事件はログアウト中に的な、
今回イラストありません、時間的に間に合いませんでした;;
イラスト入れる前提で作った文章が2箇所ほどあるので後日追加予定です。
暑い暑いと唸りながらも、1人の少年がガリガリと目の前にある紙に記号とも文字ともつかぬものを書き込んでいく。まるで呪文のように奇妙に描かれたソレは、しかし数学の公式であった。
山のように積まれた各種教科の夏休みの宿題、その最後を飾る一番の難題でもある数学のノートには暑さと気合とで生み出された汗が染み渡り、純白だった紙は今は滲んだ公式と歪にふやけた様相を呈している。
夏休み明けに採点をする数学の担任女性教師が、汗と怨嗟の篭ったノートと向き合う事になるが少年にとっては些細な事でしかない。
むしろこんなに大量に宿題を出してくれた教師陣には、汗だけではなくナニか他の物も紛れ込ませても良いんじゃないかとも思う少年だったが、叩きつける様にノートを閉じた今となっては早くも思考の外へと追い出されている。
「だー! 終わったー、コンプリート!」
夏休みが始まって早一週間が過ぎてしまったが、今この時全ての宿題を終わらせた少年の行く手を阻むものは無くなった。ひと夏の青春をVRMMOに、いや、イリーガル・コールを使っての『彼女』との夏の思い出作りに費やそうとしていた計画も、『全ての宿題が終わるまでゲームは禁止』という母親の一言で暗礁へと乗り上げてしまったかに思えた。
しかし彼はやり遂げた、万難を廃し、いざ幻想の世界へと!
「ジルちゃーーーーん!」
意気揚々とログインしたが時刻は午前3時過ぎ、当然フーレンスジルコニアスが起きている訳も無くポツンと1人銃職人工房の前で佇んだ。
通りすがりの人が背に当たり、たいした衝撃でもないのに崩折れる黒い装備の少年。連日の徹夜での宿題との格闘に疲れ果てていた彼が、気絶するように倒れこみ寝落ちと判断されてログアウトしていった。
少年に当たった通行人が、黒い装備に身を包み赤いラインが入った剣を持っていたことには最後まで気付くことは無かった。
シンと静まり返った銃職人工房の喫茶スペースで、2匹の子ネコがスヤスヤと寝息を立てている。普段フーレンスジルコニアスが座り談笑したり軽い生産活動をしたりと、半ば指定席となっているテーブルの上には可愛い籐でできた籠が置かれ、アガベによって製作されたネコ柄がプリントしてあるファンシーなクッションが敷き詰められ快適な寝床となって2匹の子ネコ達を優しく包んでいた。
茶色がかった毛色のレミリアと黒ネコのナティが寄り添うように眠る空間に、不意にキシキシと階段が軋む音が響いてくる。ピクリと耳を欹てたナティがムクリと頭を上げると、必死に足音を忍ばせようとしている人影が、無人の筈の工房の階段を降りてくる姿が映る。
時刻は深夜の4時、まだまだ闇夜を見通すネコの目でもなければ、歩く事すら覚束ない暗闇の中を進む侵入者の姿を確認したナティだったが、小さく鳴いた声には安心したように甘えるような雰囲気が含まれていた。
「ごめん、起こしちゃったね。君はホント鋭いねぇ」
「なぁ~ぅ」
黒と灰色で構成された衣装で身を包み、しかし闇夜の中ですら淡い虹彩を放つエフェクトをその髪に纏わせながら、ゴロゴロと喉を鳴らすナティの頭を優しく撫でる。しばらくそうしてナティとの時間を過ごしていた虹色の髪を持つ少女、ロア=ルーがナティから少し視線を横に移すと呆れたように溜息をついた。
「それに引き換えレミリアは…、ネコならもう少し鋭くなっていてもいいだろうに」
「すぴー…すぴー…」
未だ侵入者であるロアに気づく事無く、無防備な格好をさらして眠りこける姿にクスクスと笑いながらツンツンと小さな鼻を突くと、ンガガと言った後にクシュンとくしゃみをする。思わず笑い出してしまうロアの気配にようやく目覚めたレミリアが、寝ボケたまま思わず素になって話しかけてくる。
「むにゃむにゃ、あれ? レアちゃんが居るの、もう朝なの~」
「コラコラ、にゃ~んでしょう、貴女もうネコなんだから自重しなさい…」
「はいなの~」
未だ寝ボケたまま、しかしネコらしくチョコンと座ると手をテシテシと舐めて顔を洗い出す。やれやれと溜息を付きながら、レアや他のプレイヤーの前では喋らないように気をつけなさいと言うと素直に頷くレミリア。
