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夢見た世界  作者: 花咲薫
第一章
4/20

3


 うるさい二人がいなくなり、静寂に包まれたリビングで、少女――アシュリーはため息をついた。


「……私も、出かけないと」


 今外にでたら、再びあの二人に会うかもしれない。そう思ったアシュリーは、十分ほど間をあけて、外へと出た。

 夜とは打って変わって賑やかなこの街を、アシュリーは歩く。近所の人々に挨拶をしている彼女は、先ほどとは別人のような笑みを浮かべていた。

『連れて行ってくれないなら、勝手にストーカーするだけだけど』

 先ほど、非常識でどうしようもない人間にそう言われたことを思い出す。

 少し後ろを警戒しながらも、彼女は大通りを歩いた。少し遠くに、丘の上に建つ屋敷が見える。あれが目的地だ。

 爽やかな春の風が、栗毛の髪の毛を揺らす。

 アシュリーは歩きながら、先ほどの二人について考えていた。

 ――犯罪者だと言っていたけど、それは本当だったのかしら。でも、怪我はしてたし……ってことは、脱獄してきたってこと? そんなに悪い人には見えなかったけど、一体何をしたの?

 そこまで考えて、はっとする。

 ――何を考えているんだか、私は。あの二人のことなんて、どうだっていいじゃない。今は、自分のことを考えないと。

 丘を登り、屋敷の入り口の前へと立つ。インターフォンも鳴らさずに屋敷へと入ったが、門の前にいた見張りの者は何の素振りも見せなかった。扉を開いて、屋敷の中へと入る。正面には横に広い階段、左右に広がる長い廊下、天井にはシャンデリア、床にはレッドカーペット。そんなお洒落な屋敷に踏み入れた瞬間、アシュリーは足を止め、後ろへと振り返った。


「……?」


 扉の外から、物音が聞こえたような気がしたのだ。物音というか、なんというか――鈍い音が。

 ――気のせい?

 確かめようかと外へ出ようとした瞬間、


「アシュリー! 久しぶり!」


 明るい声が聞こえてきて、アシュリーは再び振り返る。

 階段の上にいる金髪のツインテールの少女は、屋敷お嬢様というよりも元気な女の子といった感じに見える。少女にアシュリーは笑いかけた。


「ミーシャ、久しぶり」

「久しぶりー! 最近来ないから、ちょっと心配してたんだよ」

「心配って……大げさだなぁ」


 アシュリーは笑いながらそう言った。そして、階段を上ろうと足を進める。


「今日は、何しにきたの?」

「あぁ、ちょっと用があってね」

「どんな用?」

「あのね――」

「誰かお客様か?」


 アシュリーの言葉を遮るかのようにそう言ったのは、男の声だった。


「アルフ」

「お兄様」


 二人の声が重なった。

 ミーシャと同じ綺麗な金色の髪の毛に、どこかの時代の王子の様に整った顔つき。ふっと、その表情が緩んだ。


「何だ、もう来てたのか」

「『もう』って……お兄様が呼んだの?」

「あぁ、そうだ」


 階段を上り切り、アルフの目の前に立つ。


「ミーシャ」

「なに?」

「ちょっと、アシュリーと俺だけで話したいことがあるんだ。席を外しといてくれるか」

「分かった。じゃ、また後でね」


 すんなりとアルフの言う事を聞くと、ミーシャは廊下を軽やかな足取りで歩いて行った。

 妙だな、とアシュリーは思った。いつもならこんなにあっさりと言う事を聞いたりしないのに、と。


「立ち話もなんだから、俺の部屋で話をしよう」


 アルフの言葉に頷き、アシュリーは彼の後を歩き始めた。

 赤い絨毯が敷かれた横にも縦にも長く、天井が高い廊下を歩く。壁には有名そうな絵画がかざってあったり、窓辺には綺麗な花がかけてある花瓶が置いてあった。廊下を掃除していたメイドが、アシュリー達に頭を下げる。


