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「嫌よ」
即答だった。その態度に、さすがのバッカスも驚きを隠しきれない。
「あなた達みたいな怪しい人達と、誰が交渉なんてするもんですか」
「……酷い言われようだねぇ」
バッカスが苦笑する。助けを求めるかのように、グレンに視線を注いだ。
グレンは深いため息をつき、サーベルを腰のケースにしまって、バッカスに近づく。
「取引の内容は簡単さ。君の兄を助ける代わりに、俺達に力を貸してほしいんだ」
アシュリーが拒否をしたのにも関わらず、バッカスは話を続けた。
「……嫌だって、言っているでしょう。兄を助けるぐらい、あなた達がいなくても出来るわ」
「あの男の力を借りるのかい?」
あの男というのは、アルフのことを言っているのだろう。
アシュリーはただ無言で、バッカスを見つめていた。それを肯定と受け取ったバッカスは、
「だったら、やめておいたほうがいい。あんな男一人じゃ、君の兄を救うことはできない。それどころか、犠牲を増やすだけだと思うね、私は」
「そんなの、やってみないと分からないじゃない」
「そうかもしれない。でも、成功する確率が低いことぐらい、君にだって分かるだろう」
アシュリーの言葉を否定することはせずに、けろりとした表情でそう言う。
「……」
アシュリーは拳を握りしめた。
分かっている。――彼女にだって、分かっているのだ。アルフを頼りにしたからと言って、兄が戻ってくる確証はないということも、兄を助けるにはかなりのリスクを背負わなければいけないということも。
「でも、それは――それは、あなた達だって一緒でしょう」
「そうだね。でも、確実にあの男に任せるかよりは、確率は高いと思うよ」
「……」
「あの男は弱い」
突然、グレンがそうつぶやいた。腰にかけている剣に目を向け、
「さっき、俺の剣に血がついていたのが見えたな? あれは、あの男の血だ」
「――」
アシュリーは言葉を発することができなかった。
――アルフは、弱い。
「――もう一度、聞こうか」
グレンとバッカスの顔が、アシュリーへと向く。
「君の兄を助ける代わりに、君達は私達に協力をする。……どうかな? 君にとっても、悪い条件ではないと思うけど?」
「……」
静かなこの広い部屋の中で、アシュリーは深い――深いため息をついた。
『絶対、帰ってくるから。それまで、待ってて』
――もう、その言葉は信じない。
「……いいわ」
「え?」
「いいって言ってるのよ。あなた達と取引をする。でも、勘違いをしないでね。私は、自分の兄を助けたいだけよ」
「……」
にやりと、バッカスが笑った。
「それでいい。自分の欲のために、私達を使ってくれて構わない。私達も、そうやって君を使うんだからね」
いつの間にか外れていた手錠を投げ捨て、彼は立ち上がった。
「さて、それじゃあ行こうか、グレン。それに、アシュリー」
「ちょっと待て!」
再び扉が勢いよく開いた。
肩で息をしながら入って来たのは、アルフだ。彼の左肩からはまだ止血したばかりの傷が見えた。アシュリーはそれを見て、思わずはっと息を呑む。
バッカスは慌てもせず、ただにやにやと彼を見つめている。おそらく、アルフが聞き耳をたてていたことを、彼は知っていたのだろう。
「黙って聞いてれば、好き勝手言い放題――アシュリーもアシュリーだ。何でこんな奴らと取引をする必要がある!」
「さっきの会話を聞いていたなら、分かるはずだろうに」
「……アシュリー。俺は、こいつらよりも信用できないのか」
アルフの視線が向く。アシュリーは視線をそらし、
「違うわ。私は別に、あなたを信用できないとは言ってない。ただ――」
不安なだけ。
その言葉を飲み込み、アシュリーは口を閉じた。
「さっきも言ったはずだ。お前は弱い」
静かに、グレンがそう言った。
アルフの剣先が、グレンへと向く。
「黙れ! 今話してるのは、そういうことじゃない」
「そうかな? 少なからず、関係してくることだと思うけど。正直言って、君は頼りないんだよ。確かに君達から見たら、私達はただの怪しい輩に見えるかもしれない。でもね、彼女は私達を選んだんだ。分かるかい? 心の底から信用できる君ではなくて、信用できる要素がほぼない私達を選んだんだ」
「――アシュリー、こっちへ来い!」
剣を降ろし、バッカスの言葉を聞きたくないかのように、彼は叫んだ。
アシュリーは足を動かさない。
「アシュリー……?」
「……私は、この人達と取引をしたの。だから――」
うつむきながら、誰にも聞こえぬようなこえで「あなたとは、行けない」とそうつぶやいた。
「これが現実さ。受け止めなよ」
その言葉を聞いて、アシュリーはバッカスを睨む。
「勘違いだけはやめてよね、アルフ。私はただ兄を助けたいだけなの。そうするために、彼らを利用するだけ。ただそれだけだから」
「……そうか、分かった。じゃあ――」
言葉を切って、アルフは再び剣先をグレン達へと向けた。
「こいつらが変なことをしないか見張るために、俺もついて行く」