着せてみてみる。

 一般的な着物は私でも着つけられるけど、子ども用のは流石にやった事が無いのでお手上げ。

 被布コートとかなにそれ状態なので、そこもしっかり神月くんのお世話になる。

 手際の良さはやっぱり見事だった。

 こう言う働いてる所がしっかりして見える人っていいよなあと、ぼんやり思ったりしたのは内緒だ。


「いい! かわいい! さすがは私の娘!」


 実の娘にきゅんきゅんしている妹に抱きつかれて、若干迷惑そうな表情のレンちゃんの姿がなかなか愉快だ。

 それに気付いた愛君が、妹を力づくで離しにかかるも、なかなか離れないのにイライラしている。まるで子供みたいにすねるような表情を浮かべながら必死になっているハンサムな容姿の成人男子って結構ヤバい。面白すぎる。

 笑いそうに、いや実際は我慢してても肩が笑っちゃってたんだけど、そんな私の横で一仕事終えた神月君が驚いた表情を浮かべて言った。


「流石先輩の奥さんですね。負けてません」


 感心する彼の言葉に、にこにこした表情で母が一言。


「最初はいいんだけどねー。きっともう少ししたらお姉ちゃんに泣きついてくると思うわ。最後は絶対負けてしまうのよ、あの子」


 母の予言は見事的中いたしました。


「お姉ちゃーん! 旦那がいじめてくるよー!」


 最初から喧嘩吹っ掛けなきゃいいのに良くやるよ。

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