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夢見た世界  作者: 花咲薫
第二章
9/20

8


「何だか、変なことになったねぇ」


 部屋のベッドに体を預け、バッカスは笑顔でそう言う。

 その様子を見て、グレンはため息をつく。


「笑いごとじゃないだろう。……あの少女――アシュリーとか言ったか? あいつはともかく、他の奴は無関係だ」

「そうなんだけどさ――あの母親が、何か言ってきそうで怖いんだよね」


 バッカスの笑みが苦笑に変わる。その意見には、グレンも賛成だった。

 ノックの音が響く。扉が開き、アシュリーが入ってきた。

 バッカスが体を起こす。


「おやおや、そっちからやってきてくれるとは手間が省けたね。君の兄について、少し聞きたいと思っていたことなんだ」

「知っているくせに」

「え?」

「私の兄がどこにいるかなんて、あなたは既に知っているんでしょう。馬鹿らしい」


 部屋のソファに腰をかけ、バッカスを睨んでアシュリーはそう言った。


「どうして、そう思うんだい?」

「さっき、あなたは『城に向かいたい』って言っていたわよね。それはどうしてかしら? ――兄がいるからでしょう」


 アシュリーがそう詰め寄るが、バッカスは余裕の笑みを浮かべ、あっさりと彼女の言ったことを認めた。


「少し口が滑ったようだね。まぁ、確かに君の言うとおりだ。と言っても、確証はなかったんだけれど。まぁ、そこら辺はこっちの話だ、どうでもいいだろう」

「私の兄が城にいることを知っているなら、兄について聞くことは何もないはずよ」

「あるさ。どうして、君の兄は城にいるのか。いつ連れて行かれたのか。それはなぜ? 是非、答えてほしいものだね」

「……」


 アシュリーは黙ったままバッカスを見つめた。口は開かない。


「俺達のことが、信じられないか」


 大理石でできた机を挟み、アシュリーの正面のソファに座って、グレンは言う。


「信じられないに決まっているでしょう」


 即答だった。

 バッカスがにやりと楽しそうに笑う。


「過去に誰かに裏切られたりでもしたのかい? 君は随分と慎重だねぇ」

「バッカス。……そんなに嫌なら話さなくてもいいが、そのうち話すことになる。いや、だからって今話せってわけじゃないが――」


 慌ててそう弁解するが、グレンの言い分にアシュリーは思わず苦笑した。優しい素振りを見せているが、彼もまた彼女の過去を知りたいのだ。

 アシュリーは諦めたようにため息をつくと、


「いいわ。……話すわよ」


 と、静かにそう言った。




 その日の兄の雰囲気は、どこか変だったの。両親が死んでから、私が家の家事をやっていたんだけど……その、兄はあんまり手伝ってくれなくて。でもその日は、なんていうか――妙に優しいっていうか――とりあえず、違和感を感じたのよ。

 いつも通り二人で朝食を食べていたら、突然兄がこう切り出したわ。


――軍に、行こうと思う。


 どこか大人びた口調で、そう言っていた。

 どうして、と私が問い詰めると、彼は笑った。……悲しい顔で。


――絶対、帰ってくるから。それまで、待ってて。


 彼は笑いながらそう言った。

 もちろん止めたわよ。止めないはずないじゃない。あんな城の……しかも、軍に行くなんて。でも、どうやったって彼は私の言うことを聞かなかった。

 そして、彼はいなくなった。この街から。私の家から。……私の、隣から。

 何年前かって――そんなの、覚えてないわよ。思い出したくもない。

 食費? だから、それはこの前も言ったでしょう。金持ちのお友達に――この家に援助してもらってるの。

 え? 私? 軍に誘われたことなんてないわよ。それどころか、兄がいなくなってから城の奴らの顔は見ていないわ。




 短い話だったが、彼女にとっては辛い話なのだろう。疲れたように、ため息をついた。


「これで終わりよ。兄は軍に連れ去られた。……私が知っているのは、それだけ。役にたたなくて悪かったわね。それじゃ、私は部屋に戻るわ」


 捲し立てるように早口にそう言うと、彼女は足早に部屋を出て行く。

 扉が閉まる音が響いた。グレンが静かに立ち上がり、


「止めなくて良かったのか」

「彼女は今話したことしか本当に知らないのだろうし、止める必要なんかないと思うけど」


 バッカスは再びベッドへ寝転がる。


「それとも、何? 君は彼女に何か言いたいことでもあったのかい?」

「いや……」

「『話してくれてありがとう』『辛かったね』とか、そういうことを言いたかったんじゃないのかい」


 グレンが黙る。


「もしそう言いたかったのならば、君は馬鹿だね」


 バッカスが冷たくそう言い放った。


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