黒い魔弾的な、
突如として同位体が大量発生したのは数日前、『アーカイヴミネルヴァ』の倉庫内資金がいつの間にかユカリアスの同位体によって引き出され、ギルドメンバー全員で街へと出て見れば大小の差はあれ多くのギルドが同じような被害にあっていた。
そして同時に発覚した同位体による宣戦布告。
ギルドの結成やギルドホームの管理が集中している白亜の城に、同位体連盟とも取れる団体が申請していたのは、『古代種の都』の統治権であった。元々『古代種の都』が実装された当初からあった機能だったが、その莫大な申請金額と統治下に治めた時のユーザー間で起きるだろう軋轢から、誰もが手を出すことを躊躇していた。
それを事もあろうに同位体が申請し、しかもその資金の多くをユーザー側から着服していた。前線組達だけでなく低レベルユーザー達の垣根さえ超えて、ユーザーが一致団結して阻止に動いたのは必然だったのかもしれない。
当初はそれでも阻止は絶望視されていた、何故なら同位体は自分がログアウトしている間でさえ、ゲーム内で活動していると見られていたからだ。
しかしいざ蓋を開けてみると、何故か同位体達はユーザー側がログインしていない人員は戦闘には参加せず、対人戦に抵抗を持つユーザーの同位体も同じように参戦してこなかった。そればかりか無限回廊に入っている間も統治戦には現れず、むしろ無限回廊内でばったり出くわして、なんで同位体が普通に狩りしてるんだと追いかけっこが始まったりしていた。
そんな混乱した数日間の中で、しかし前線組である『アーカイヴミネルヴァ』の主軸メンバーであるテンテアは、他のメンバーの慌てふためく様子を一歩引いたような場所から見守っていた。もちろん戦闘になれば全力でサポートもするし、知恵を搾って捕獲するための案も出した。しかしそれよりも未だ姿を見せない、自分の同位体に対する興味が大きかったのかもしれない。
自分の中だけで隠し続け、誰にも打ち明けた事が無い自分の『本質』が一体どんな姿で現れるのか、テンテアは冷ややかに待ち続けた。
友人がやっているから、興味をもった存在がいるから、この世界観が好きだから、そんな有り触れた軽い気持ちだけでゲームを続けていた。しかし、自分の同位体と初めて対面した時、そんな軽い気持ちは綺麗さっぱり消えうせ只1つの思考だけが鮮明に浮かんできた。
その姿は私のものだ返せ
女性ユーザーであるテンテアの前に現れたのは、小さなメガネをインテリ風に指で押さえている男性の同位体だった。
「という訳でレアちゃん手を貸して」
「話しが見えませんテンテアさん」
何時ものように銃職人工房の喫茶スペースで、愛銃を鼻歌混じりに磨いているフーレンスジルコニアスの元に、全力疾走で現れたテンテアが両手で彼女の手を握り締めながら助力を請う。
普段の言動は荒いものの、その物腰は落ち着いた印象のあるテンテアが、息を乱して現れた事に驚くフーレンスジルコニアス。
何の脈絡も無く話しが進み出しそうな雰囲気に思わず逃げ腰になるが、しっかりと手を捕まれているのでそれも叶わない。レアちゃんも同位体捕まえたいでしょと問われれば是と答えるしかない、1人より協力し合った方が確立高いよねと問われれば是と答えるしかないだろう。
結局他の『アーカイヴミネルヴァ』のメンバー達が合流した時には、テンテアに肩を抱かれたフーレンスジルコニアスは、只々コクコクと頷くことしかできない無力な少女へとなっていた。
ぴぽ♪(10分経過)
「ではレア軍曹、これより共同で対同位体兵器の作成へ移る」
「イエスマム」
すっかり洗脳が完了しちゃったフーレンスジルコニアスが敬礼して応える、この短時間ですっかりと型にハマってしまっているフーレンスジルコニアスの様子に、コーネリアス達が何とも言えない顔をする横で、ユカリアスだけがそんなに簡単に丸め込まれるなんてお姉さん心配だよと、お腹が痛いと笑い転げていた。