「はいなの、フ……じゃなかったロアさま以外の前では喋らないの、完璧なの~」
「……色々不安だけど、まぁいいわ。ちょっと2人に手伝って欲しい事があるの」
ちょいちょいと手招きするロアに、レミリアとナティが近づくとゴニョゴニョと耳打ちで話し始める。その内容にレアちゃんを虐めるのは良くないと言いつつも、レミリアの顔にはやる気満々のイイ笑顔が張り付いている様子に、ナティが肉球を合わせて南無南無と唱えていた。
銃職人工房の作業室で日夜ガリガリと作業に勤しんでいたフーレンスジルコニアスだったが、対ロア戦に有効そうな呪印銃の改造パーツ作成までには至っていなかった。数種類のパーツを作成してみたが、どれも便利ではあれ決定打になる程の物ではなかった。
「む~、今のランクじゃこれ以上の物は作れないかぁ」
コツコツと進めて来た為、銃職人スキルのランクも中盤を越えてはいるものの、まだまだ作れないパーツの方が多い。そしてここから先のランクは一朝一夕で上がる類のものではない、それこそ1つランクを上げるだけで数ヶ月単位で取り組む必要がある。
ソロでの対策に完全に行き詰ったフーレンスジルコニアスが休憩がてら喫茶スペースへと移動すると、そこには夏休みが始まってからログインしていなかった大野さんがカウンター席で1人くつろいでいた。
「あ、大野さん。お久しぶりです」
「あぁ、レアちゃん。お久しぶり、元気にしてた?」
爽やかな笑顔で応えた大野さんが、極自然な動作で自分の座っていた隣の席を引いてフーレンスジルコニアスをエスコートする。まるで当然な事をしているに過ぎないという行動に、ついつい何時ものテーブルではなくエスコートされた席へと腰を下ろすと、飲み物は何が良いかと聞きながらカウンターの中へと入っていく大野さんが手際よく注文されたジンジャーエールを給仕していく。
「ジンジャーエールにはフライドポテトが合うと思うよ、体力回復にもなるし、どうぞ」
「あ、ありがとう…」
手際よく準備をするとニコニコとしながらつまみまで用意してくれる様子に、大野さんてこんな感じだったっけ? と、首を傾げながらもジンジャーエールとフライドポテトの絶妙なマッチングに思考より味覚へと神経が集中してしまうフーレンスジルコニアス。
その後も大野さんからの適度に興味を引かれる話題提供もあり、楽しい一時を過ごしているとカランと乾いた鈴の音をさせながら銃職人工房の扉が開く。
目覚ましもかけずにいつの間にか寝落ちをしてしまった結果、時計が一回りする程寝てしまった大野さんが夕方になって慌ててログインをする。銃職人工房の扉の前で寝落ちしていた為、すぐに彼女に会えると喜びながら扉を開けると、そこには楽しそうに黒尽くめの男と談笑するフーレンスジルコニアスの姿が有り一瞬視界がブラックアウトしたような気がした。
軽い眩暈のような感覚から立ち直りギロリと彼女の横に居る男を睨むと、どこかで見たことがあるその男と目が合う。ニヤ~リと笑い返して来るその顔は今現在、自分が纏っているアバターの顔とソックリで…。
「レアちゃん、俺の同位体が出た。捕まえるのを手伝ってくれ!」
「ギラーン! 同位体捕まえるのです、同位体捕まえるのです、同位体捕まえりゅイテテ…るのでふ!」
「え、ちょ…ジルちゃん?!」
虚を付かれた事で出遅れた大野さんより早く、フーレンスジルコニアスの隣に居る男が台詞を奪う。散々自分が痛い目にあっているフーレンスジルコニアスは、その台詞を理解した途端にスイッチが入ったかのようにユラリと立ち上がると、若干舌を噛みながらも呪詛のように目標を口に出し呪印銃を構える。
キャーと悲鳴を上げながら撃ち出された魔弾を剣で回避しながら外へと逃げ出す大野さんを、お魚咥えた野良猫を追いかける某魚貝類さんのように呪印銃を振り回しながら追いかけるフーレンスジルコニアス。その後ろをアハアハと笑いながら楽しそうに付いていく黒尽くめの男を見送ると、最初から全部を見ていたレミリアがそろそろ逃げておくのと、階段を上がって行く。
今日も良い天気だった。
「おのれ、逃げ足の速い奴め!」
「う~ん、見失っちゃったね」
