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着物と私と恋愛心  作者: 茶とら
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始まりが始まる前の話

 バッグの中に放り込んでいた、購入してからこのかた一度たりとも着信音を出した事の無い、常にバイブレーション設定のままの私の携帯電話。それが定められた通りの振動を繰り返してその存在を主張しているのに気付き、カチカチとマウスを動かしていた手を止めて、バッグの中から取り出した。

 ここは私の勤めているWebデザインの会社のオフィスであるが、自由な発想と自由なデザインを心掛けている社の方針のもと、明るく華やかな印象を与えるオフィスは、今日もなかなかに賑やかで、携帯の振動音くらいでは目立つ事は無い。

 ためらいなく携帯電話のディスプレイを覘きメール着信であることを知ると、さっさとその受信メールを確認した。


『娘の七五三の着物を選ぼうと思いますので、週末、ご協力ください』


 そんな無駄の無い文章に絵文字という愛想も入れない、極めて事務的な雰囲気漂うメールを送ってきたのは義弟の花崎はなさきあい君である。

 男性名で愛という名は珍しいが、案外本人と顔を合わせればよく似あう名前だと思うのだから不思議なもので、なかなかに容姿が良く知的でハンサムな義弟であった。

 もっとも、自慢できるかどうかは微妙な所であるのだが。

 義弟君のメール受信から間を置かずしてもう一通メールを受信したようなのでそちらを開いて見れば、こちらは実妹からのものだった。


『レンちゃんの七五三の着物選びするのでよろしくおねがいします! まずはサンプル写真もってくねっ!』


 女の子らしい絵文字を加えた華やかな感じのメールである。

 旧姓は雨宮。現在は花崎となっている妹のこころは、少々キツめというか釣り目がちな私の容姿とは逆にたれ目がちでおっとりとした顔立ちをしている。

 そして我ながらどうしてこうなったのか謎なのだが、かなりのシスコン娘で、そのシスコンぶりがたまにそのおっとり具合を余所様へ置いてくる事もちらほらあったりするがそれはそれ。

 五歳になる娘がいて、旦那とはくだらない事でよく口喧嘩をして私の所に泣きついてくるのがたまに面倒くさいが、私の可愛い妹である。

 そんな妹夫妻から何故別々にメールが送られてきたのかわからないが、つまるところ、二人の娘で私の姪っ子のれんちゃんの七五三についての相談ごとがあるという話であるようだった。

 別々に送るのも面倒なので返信内容を二人宛で送れば、即座に返ってきたメールに思わず額に手をあててため息をついてしまった。


『出しゃばるな嫁』

『おい、何だ、やんのか? 旦那』


 この二人、いったい何故結婚したし。という感じの内容である。

 毎度の事なので流石にもう慣れてはきたが、都度私を間に挟んで騒ぐのはどうにかしてほしいものである。

 やりあうならとりあえずまず宛先から私を外せ。

 暫くうるさそうなので携帯電話の電源を落としてバッグの中へと再び戻す。


「雨宮さん。そろそろ会議の時間なんで、準備お願いしてもいいですかー?」

「はーい」


 丁度良いタイミングで声がかかったので、先ほどまで作業していた内容をファイル保存して席を立った。

 退社間際に電源を入れ直した携帯電話には無駄に沢山のメールがあったがほとんど全てをすっとばして、最後のメールにだけ目を通す。


『実妹と義弟のどっちを愛してますか!?』


 あまりの馬鹿馬鹿しさに返事も大概適当で問題はないだろう。


『姪っ子です』


 可愛いは正義だ。





「まあ、そんなわけで今週末は七五三の事色々聞きにくるんじゃないかと」


 平和に仕事を終えて帰宅しすぐに、夕飯の仕度をしている母にメールの件を告げる。

 妹に良く似た、いや、妹が良く似たのはこの母で、おっとりさんな見た目の雰囲気は本当にそっくりだ。

 ただし、母は正真正銘のおっとりさんで、妹はあくまでおっとりさんに見えるだけである。

 ちなみに私は父親の妹、つまりは叔母さん似である。


「あらもうそんな時期なのね。早いわねえー」

「そうだね。あっという間って感じ。しっかしどうして何時も私を挟んでやりあうのか理解できないんだけど何でなの? まったくさ」

「二人とも、お姉ちゃんの事大好きなのよー」

「えー……」


 微妙な答えに微妙な反応しかできなかった。

 妹のシスコンぶりは把握済みなのでまあいい。ちゃんと血のつながった妹だから問題ない。

 でも義弟は流石にアウトだろうと本気で思っているのだが、この母はまるでそれの何処が悪いの? 的な感じで全然気になっていないらしい。

 おかしい。絶対間違ってるよ、母。


「ハンサムな男の子なら何でもありよー」

「いや、んなわけないから」

「お姉ちゃんの手を握って愛おしそうにしている愛ちゃんの姿といったらもう……! お母さん的に全然オッケーよ! ご飯三杯くらいいけちゃうわっ! ああ、でも梅干しくらい無いと胸やけしちゃうかしら?」


