2
どすん、という音と共にグレンは目を覚ます。
「っ――」
重い瞼を開くと、暗い画面のテレビが見える。強打した頭が痛い。
――あぁ、そうか。昨日はソファで寝たんだった……。
がらり、という音と共にリビングの扉が開いた。入って来たのは、身支度を整えた少女だった。セミロングの栗色の髪の毛を一つに結び、ショートパンツにニーソックス、白いポンチョを来ている姿は、とても可愛らしかった。
と、視線に気づいたのか、少女とグレンの目があう。
「お、おはよう」
慌てて立ち上がりそう言うが、少女は無表情のままだった。
「起きてたんですか。だったら、さっさと出て行ってください」
昨夜のことがあったからなのか、彼女の言葉は刺々しい。
「昨夜のことなら、俺が謝るよ。すまなかった。あいつはその――素直じゃないんだ」
「……」
怒っているのか、それとも興味がないのかは分からないが、少女はグレンの言葉など聞こえていない様子で台所で何やら作業をしている。
「……あ、あのさ、バッカスは二階だよね? あいつ、起きてた?」
「知りません」
「……」
だめだこりゃ、とため息をついた。
――まぁ、こんな子供が俺達に味方してくれるはずもないしな。さっさとバッカスを起こして、ここから出て行かないと。
ちん、というオーブンの音がした。口にパンをくわえた少女が、台所から出てくる。そのパンを食べながら、彼女は話す。
「私はこれから、用があるので出かけてきます」
グレンは慌てて時計を見た。時刻は朝の八時。
「こんな朝早くから?」
「あなたには関係ないでしょう」
「……」
「まぁでも、あなたが丁度起きてくれて助かりました。言いたいことがあったんです」
「何?」
「先ほど言った通り、私はこれから外出します。なので、今すぐこの家から出てってください」
予想していたような、していなかったような、そんな言葉が少女の口から飛び出してきた。
グレンは苦笑を浮かべる。少女の言っていることが正論なので、返す言葉がないのだ。
「ちょ、ちょっといきなりすぎない? その、俺達にも準備ってものが――」
「いきなり訪ねてきて、いきなり泊まらせてほしいなんて言って、人のプライベートにまで足を運ぼうとした人は誰でしたっけ? あんな非常識でどうしようもない人、初めて見ましたけど」
「……」
グレンが諦めかけたその時、リビングの扉が開いた。
にやにやと不気味な笑みを浮かべながら、バッカスは少女を見る。
「非常識でどうしようもない私から、最後のお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「聞きません」
バッカスの皮肉にも動じず、少女は即答した。
「君のその外出とやらに、連れて行ってほしいんだ」
少女の言葉を聞かずに、笑みを浮かべながらバッカスはそう言った。
「嫌です」
「何でさ、別にいいでしょ? それとも、何かやばい場所とかに行くつもりだったの?」
「あなたみたいな人に、プライベートを引っかき回されたくありません」
ごもっとも。グレンは一人でうんうんと頷いた。
「何それ、酷い言い方だなぁ。別にいいじゃない、ちょっとぐらい」
「嫌だと言っているんです。さっさと出て行ってください」
「それは嫌だなぁ」
「はぁ? 出てけって言ってるんです」
「今、私が何て言ったかわかる? 嫌だって言ったんだよ」
「警察呼びますよ」
「それはちょっと困る」
「……」
「……」
二人はぴりぴりとした殺気をまといながら、睨みあう。
グレンは右足を引きずりながら二人に近づき、間に入った。
「バッカス、落ちつけ。君も落ちついて。……言うとおりに出て行くから」
「君はどっちの味方なんだい」
ため息交じりでバッカスはそうつぶやいた。
「お前は黙ってろって! ……色々とお世話になったね。ありがとう。それじゃあ、俺達はこれで――」
「まぁ、連れて行ってくれないなら、勝手にストーカーするだけだけど」
「バッカス! ほら、行くぞ!」
グレンはバッカスの背中を押し、慌てて家の外へと出た。