それは空からやってくる的な、
いつもは攻略ギルドくらいしか近寄らない無限回廊最深部。アップデート初日の今、そこは溢れんばかりの人でごった返していた。
ほぼ全てのユーザーが集まっていると言っても過言ではないその都市は、しかしそれでもその許容量を満たすには全く足りないといっていい程、広大な敷地を誇っていた。
新たに開放された転移ポータルを潜り抜けた先には、巨大な時計塔がユーザー達を睥睨して待ち構えていた。地上十数メートルの高さに設置された塔の上の転移ポータルの下には、綺麗に区画整理された赤レンガの屋根を持つ家々が広がっている。
石造りの外壁は一軒一軒が美しくも華美ではない程度に装飾され、等間隔で配置された広場には緑の葉を揺らす木々が植えられている。放射状に伸びてゆく大通りの道は遠く霞むほどの向こうで巨大な門へと繋がっている。
そしてその大通りが集約する街の中心に、その時計塔は存在した。
すでに地上十数メートルの高さに設置された塔の上の転移ポータルに居てさえ、遥か高みまで見上げるほどの巨大な塔。
塔の左右にはまるで翼を広げるかのごとく巨大な城壁が伸び、その両翼には白い城と黒い城が鏡合わせのように建っている。白い城からは金色の、黒い城からは銀色の、それぞれ巨大な歯車が時計塔へと伸びている。ゆっくりと回転しながら複雑に絡み合って伸びる歯車たちが、陽光を反射してその威容を見る者に植えつける。
そしてその歯車に連動するように、時計塔には精緻の限りを尽くしたような機械時計が宝石のように煌いていた。
「うぁ~……」
転移ポータルから時計塔へと伸びる空中回廊の上で、ポカンと大口を開けて思わず見入ってしまうフーレンスジルコニアス、普通なら通行の妨げにでもなってしまうところだが、周囲の者達も一様に皆見入ってしまっていた。
「おぉーい、レアッチーこっちこっち~!」
「きゃぁーレアちゃぁ~ん」
聞き覚えのある呼びかけに、ハッと現実に戻され辺りをキョロキョロと見渡すと、人混みの中でニョキっと生えた真紅の大斧が振り回される。
ぁぁぁぶないとか思ってると、ゴチンと音がして「いやーん許してダーリンT T」等と聞こえてくる。
人混みを避けながら声のした方へと辿り着くと、黒い外骨格をした竜人のコーネリアスに頭を押さえつけられながら、ペコペコと周囲の人に頭を下げるユカリアスと、その仲間の『アーカイヴミネルヴァ』の面々にそろって出迎えられた。
「お久しぶり~レアちゃぁ~ん」
「ひょー」
横からタックルのように抱きしめられ思わず奇声を上げてしまうフーレンスジルコニアスに、スリスリと頬ずりをするのは白い長衣に身を包む黒髪の少女テンテア。次第にグリグリと撫で繰り回され、必死に抵抗をしているフーレンスジルコニアスだったが、エスカレートしていくテンテアに押さえ込まれ悲鳴をあげはじめた。
「ほらほら、公衆の面前でレ〇ってんじゃねーよw」
見かねた獣人のオスマが割って入り、ベリッとテンテアを引き剥がしやっと自由になれたフーレンスジルコニアスが、思わずオスマの背中に隠れてテンテアを警戒する仕草に、オスマの顔に朱が差すとビキッとテンテアの額に青筋が浮かぶ。
「てめーコラ、私のレアちゃんとってんじゃねー!」
「お前のじゃねーだろ、見ろ怯えてるじゃねぇか」
「五月蠅い!可愛い女の子は愛でるものなんだ、それは当然の権利であり、そして同時に彼女達の義務でもある!」
「なにシレッと飛んでもねぇーこと言ってんだ!」
ビシッと指を突きたて力説するテンテアに、多少押されながらもオスマが食い下がるが
「因みに男は女に使われるモノであって、当然そんな権利は有してないぞ」
「トコトン唯我独尊だなお前は……」
ギャァギャァと言い合うテンテアとオスマを尻目に、サッサと安全地帯に退避してきて改めて皆に挨拶をしているフーレンスジルコニアスに、以外とちゃっかりしてるなと苦笑をもらす句朗斗であった。
「さてと、皆バカやってないでさっさと転生神官の所に行くよ」
場をまとめて促すユカリアスに、元々の原因はお前だろうと皆が内心ツッコミを入れつつも、サクッと観光を兼ねて移動していく。
『アーカイヴミネルヴァ』の面々はこの街の開放者ギルドの為、優先的にタウン占有権を得ており、既に以前ギルドハウスを置いていた街から此処にギルドハウスを移しているらしく、フーレンスジルコニアスがキョロキョロと辺りを見渡しては質問する内容にも、得意げに答えてくれていた。
「ところでみんなはもう転生は済ませたの?」
「いや、まだだよ。できれば古代種も視野に入れたいしね、なるべく人数増やして条件の検証したいからさ」
「そうそう、その点レアちゃんは色々縛りプレイしてるからね。何気にこの中じゃ一番可能性高いんじゃないかなぁ」