ゼェゼェと息を乱しながらゴメンと謝るフーレンスジルコニアスに黒尽くめの男が気にしないでと言いながら、綺麗な髪が乱れちゃったねと優しく髪を撫でてくる。優しく微笑む顔を見ながらキョトンとしていたフーレンスジルコニアスだったが、状況を理解すると飛び退くように距離を取る。
走り回って上がっていた息とはまた違う動悸で顔が熱くなる感じに、アウアウと挙動不審になってしまう。
「そろそろ俺も『彼女』と合流しないといけないから、ここまでにしとこうか。じゃ、彼にもよろしく」
良く解らない事を言い終えると手を振りながら歩み去っていこうとする、しかし数歩進んだ所で突然噴出すとフーレンスジルコニアスに向き直り、君も大変だねがんばってと追加して去って行く。
頭の上に疑問符を浮かべながら見送ったフーレンスジルコニアスだったが、男が噴出した辺りを見てみると横の壁にはポスターのような紙が貼り付けてあった。以前にも似たような事があったと嫌な予感を感じながらも、ジト目になりつつ近づいてみるとまるで西部劇に出てくるような『WANTED』の文字が飛び込んでくる。
そこにはレミリアとナティまで巻き込んでポーズを決めた、わざわざフーレンスジルコニアスと同じ装備に着替えたロアが悪人顔で写っており、ご丁寧にも懸賞金まで提示されていた。
へにょりと力無く脱力するフーレンスジルコニアスの後ろから、ドップラー効果でジルちゃんに触るなと叫んで来る大野さんが現れる。遠くからコッソリ隠れて覗いていたが、男が髪に触れるシーンに我慢できずに飛び出してきたらしい。
色々とタイミングが遅い大野さんが倒れるフーレンスジルコニアスを心配そうに覗き込むと、ムキーと叫んで起き上がった彼女に銃撃されるのだった。
「この同位体め! この同位体め! この同位にゃ…イテテ、どちくしょう!」
「キャー!?」
「う~ん……」
「ユカ姉さん、どしたの?」
「ん~ギルドのね~……」
「ギルドの?」
「ん~……」
アーカイヴミネルヴァのギルドハウスの一室で、テーブルの上に置かれた紙を見つめては頭を抱えて悩んでいるユカリアスの様子に、ギルド倉庫に忘れ物をして取りに来た句朗斗が何かあったのかと声をかける。しかし句朗斗からの呼びかけにも、上の空で心此処にあらず状態のユカリアスからは要領の得ない返事だけが返ってくる。
こりゃ駄目だと呟いた句朗斗は、テーブルに置かれた紙を拾い上げるとサッと目を通す。凝視していた紙が無くなった事にハッと気付いたユカリアスは、飛んでいた意識を戻しそこで初めて横に句朗斗が居ることに気づく。
「ちょ、アンタいつの間に! あ、コラ見るんじゃない!」
「おっと!」
慌てて奪い返そうとするユカリアスの手から、スルスルと逃げていく句朗斗。襟首を掴もうと伸ばされたユカリアスの右手を軽くしゃがんで避ける、流れた身体の勢いを利用して続け様に半回転して左手で裏拳を叩き込むユカリアスの拳を、完全に見切っているかの様に軽いスウェーバックだけで難なく避けてしまう。
ニャハハ遅い遅いと内心で思いながら余裕で回避していた句朗斗が、ユカリアスが裏拳からもう半回転して右手で出してきたパンチをもう一度スウェーバックで避けようとする。
しかし身体の影から現れた右手にはいつの間に装備されていたのか、凶悪な真紅の大斧が握られていた。見切っていた間合いを完全にぶち壊された句朗斗が、慌てて後ろに飛ぼうとするが本能的にそれでは間に合わないと判断し、ぬおぉぉと叫びながら海老反りになって間一髪で大斧を避ける。
しかし大斧は避けたが無理な体勢から海老反りをした結果、受身も取れずに盛大に床に後頭部をぶつけて声にならない叫びを上げて床の上を転げまわるはめになる。そんな句朗斗を心配する様子も無く、問題の紙を回収しユカリアスが安堵の溜息をつく。
「ったく、油断も隙もあったもんじゃない」
「っつぅ~……、大斧出すなんて卑怯だぞ」
「アンタが勝手なことするからでしょうが……」
「これで勝ったと思うなよ、ボクが負けたのはユカ姉さんにじゃなく床になんだからね!」
何くだらない親父ギャグ言ってんだと句朗斗の頭を叩くユカリアスだったが、そのやり取りに既視感を感じ記憶を辿る。
元々は学生時代からつるんでいたユカリアス、テンテア、舞姫の3人は当時台頭してきていたVRMMOを揃ってプレイしていた。早々に彼氏を作っていた舞姫だったが、出会ったのはゲームの中という事もありその後も変わらず3人の付き合いは現実でもゲームの中でも続いていた。
