快適空間快適生活的な、
アガベが動かなくて困りました;;
無限回廊525層にある『古代種の都』は地中深くにある、しかし空は青く日中は太陽が輝き夜には月と星が瞬く。だが良く見てみれば太陽の周りには幾重にも魔法陣が描かれ、月の周囲には青白く浮かび上がる不思議なルーン文字が漂っている。
そんな古代種達が残した幻想的な空も、今は茜色に染まり力強い太陽から優しく瞬く月へとその座を空け渡そうとしていた。
銃職人工房の屋根へと登り日がな一日、2丁の拳銃をオーバーホールのため分解してはピカピカに磨いていたフーレンスジルコニアスも、今はその光景を屋根の傾斜へと身を預けウットリと眺めている。
その傍らには2匹のネコ達が寄り添うように身体を預け、思い思いの格好で寛いでいる。
「今日も世界は平和だなぁ~♪」
2回目の新サーバーでの生活1日目をこの上なく怠惰に過ごした少女は、いつしかスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立て始めるのだった。
窓から差し込む西日を遮るようにブラインドが下ろされた室内には、お洒落な間接照明で照らされたネコグッズ達が各所に置かれていた。壁に設置された棚はもちろん、書類やファイルが乱雑に積み上げられたデスクの上にも、細々としたクリスタルや銀細工の小物が愛くるしい癒しを振りまいている。
ゆったりとしたお気に入りの椅子に腰掛けるのは、長い髪をアップに纏めている美しい顔をした女性。キリッとしたスーツに身を包み、一房だけ流れ落ちる髪が色香を添えるその容姿は大人の女性を演出するが、銀細工の小猫の置物を細い指でツンツンと突きながらクスクスと嬉しそうに目の前の映像を見つめる姿は、少女のような印象を併せ持っている。
「随分と嬉しそうですね?」
「ひゃっ!」
唐突に背後から掛けられた声に、容姿にそぐわない声で反応した女性が咄嗟に突いていた小物を握り締め、声の主へと手を振り上げる。
「失礼、月子さん。驚かせてしまいましたか?」
「整君か…。ちゃんと歩いて移動しなさいって毎回言っているでしょ!」
安堵の溜息をつきながら振り上げていた手を下ろす月子と呼ばれた女性と、その姿を確認しながら悪びれた様子も無く、以後気をつけますと何度目になるか解らない反省の言葉を口にする整と呼ばれた男性。仕立ての良いスーツを着こなす男性はスラリと背が高く整った顔をしていたが、オールバックにした髪と眼鏡が合わさり何処か神経質っぽい印象を受ける。
「しかし、この階層のフロアには3人しか入ることができないのですから、毎回驚かなくても良いのでは?」
「そう言う問題じゃないの!」
ノックをするのが常識ですや、郷に入っては郷に従え等のお説教が始まったので、遮るように声を掛けた本題へと話を戻す男性。いつも何処か楽しそうに日々を送っている目の前の女性だが、先程までの雰囲気はまた違った感じに見受けられた、見入っていた映像を覗き込めば夕日に照らされた屋根の上に1人の少女と2匹のネコ達が気持ち良さ気に寝入っていた。
「これは?」
「ん? ぬふふ~、この子達はレミリアとナティよ。 見なさい、ちゃ~んと見抜いたユーザーが居るじゃない」
「…ふむ」
胸を張って踏ん反り返る女性の姿に、そういえば実装するに当たって本来の仕様を見抜けないのではと指摘したことがあったなと思い至る。よくもまぁあの捻くれた仕様を見つけたものだと呆れながら映像を見ていると、ネコ達の横で寝転がる姿に既視感を覚える。
クークーと寝息を立てるその姿は、目の前で自慢げに踏ん反り返っている女性に何処か雰囲気が似ている。
「なるほど、また彼女ですか。流石は貴女の眷属と言った所でしょうか」
「はう…」
実際この少女の存在には大いに助けられている、他にも数人のイレギュラー達の存在で計画は予想より大幅に進行が加速している。そのイレギュラーな存在の中に自分の眷属が居ないことに若干の物足りなさを感じながらも、今までに報告があった案件と今回の出来事を合わせて頭の中で整合性を確認していく。
計画に問題を起こす要因が自分の担当種族に多いことに、何となく引け目を感じていた女性が男性の指摘に軽く落ち込む。しかし突然黙り込んでしまった目の前の男性に、何処か嫌な予感を感じジリジリと椅子ごと後ずさる。
何よりも整合性を重視するこの子は、コチラの都合も考えずにいきなり予定を変更してしまうことが多い。今回も何かスイッチが入ってしまったような気がしてついつい逃げ腰になってしまう。
「いいでしょう、次のアップデートを2ヶ月程前倒しします。月子さんもそれに合わせて準備を整えてください。主任には私から連絡を入れておきます」
「えええぇぇ、ちょちょちょっと待ってよ。いきなりそんな2ヶ月も早くされても準備が間に合わないわよ!」
「私は既に準備できてますが? それに今回の前倒しは貴女の眷属の功績なのですよ」
「はうぅ…」
残業がんばってくださいと言う言葉を残し掻き消えるように姿を消す同僚に、ちゃんと歩いていけと心の中で文句を言いつつ、ジト目で目の前に映し出される映像を見つめる。
「もう、何でジルコニアス家の娘って騒動ばっかり起こすのよ!」