 エプロンで手をぬぐった後に、親指をたててぐっとつき出した拳をそのままに首を傾げる母をみて、思わずげんなりした。

 どんだけ御馳走なんですかそれ。


「もっとこう常識的な意見をですね……」

「だってお姉ちゃんカッコいいでしょう? 愛ちゃんと二人で手を取り合ってる姿はまさにオスカル様とアンドレ君みたいな感じで、お母さん的目の保養なんだもの。それを捨て置くなんて出来るわけがないわ!」

「演劇とかミュージカルとか観過ぎです、お母様」

「うふふっ」


 観劇が趣味な母親は、夢とロマンあふれるキラキラした乙女チックな世界観が大好物である。

 そんな母からしてみたら、私と義弟の愛君とのやりとりは、目の保養以外のなにものでもないらしい。

 念のために言うが、私は別に美人の部類には入らない平凡な容姿の女である。

 そんな私が男装の麗人の代表格たる架空の人物にたとえられる意味がわからないし、こちらは美人系というのが納得の義弟と対で見られたところで、平凡な容姿が華やぐわけではまったくないはずである。

 どうしたってそこに目の保養たる要素は無いように思うのだが、母の中ではどうもそうではないらしい。不思議である。


「母さん、夕飯は何時頃だね?」

「あと一時間後にはできますよ」


 父が一階にある自室から顔をのぞかせた。

 厳格そうな顔立ちとは裏腹に物腰は柔らかくひょうきんな面を持つ、私の自慢の父である。


「お帰りまこと。随分とにぎやかだったけどどうしたんだい?」

「ただいま。週末にレンちゃんの七五三の着物選びするって話してたんだ」

「おおそうか! 七五三か!」


 孫の事が大好きな父は、嬉しそうに笑った。

 きっとまた今度も愛君と色々と張り切ってやるに違いない。

 常識的な父がいるから大丈夫だとは思うが、大概義弟君が何かろくでも無い事(常に私がターゲットになる)をしでかすのでちょっと不安だ。

 いや、かなり不安だ。後で父に言っておこう。


「それじゃあ準備をしないとなあ」

「カタログとかは持ってくるって言ってたよ?」

「それはレンちゃんのモノだけだろう? お前の分も見ておかないと」

「へ? 何で私の分まで?」

「花崎家の皆はお前の着物姿を見たがるだろうから」


 ほくほくとした表情で部屋に戻る父の背を見送り、訳がわからず首を傾げた私は、考えても仕方がないかと見切りをつけた。

 大概この父の予想はあたるので、深く考えた所で予想された内容に対するの回避行動は不能だと思った方が無難である。

 だが、私が着物を着るうんぬん以前に、まず七五三の日に私が仕事を休めるかと言う一番大事な点をすっとばしているということに何故気付かないのか。

 当事者そっちのけ良くない。


「なんだか微妙に解せんわ」




 そしてあっという間に週末である。

 自宅のインターフォンが鳴らされる。


「はーい。今出まーす」


 ぱたぱたと玄関に向かい扉を開ければ、妹家族の面々と見知らぬ青年がひとり。


「ただいまお姉ちゃん!」

「今日も素敵ですね義姉さん」

「ただいまなのです!」

「あ、お、お邪魔します」


 うん。一人だけおかしいけど気にしちゃダメだね。

 頑として無視する事に決めた私は、見知らぬ青年に目を向けた。

 それに気付いた愛君は、すぐさま彼の紹介を入れる。


「私の大学の後輩で神月こうづきといいます。同じ写真サークルだったんですよ。今は呉服屋で働いていまして、きっと役に立つだろうと思って引っぱって来ました」


 紹介された神月と呼ばれた青年が、ようやくやや下向きだった視線をあげてこちらを見た。

 身長はやや平均より高いのだろうか、だがひょろっとした感じの線の細い体躯と、隣に立つ自信あふれる人物がいるせいか、物凄く気弱そうに見える人物だ。

 ぱちりと彼と目があったので、笑んで挨拶を返したら、数瞬後である。

 いきなり間合いを詰められて右手をがしっと掴みとられて引き寄せられた。


「付き合ってくださぐふっ!?」




 まあ、それが始まりの始まりになる前の話である。

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