そんな周囲の心配を他所に、フーレンスジルコニアスとテンテアは工房スペースへと移り、金床の上で魔弾の製造を始めていく。カンカンと槌で魔弾の材料を叩く音に紛れ、2人の会話が漏れ聞こえてくる。
混乱を付加しようとか、いやいや衰弱の方がとか、それなら酩酊もいいな、いっそ全部やっちゃうか…などと不穏な言葉が続き、フヘヘヘヘヘ…と壊れかけた人の笑い声が聞こえだした辺りで、句朗斗がそっと扉を閉めた。
あれもこれもと詰め込んだ魔弾は一切の光を反射しない漆黒の魔弾として完成した、狂気の産物故か複数デバフの神聖魔法を内包したその魔弾は、奇跡の一品物へと変貌していた。
結局ログアウトする時間まで2人で作業した所為で、その日はそのままログアウトして寝る事にしたフーレンスジルコニアス。しかしベットの中で正気に戻ると、とんでもない物を創り出してしまった後悔から1人漆黒魔弾の封印を誓った。
翌日いつものログイン時間から1時間程遅らせてログインをする、この時間なら同位体戦が始まっているだろうと予想してである。案の定ログインすると直ぐにテンテアからメールが飛んでくる、予想通り戦闘中だから指定の場所で合流しようという文面であった。
「だが敵は同位体だけでは無いのですよ、テンテアさん」
クフクフとほくそ笑んだあとフーレンスジルコニアスは魔弾を封印する為に行動を開始する、いそいそと工房から喫茶スペースへと移動しはじめたが、彼女の二つ名は何であろう『レア』である。
彼女の手の中には一品物などというレアアイテムがある、そんな状態で何かを企めばどうなるか、そう思い返せばまだベータから正式サービスへと移ったばかりの頃、最初に行なわれた第1回イリーガル・コール内ランキング(非公認)で彼女が3位になった件も…、おっと話しがズレてしまった。
兎に角、こういう場合の彼女には、ある種の神が微笑みかけるのだ。
いつもなら何の支障も無い工房と喫茶スペースを繋ぐ扉の枠の段差、軍曹と呼ばれマムと応えた上司を裏切る黒い笑みを浮かべながら、僅か1センチにも満たない段差に躓く。顔面から倒れるのを防ぐために両手を付くのは、至極当然の行動だっただろう。
だがそれにより手から漆黒の魔弾が零れ落ち、コロコロと床の上を転がっていく。だが大丈夫だ、呪印銃に装填されていない魔弾は早々暴発しない。床を転がる魔弾を追うフーレンスジルコニアスの視線の先には、黒い一匹のネコがいた。
黒ネコのナティは大人しい子だ、これが栗色のネコなら焦ったかもしれないが、チョコンと座って転がってくる魔弾を見ていたナティは、目の前まで来たそれを片手でチョイチョイとだけ転がした。
その可愛い仕草にホンワカしたフーレンスジルコニアスだったが、進路が変わった魔弾の先に栗色のネコを確認すると一気に焦り出す。栗色のネコのレミリアは大変やんちゃな子だが、まだ大丈夫だ。
悪戯大好きなレミリアだが魔弾をどうこうできる能力はない、これがネコ精霊だったら非常に焦ったかもしれないが、まだ大丈夫だ。
案の定ドドドドと盛大な音を立てて魔弾を転がしては追いかけているだけだ、可及的速やかに回収する為に這い蹲っていた床から身を起こす。
「レミリアちゃーん、いい子だからこっちおいでー」
「なぅー」
両手を広げ満面の笑みを浮かべてにじり寄るフーレンスジルコニアス、何故かネコは捕まえようと思うと逃げる、そして追いかけると全力で逃げる。ドッタンバッタンと喫茶スペース中を走り回る1人と1匹、だがしかし風の精霊王の力まで駆使したフーレンスジルコニアスから逃げ切れる者は少ない。
空中でレミリアの身体を両手で包みこみクルリと1回転して着地する、ふぅと安堵の溜息をついた後レミリアの顔を覗きこむが、咥えていたはずの漆黒の魔弾がない。
「あ、あれ、どこやったの?」
「なぅ」