句朗斗の指摘にうんうんと皆が頷きあう様子に、思わず顔を顰めてしまう。
「これ以上目立ちたくないから普通の転生でいいよ~」
「えーどうせなら古代種になりたいとか思わないの?」
「ん~私は呪印銃さえ使えるようになれればそれで…、避けて!!」
わいわいと盛り上がる面々だったが、不意に言葉を途切れさせたフーレンスジルコニアスが無詠唱で起こした突風によって、強制的にその場から押しのけられると今までユカリアスが居た場所に、ドカンと地響きを立てて何かが降ってきた。ビリビリと周囲の大気を震えさせたその攻撃は、破壊不能オブジェクトの石畳に一時的とはいえ放射状のヒビのエフェクトを発生させる程のものだった。
「さすがは師匠、完全に気配は絶ってましたのにお見事です」
引き起こされた現象と不釣合いな可愛らしい声と共にその肩からヒラリと舞い降りると、地面にその拳を突き立てていた者も、すっくと立ち上がりながら佇まいを正して付き従う。
「舞姫ちゃんにセバスちゃんさん!?」
「「ぅげ!舞姫!!」」
その姿を確認したフーレンスジルコニアスが、一気に緊張を解くのと対照的に、『アーカイヴミネルヴァ』のメンバーは逆に緊張の度合いを高めていた。特にユカリアスとテンテアはネコの如く毛を逆立てている。
舞姫とセバスちゃんと呼ばれた者達は、そんな周囲の空気を気にする事も無くフーレンスジルコニアスの元へと歩み寄ってくる。舞姫の頭上に輝くプレイヤーネームは黄金で、その課金額に恥じない見目麗しい外観をしていた。
桜のような薄いピンク色の髪は長くウェーブがかかり、歩くリズムに合わせてフワフワと揺れている。幼さの残る顔には少し気の強そうな、凛とした紫色の瞳が収まり、耳はエルフ特有の長い物だが自重に負けたようにヘニャっと垂れた様子が幼さに拍車をかけていた。小柄な身体を包むのは、ゴスロリチックなフリルが多用された黒いドレス、手には髪に合わせたピンクの日傘まで完備されている。
付き従うようにその舞姫と歩調をあわせるセバスちゃんと呼ばれたものは、まさに『セバスチャン』であった。白髪を蓄え初老然とした容姿に、黒の執事服に身を包む姿には一部の隙も無い。口には白い髭を生やし、片目は眼帯で塞がれてるとはいえ、残る右目は眼光鋭く実直そうな印象を与えている。
ニコニコと笑顔でフーレンスジルコニアスに歩み寄っていた舞姫と呼ばれた少女だったが、コロっと不機嫌な顔に豹変する。ユカリアスとテンテアが、舞姫の進路を妨害する形で立ちふさがったのだ。
「邪魔よ、筋肉女に腹黒女!」
「んだと、このなんちゃって幼女が!」
「あんたにだけは腹黒って言われたくないわぁ」
がるるるると睨み合う3人だったが、騒ぎを聞きつけた野次馬達に終われるようにそれぞれコーネリアス、オスマ、セバスちゃんに引き摺られるようにその場を後にするのだった。
転生神官に続く街道に、右腕を舞姫に左腕をテンテアにとそれぞれ取られた格好で、歩きにくそうに進んでいくフーレンスジルコニアス。そしてその背後から、腕を取りそこなったユカリアスが恨めしそうについて行く。更にその後ろからコーネリアスとセバスちゃんが並び、『アーカイヴミネルヴァ』の面々が続くという中々不思議な空間が出来上がっていた。
一連の流れが理解できず、ずっと頭を傾げていた『アーカイヴミネルヴァ』のメンバーの1人が、オズオズといった感じでコーネリアスに問いかける。
「あの~、みなさんどういったご関係なんでしょうか?」
「あぁ、コーイッタンさんは先月から始められたばかりでしたっけ…すいません、いきなり濃い所をお見せしてしまって」
「いえ、そこは面白いので構わないんですが、人間関係の構図がイマイチ理解できていないので……」
目の前の最前線で活躍するトッププレイヤー達が、たった1人の中級層のプレイヤーに群がる理由をどう説明したものかと、コーネリアスが考えあぐねていると、
「ふむ、ならば僭越ながら私がご説明いたしましょう。そう、あればまだβテストが開始されて間もなくの事……」
それまで挨拶も会釈だけで、一切の言葉を発しなかったセバスちゃんが前を歩く少女達を眩しそうに見つめながら語り出した。
イリーガル・コール・オンラインを始めた者で例外なく感じる、ある種の共通した違和感がある。
それは異様なまでのエンカウント率の低さである。例えばフィールドを1時間ほど無作為に歩き回ったとする、その間に出会う敵の数はおそらく殆どの者が0である。
野生の魔物でさえ、いや、野性の魔物だからこそ、彼等は勝てない戦いは挑んでこない。敵とエンカウントするには、彼等の絶対的優位な狩り場に誘い込まれたときか、逆に彼等を誘い込んだ時だけだ。
