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夢見た世界  作者: 花咲薫
第二章
6/20

5



 不機嫌そうな顔をして、バッカスは自分の腕にかかった手錠を見る。

 無駄に縦に長い細長い机と四つの椅子しかないこの部屋に、アシュリー達はいた。

 正面に座っているバッカスに向かって、アルフは問う。


「お前は何者だ。どうしてここに来た」

「それならさっきも言ったでしょう、宝を盗みにここに来ました。名前はバッカスです」


 手錠をちゃらちゃらと鳴らしながら、目的も名前も隠そうとするそぶりなど見せずにそう言った。

 アシュリーはこの家にきたときのことを思い出す。確か、門の方でなにか鈍い音が聞こえたはずだ。あれはきっと、バッカスが門番を気絶させた時の音だったのだろう。


「……もう一人は」


 静かな声でアシュリーはそう言った。


「は?」

「あの時にいたもう一人は、どこに行ったのよ」


 バッカスはその問いに、面白そうに笑みを浮かべた。


「それがねぇ、私も知らないんだよ」

「嘘よ」

「嘘じゃない。正確に言えば――そうだね、私が単独行動をしてしまったということかな。グレンを置いて、私はここに来たってこと」

「待って。グレンって誰よ」


 身を乗り出して、ミーシャはそう言った。

 アシュリーはため息をつき、昨夜のことを二人に話した。その間、バッカスは無言で手錠を眺めていた。


「――なるほどな。つまり、お前達は脱獄者ということか」


 彼らが脱獄者だとは一言も言ってなかったが、アルフは勝手に決めつけてそう言った。

 あからさまにバッカスの表情が悪くなる。


「人聞き悪いなぁ。私は別に脱獄者じゃないんだけど」

「アシュリーの話を聞いた限り、そういう風に聞こえるが」

「違いますよ……。脱獄したのは確かだけど、それは私じゃないんです」


 ――バッカスではない?

 アシュリーは首を傾げる。


「じゃあ、脱獄したのはあの――グレンって人のことなの?」

「そう。私はその手伝いをしただけ」


 正直、アシュリーはかなり驚いた。彼女が知っている彼の性格からすれば、脱獄なんてことをするはずがないと思い込んでいたからである。


「でもまぁ、冤罪なんだけどね」

「冤罪だと?」

「そう。だから、私も彼の脱獄を手伝った。……別に、信じてくれなくても結構だけど」

「……じゃあ、あの怪我は……」

「脱獄した時にやられたものだよ。彼、意外とアホで馬鹿だから」


 にこりともせずに、バッカスはそう言った。

 しばらくの沈黙のあと、


「質問はこれで終わり? そろそろ、この手錠を外してほしいんだけど」

「それは無理だ。……お前はさっき、宝を盗みにきたと言ったな」

「もちろん。世に伝わっている宝珠の一つが、ここにあるんでしょ?」


 宝珠。

 見知らぬ単語に、アシュリーは首を傾げた。


「宝珠? 何それ」

「知らないのかい? かの有名なあの宝珠のことだよ」


 そう言われても、知らないものは知らない。アシュリーはむっとした表情を浮かべた。


「知らなくて悪かったわね。説明してもらおうかしら」

「私が説明する必要もない。そいつらに聞けば――」


 と、勢いよく扉が開き、バッカスの言葉は途切れた。

 入って来たのは屋敷のメイドの一人だ。アルフ達が口を開くよりも前に、彼女が叫んだ。


「大変です! また侵入者が入ってきて――でも、誰も太刀打ちできなくて、それでそれが、その人が、その侵入者が、ご主人様のお部屋へ向かって――」


 メイドの言葉が終わるよりも先に、アルフは動いた。剣を片手に、さっそうと部屋から出て行く。メイドとミーシャも、慌ててその後を追う。

 その後ろ姿をアシュリーはただ眺めていた。


「……行かなくていいのかい?」


 その言葉に、アシュリーはバッカスに冷たい目を向ける。


「どうせ、あなたの仲間が侵入してるんでしょう」

「おや? グレンのことはかなり信用してた様に見えたけど、そうでもないのかな」

「――さっき、あなたは言ったわね。『私の勘は当たっていた』と」


 バッカスは困ったような笑みを浮かべる。


「言ったっけ、そんなこと」

「あの言葉の意味を教えてほしいんだけど」

「そのまんまの意味だよ。私の予想があたっていた。ただそれだけ」

「じゃあ、その予想ってのは何なのよ」

「君が魔法使いさんだってこと」


 一瞬――ほんの一瞬の沈黙の後、アシュリーは低い声で言う。


「どういう意味よ。魔法を使える奴なんて、そこら辺にたくさんいるでしょう」

「まぁ、そうだね。でも、君じゃなきゃだめなんだ」


 その意味深な言葉に、アシュリーは顔をしかめる。


「私はね、こう見えても情報屋なんだ」

「は?」


 突然、バッカスが喋りだす。


「だからこの家のことも――もちろん、君のことも知っている。……でもね、そんな私にも分からないことがあるんだ」

「……」

「君のお兄さんは、一体どこにいるんだい?」

「知らないわ」


 即答だった。

 バッカスは苦笑を浮かべた。


「それは嘘だろう。少しぐらい――」

「知らないって、言ってるでしょう」


 バッカスの顔から、笑みが消える。

 アシュリーは彼から視線をそらし、


「……知らないわよ、何も」


 と吐き出すようにそう言った。


「……私達はね、別に君達をどうこうする気はないんだ。それどころか、君の兄を助ける方法があるなら、それを手伝いたいくらいなんだよ」

「……どういう意味よ」

「私達には、君達が必要なんだ」


 真剣な顔でそう言われ、アシュリーは思わず目を見開き、彼を見た。

 そして一瞬の沈黙の後、自嘲じみた笑みを浮かべ、


「何よそれ。あなた達も、私達が必要なわけ?」

「あなた達『も』ってことは、以前に同じような事を言った奴がいるのかい」

「……いるわよ。あなた達よりも、もっとしつこい奴がね」

「それは――」


 ――と、乱暴に扉が開いた。二人の視線がそちらへ向く。


「……お前は、俺にどんだけ迷惑をかければ気がすむ」


 荒い息でそう言ったのは、グレンだった。彼の右手にはサーベルと呼ばれる剣を持っていた。

 ごくりと、アシュリーは唾をのみこむ。なぜなら、その剣の先には赤黒い血がついていたからだ。

 ふと、彼の顔がアシュリーに向いた。はっとして、アシュリーは彼を睨みつける。


「やぁ、遅かったじゃないか」

「……お前、本当にその子をストーカーしてここに来たのか」


 呆れた、という様子でバッカスを見て、ため息交じりにそう言う。


「何だい、その目は。確かにこの子をストーカーしてきたっていうのもあるけど――もっと他に、大切な意味がある。君だってそれを分かってるからここに来たんだろう」

「……」


 グレンは不機嫌そうな顔つきで、ポケットから何かを取り出し、それを無造作にバッカスに投げた。彼は手錠がかかったままの手で、それをキャッチする。


「……エメラルド?」


 緑に輝く小さな石を見て、アシュリーはつぶやく。

 バッカスは石を眺めながら、


「違うよ。そんなどうでもいいものじゃない。……これはね、宝珠さ」

「だから、何なのよその宝珠って」

「その話は後だ。――さて、アシュリー。君に一つ、真剣な話をしたい」

「……何よ」

「先ほども言った通り、私達には君が必要だ。正確には、君達だけどね。それで、なんだけど――一つ、取引をしないか?」


 笑みをうかべて、バッカスはそう言った。

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