レミリアの視線を追えば床の上をコロコロと転がる魔弾があった、そして魔弾の先には1匹の黒いネコがちょこんと座っていた。黒ネコのナティは大人しい子だ、ホッと胸を撫で下ろそうとしたフーレンスジルコニアスだったがカランという鈴の音と共に外への扉が開き愕然とした。
まだ大丈夫なはずだった、転がり続ける魔弾がナティの目の前まで進む、それを片手でチョイチョイとだけ転がした先にはネコ精霊が魔弾を凝視していた。
大丈夫、まだ致命傷だ。
イリーガル・コールには2つのサーバーがある、通常サーバーと特別サーバーと呼ばれるものだ。大きな違いとしては内部の時間経過と住人の数、そして設置されているオブジェクトだろう。
通常サーバーの銃職人工房にある喫茶スペースには、宿泊施設になっている2階への階段は無い、いや無いはずだったが正しいだろうか。しかし通常サーバーに居るはずのフーレンスジルコニアスの目の前には、観葉植物が置かれた影になっている突き当りに2階への階段が存在している。
「いつの間にかチョイチョイ向うのオブジェクトが追加されてるにゃ」
「なぜこのタイミング…」
ネコ精霊に連れられて、いやネコ精霊を連れてきたニャンデストが、呆然と呟くフーレンスジルコニアスに追わなくて良いのかと問いかける。既に獲物を手に入れたネコ精霊は階段を上って逃亡中である。
そうだったと慌てて階段を駆け上るフーレンスジルコニアス、2階には特別サーバーと同じ3部屋が併設されていた。廊下にはネコ精霊の姿を確認できなかった、すぐさま一番近い扉を開け中を確認するが何処にもその姿を見つける事はできない。
続いて次の部屋へと移動し乱暴に扉を開けると、部屋の中にあるベットの掛け布団が不自然に膨らんでいる。しかも何やらモゾモゾと動いていさえする、見つけたとベットへと駆け寄り勢いよく布団を捲る。
「うぅ~ん…まぶしいよぉ…」
「ちっロアか、お前じゃない!」
ベットの上で丸まるロアを見下ろしながら、紛らわしいと吐き捨て乱暴に布団を掛けると最後の部屋へと向かう。いいのか、フーレンスジルコニアスさん…。
残りの部屋の扉を開け中に飛び込むが、そこにもネコ精霊の姿を見つける事はできなかった、しかしその部屋の窓は大きく開け放たれている。窓にしがみ付くように駆け寄ったフーレンスジルコニアスが窓の外を注意深く探る、すると屋根の上から微かな足音が聞こえてくる。
「そこかぁ!」
腰の後ろのホルスターから『パラライズガン』を抜くと、窓から身を乗り出し上空へと撃ち出す。ワイヤー代わりに使い器用に屋根の上へと登って行くが、地味にこの銃の使用方法を毎回間違っている気がしないでもない。
「見つけた、魔弾を返しなさい」
「ウニャニャ」
そして彼女達の壮絶な戦いが始まった。
最初は傷つけないようにと『パラライズガン』で動きを止めようとした、しかし以前創り与えた白とピンクの『パラライズガン』でネコ精霊も反撃してくる。痺れ針にワイヤーが付いた有線式の『パラライズガン』ではどうしても連続攻撃ができない、しかも弾速もそれほど早くない為に回避能力が高い両者に当てる事は困難である。
苦渋の決断である、腰のホルスターから呪印銃を抜きゴメンネと呟き魔弾を発射する。初級精霊魔術『氷の束縛』の7連射撃は、間違いなくネコ精霊の動きを止めるはずだった。
「なん…だと…」
「ウニャニャニャニャ」
襲い来る魔弾から逃げる事無く迎え撃ったネコ精霊の手には、先日手に入れた剛毛魔獣が襟首を掴まれた状態で盾代わりに持たれていた、そしてその剛毛には7つの魔弾が虚しく絡め取られている。
以前なら敵の後ろからちょっと手を出すくらいしか能力がなかったネコ精霊が、今はかつて無いほどの強敵としてフーレンスジルコニアスの目の前に立ちはだかる。
まぁその強化に大きく関わっているのが、他ならぬ彼女フーレンスジルコニアスなんですがね…。