決まった場所に敵がポップし、待っていれば同じ敵と戦い続けられる他のゲームに馴れた者が、最初に陥る罠。それは敵を捜し歩き不用意に彼等の狩り場へと誘い込まれ、圧倒的に不利な状況下において蹂躙されることであった。
「ちょっと…何でいきなりこんなに敵が出てくるのよ……」
「そんなこと俺に聞かれてもわかるわけないだろ!?」
「なんなのよこのクソゲー!」
「もう、まともにスキルも出せないじゃないのコレ…」
森の中の暗がりで数人の男女がイライラと口論をしあうが、背中を預けあい視線は自分達を取り囲む獣達に向けられている。ポッカリと抉り取られたように1メートル程の深さの窪みに追い詰められた彼等は、その回りで包囲を固める狼のような魔獣の群れに完全に囲まれていた。
平素なら難なく乗り越えられる程度の段差ではあるが、今は不用意にそんなことをすればあっという間に取り囲まれて、HPを削り取られてしまうのが用意に想像できてしまう。そしてこうも密着してしまうと、スキルを出す予備動作に仲間を巻き込み発動させる事すらできなくなってしまっている。
「開始早々さっそく死に戻りなのね…」
「……というか、なんかこれでやる気無くなりそうだわ」
ジリジリと包囲網を狭める眼前の敵に、早々に戦意を失った彼等に何処からかから叱咤の声が飛んでくる。
「考えもなしに突っ込んだ挙句、やる前から諦めて文句とか言わないでください!」
聞こえた声に辺りを見渡せば、逆光になってシルエットしか見えないが近くの樹上に1人の少女がいるようだ。そしてその少女は彼等を包囲する狼達の注意を引くように、複数の敵に弾幕のように攻撃をし始めた。
正直その時、彼等が抱いた感想は感謝などではなかった。MMOではよくある事、高LV者が良い格好をしに低LV者の狩り場に来ては颯爽と現れて障害を排除していく。どうせ目の前の彼女もその類だろうと、はいはい、凄い凄い程度にしか見ていなかった。
舞う様に狼達の攻撃を器用に回避していくが、しかし彼女が幾度攻撃を当てようとも、狼達は一向に数を減らしてはいなかった。当たっていない訳ではないが、数発当てた程度では彼女は狼を倒せないのだ。それは彼女が高LV者ではなく自分達と同じ初心者なのだと物語っていた。
自分達があっさりと絶望した狼達の群れ、それを一身に引き受けた彼女はそれでも絶望することなく美しくも舞い続ける。しかし1つ、また1つと彼女は徐々に傷ついていく。
漸く数匹の狼を倒したところで、彼女は木の根に足を獲られて転倒してしまう。その瞬間を逃す事無く襲い掛かる狼に、それでも彼女は右手を突き出し詠唱を始めるがその時には視界いっぱいに狼の姿が……。
襲い来るはずの傷みに身構えるが、一向に訪れないことに恐る恐る目を開けると、そこには無骨な斧を振り下ろしたソバカスの浮かんだ赤い髪の少女が、ちょっとバツの悪そうに笑っていた。その足元には斧によって切り倒された一匹の狼、背後にはそれぞれの武器を手に狼達と必死に戦うその仲間たちの姿が。
「そう、彼女フーレンスジルコニアスのその姿に感銘を受けた私達は、今まさに私達の命を奪おうとしていた狼達を退ける為に、暗い地の底より這い出し武器を手に敢然と立ち向かっていったのです!」
片膝を付き左手を胸にあて、いつの間に差し込んできたのか空より降り注ぐ一筋の光にその右手を差し上げ、滂沱の涙を流すセバスちゃんが、彼等とフーレンスジルコニアスの出会いを語る。
ハラハラと涙するセバスちゃんは1人満足したのか、そのまま感涙に浸る。
「まぁ、なんだ……。よくある展開っていえばその程度なんだが、今俺たちがこのMMOを続けているのも彼女のお陰っていうのが大きくてな」
数年後、自分達5人はコーネリアス、ユカリアス、テンテアの3人と舞姫、セバスちゃんの2人で袂を分かったが、それでもフーレンスジルコニアスを前にすれば以前のようにじゃれあう事ができる。
無論、自分達がフーレンスジルコニアスに固執するのはそれだけが理由ではないが、そこまでは語る気はないコーネリアス。そしてそれは、そのうち回りに天使でも飛びそうな感じのセバスちゃんと、無邪気にフーレンスジルコニアスを取り合うあの3人も同じだろうと思うのだった。
「ほ、ほら、アレでしょ、転生神官が見えてきたよ~」
ゴチャゴチャと団子状態になりつつある少女団子の中から手だけを出して、階段の上で人だかりに囲まれる転生神官を指差すフーレンスジルコニアスの声に苦笑をもらす『アーカイヴミネルヴァ』のメンバー達であった。
新キャラゾクゾク
作者の背筋もゾクゾク
セバスちゃんは元々は豹頭の獣人でしたが
あまりに動いてくれないので紳士に一足先に
転生して頂きました。
超難産な話しでしたTT