「……ねぇ、アルフ」

「ん?」


 ふと、思い立ったことをアシュリーは口に出した。


「ここ最近、脱獄事件とかなかった?」

「は? 脱獄事件?」


 その様子では、知らないのであろう。そもそも、そんなもの起こってないのかもしれない。


「俺が知ってる限りでは、知らないな。……何でそんなこと聞くんだ?」

「ん……まぁ、ちょっとね」


 説明するのが面倒だった、というのが大きな理由である。それに、あの二人に会う事は今後一切ないのだから、話す必要もないだろう。

「そうか」と、あまり興味がなさそうにアルフはそう言う。

 歩いていた足が一つの扉の前で止まった。廊下はまだ続いている。アシュリー達は、その部屋の中へと入った。

 広い部屋だった。ホテルのスウィートルームにでもありそうな、そんな部屋。

 アルフ達は部屋の中を素通りし、バルコニーへと出る。そこにあるお洒落な机と二つの椅子、その一つにアルフが座った。アシュリーも、もう一つの方へ座る。

 机の上に既に用意されてあったティーセットで、紅茶を注いだ。それを一口飲み、アルフは小さくため息をつく。


「話ってのは、他でもない……お前の兄に関しての話なんだが」


 どくん、とアシュリーの鼓動がはねる。

 茶菓子として用意してあったケーキに手を伸ばしながら、アシュリーは悲しそうな笑みを浮かべた。


「その話なら、もう嫌というほどしたはずだけど。彼を救いだすなんてお(とぎ)(ばなし)、もう聞きあきたわ」


 冷たい言葉だった。もう、何もかもを諦めているかのような、そんな声。

 アルフは唾をごくりと飲み込んだ。


「今回は、お伽噺なんかじゃない。もっと、現実的な話だ」

「……」


 そう言われても、信じられなかった。そっと、カップに口をつける。苦い。砂糖を入れる。


「俺達の父親は、城に仕えている」


 そのことは既に彼女は知っている。溶けていく砂糖の塊を眺めながら、アシュリーは小さく頷いた。


「今まで、俺達――身内さえも、親父の仕事について詳しいことは知らなかったんだが――」


 そうだろうとアシュリーは思う。


「裏で何してるか分からないあんな城の奴らが、そう簡単に内部のことを明かすわけがないものね」

「あぁ。……この前、親父が帰ってきた時に問い詰めて聞いたんだ。そしたら、今まで何度聞いても答えてくれなかった親父が――教えてくれた。親父は、城の軍隊の方で仕事をしているらしい」


 溶けた砂糖をスプーンでかき混ぜていた手が止まった。

 アシュリーの顔がゆっくりとあがり、大きな青い瞳でアルフをじっと見つめる。


「……軍隊の方で、仕事を?」


 アルフは静かに頷いた。


「今まで? ……ずっと? 今でも? それが本当なら、あなた達のお父様は――」

「知っている、と」


 言葉を遮り、アルフは言う。


「……その容姿の少年のことなら、知っていると言っていた。数年前いきなり隊に入ってきた、と」

「っ――」


 一瞬の沈黙の後、アシュリーは身を乗り出して、先ほどよりも幾分大きな声で言う。


「それは、それは本当なのね? 本当に、あなたのお父様は城の軍に仕えていて――そこに、いるのね?」

「あいつが嘘さえついていなければ、本当だ」

「……会えるの?」


 静かな声で、ぽつりと彼女はつぶやいた。


「私はまたロイドに――」


 アルフの部屋の扉が勢いよく開いた音が耳に入ってきて、アシュリーの口が閉じる。

 はっとしてアシュリー達は立ち上がった。入って来たのはミーシャだ。すぐさまバルコニーへと走ってくる。

 しまった、と二人は顔を見合わせた。今の会話をミーシャに聞かれたのではないかと、不安を抱く。

 しかし、ミーシャが発した言葉は二人が予想もしていない言葉だった。


「不法侵入者!」


 一瞬、時が止まったかのように二人は言葉を発することができなかった。


「……ふ、不法侵入者?」

「そう! 屋敷に不法侵入した奴がいるのよ!」


 一瞬の沈黙の後、アルフは事の重大さを理解したのかすぐさま走り出した。部屋に置いてあった剣を取り、廊下へと駆けだす。

 アシュリーはぽかんとした表情でそこに突っ立っていた。が、ミーシャがアルフの後をついて走って行こうとした姿を見て、アシュリーははっとする。


「ちょ、ちょっと待って! 私も行く!」


 走り出したミーシャの後姿を追って、彼女もまた走り出した。

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