因みにその彼氏との関係は今も続いており、何故かゲームの世界では主従関係というマニアックな関係になっている。
そして何の因果か3人揃って同じ会社へと就職し、そこで出会った上司の男が何の偶然か当時プレイしていたVRMMOで所属していたギルドのマスターだったという…。
最初の1年はその事に両者気づかなかったのだがチャットや会話の節々に幾度も共通点が表れ、ついに決定打となる話題で発覚したのだった。現実でもゲームでもギャァギャァと言い合っていたユカリアスと上司だったが、まさか結婚してしまうとは自分でもビックリする結末になったものだ。
「いやいや、その回想にボク出てきて無いよね。何ウットリと惚気てるのさ……」
「ここからイリーガル・コールの中でPK仕掛けてきたアンタとオスマを返り討ちにして、何となくギルドに誘った際にさっきみたいにアタシに負けたんじゃなくて床に負けたんだ~って負け惜しみ言ってたなって続いていくんだよ」
「若気の至りってヤツだよね、うんうん」
自分の中で黒歴史となっている過去のPKに嵌っていた頃の話をされ、アハアハと笑って誤魔化す句朗斗。当時フーレンスジルコニアスをPKできれば一人前と一部で言われており、彼女と一緒にいることが多かったユカリアス達も標的になる事が多かった。
徒党を組む事無くたった2人で、しかもわざわざPK宣言をしてから毎回挑んでくる句朗斗とオスマに、ある時ユカリアスが自分たちの創るギルドに入れと声をかけてきたのだ。
曰く、お前たちのプレイヤースキルでは何回やっても勝ち目は無い、自分達はこれから最前線に挑むギルドを創る、勝ちたいんだったらそこでもっとプレイヤースキルを磨いてから改めて挑んで来い!
最初は何言ってんだコイツと思った句朗斗だったが、自分達を倒すために自分達のギルドで強くなれという男気に、胸の中で何かが熱を帯びた気がした。考えておいてやると強がってその場から逃げ出した句朗斗だったが、翌日にはちゃっかりギルドの創設メンバーとして名を連ねていた。
まぁ句朗斗が入隊の意思を伝えに行った時には、既に入隊が決定していたオスマが素知らぬ顔で口笛を吹いていたのだが。
「あれから2年近くか、早いもんだね」
懐かしむようなユカリアスの言葉に、そうだねと同意する句朗斗。もう彼女達をPKしようとは思わない、自分が決して彼女達に勝つことは無いのだと器の違いというものを理解してしまったから。
でも不思議と悔しいという感情は無いんだよねと、静かに立ち上がったユカリアスを見ながら思う句朗斗なのであった。
「いやいや、なのであった……じゃねぇから! 何ちゃっかり〆ようとしてんのさ!」
「ちっ!」
上手いこと話を誤魔化せたとほくそ笑んでいたユカリアスだったが、そうは問屋が卸さないと引き止める句朗斗に舌打ちをする。
「何さっきの紙に書いてあった金額は、ギルドの収支決算が真っ赤かじゃんか!」
「黙秘権を行使する!」
「……あ、もしもし兄さん? ユカ姉さんがギルド資金浪費してる、超浪費してる!」
プライベートチャットでコーネリアスへと伝えると、脱兎の如くユカリアスが逃走を図る。
しかしアサシン系のスキル構成を主体にしている句朗斗が、ユカリアスの影へと短剣を打ち込むと縫い付けられたかのようにピタリと止まって移動ができなくなる。
しかしフンヌと唸りながら力尽くで逃げようとするユカリアスが、膂力に任せて無理やり拘束を打ち破る様子にそこまで抵抗するかと呆れる句朗斗。
勝ったと叫びながら出口のドアのノブを掴もうとする目の前で、勢い良くドアが開かれた。完全に不意を付かれたユカリアスは、顔面に向かって迫るドアを避ける事ができずカウンターパンチのようにクリーンヒットし膝から崩折れていった。
気絶して倒れるユカリアスの身体が塞ぐ形になり開くことができないドアの向こうで、開きませんと言いながら気絶しているユカリアスの後頭部にガッコンガッコンとドアをぶつけているフーレンスジルコニアスに、恐ろしい子と呟く句朗斗なのであった。
「諦めません、開くまでは!」
つづく!
更新頻度がヤバイ事になっています><;
もう少しペースアップしようとは思っているんですが中々ままなりません…。