半ば八つ当たり気味な文句を言いつつ、握り締めていた銀細工の小物を映像に向かって投げつける。しかし空間に映し出される映像に当たることも、すり抜ける事も無くその小物がスッと掻き消える。
あ、ヤバイ…と呟いた女性だったが目の前に開いた『新アイテム実装済み』のウインドウをソッと閉じると、見なかったことにして溜息と共に残業の準備を始めた。
数分後に主任から届いた『残業になったじゃないか!』と言うメッセージに謝りつつも、内心で仲間ができたとほくそ笑むのであった。
それは運命の出会いだったニャ。
(自動翻訳機能が働いています、OFFにしますと読み取れない可能性があります)
目の前には小さなネコがコチラを見つめているニャ。タマキと自分のことを呼ぶ周りの人間は、見上げるほど大きいニャ。そんな自分が見下ろしているのだから、とても小さいのだと思うニャ。
栗色の毛をしたネコを守るように黒い毛のネコが警戒しているが、その姿も何故か可愛く映るニャ。対照的にジッと見つめてくる栗色のネコが、その小さな手をコチラへと伸ばしてくるニャ。
握手をするようにその小さな手を握る、すると自分の中でムクムクとこのネコ達を守らなければという想いが浮かんでくるニャ。
小さめの奴と黒い奴が要注意人物として頭に浮かんできたニャ。
それは運命の出会いだったのー。
(自動翻訳機能が働いています、OFFにしますと読み取れない可能性があります)
目の前にはネコ耳と尻尾が生えた小さな少女が、私を見つめているのー。人とは違いネコの眼を通してみると、この子が精霊なのがわかるの。ナティは臆病だから警戒しているけど、可愛い子に悪い子はいないの。そう思って怖がらせないようにそっと手を伸ばすと、優しく握り返してきたの。もうもう可愛過ぎ、絶対この子は私が守ってあげるの。
とりあえずこの前の黒い冒険者は、危険人物としてチェックしておかなきゃなの。
「ネコ同士で喧嘩するかと思ったけど、すんなり馴染んでくれたみたいでホッとしたにゃ」
「そうだねぇ」
勝手知ったる銃職人工房のカウンターの中で、ゴソゴソと飲み物の準備をしながら様子を見ていたニャンデストと、カウンター席で同じく見守っていたフーレンスジルコニアスが特に問題も無く馴染んだネコ達に安堵する。
まだ多少ぎこちない雰囲気が有るものの、後は時間の問題だろうと胸を撫で下ろす。
「そうそう、ニャンちゃんアガベさん居るかわかります?」
「にゃ? 今は忙しいみたいだけど、ログインしてるにゃ。約束してあるから後で会うにゃ」
「約束?」
「そうにゃ、今日は頼んでいたタマキの衣装を取りに行く日にゃ」
そういえばまだ出来てなかったんだねと言うフーレンスジルコニアスの指摘に、ニャンデストがフッとニヒルに微笑み返す。何でも精霊タイプの召喚獣の衣装には『精霊の絹糸』という専用クエストで得るアイテムが必要だったらしく、ニャンデストとアガベの2人で聞くも涙、語るも涙の大冒険を繰り広げてきたらしい。
そんな話を聞きながら感心したように頷くフーレンスジルコニアスだったが、視線は手元を見つめたままカチャカチャと何か作業をしている。
「ところでさっきから何やってるにゃ?」
「ん~、さっき屋根の上で昼寝してたんだけどね、何か頭に当たって痛くて起きたら横にコレが落ちてたの。所有権が何故か私になってたから、可愛いしチェーンで呪印銃につけようと思って」
何で屋根の上で寝てたんだろうとか、鍛冶スキルって汎用性広いなとか呆れながらそのアイテムを見つめる。小さなシルバー製の小猫の小物だが、属性が『八つ当たり属性』になっている。
「何その『八つ当たり属性』って?」
「……聞いた事無い属性だけど、可愛いからいいの!」
そうなんだ…と返しながら、レア物が招く騒動よりも可愛い物が醸し出す誘惑に負けた目の前の少女を生暖かい目で見守る、きっとその内何かしらの騒動を起こすんだろうが毎度の事なので優しく黙っておく。
「そういえば今日は大野さんの姿を見ないにゃ?」
「ログインはしてるみたいですけどねぇ、メッセージも送ってみたけどまだ返信はないですね」
「ふぅん…最近なんか2人とも仲良いにゃ、一緒に居る事も多いし?」
「あぁ、そういえばそうですねぇ。大野さん強いから助かってます」
「あぁ、そうにゃんだ……」
照れもしないで答えるフーレンスジルコニアスの様子に、まだまだ前途多難だなと遠い目をするニャンデスト。特に邪魔をするつもりも無いが、協力する気も無いのでやっぱり優しく黙っておく事にする。
「それでアガベさんに何か用でもあるにゃ?」
「うん、新しい武器が出来たから、またホルスターとか鞘を作ってもらおうかなと」
「新しい武器とにゃ?」
「銃職人専用のサバイバルナイフと状態異常特化の『パラライズガン』なんだけどね、鞘とホルスターが無いと装備した後に携帯状態にできないんだよ」
攻撃判定のある刀剣類を剥き出しで街を歩くのはマナー違反とされているので、使用を控えていたサバイバルナイフと、以前使っていたホルスターでは規格が合わない『パラライズガン』の為に新たに新調しようと考えていた。
話しを聞きながら新しく造ったという拳銃を手に取って眺めるニャンデスト、真っ黒な外観に紫のラインが入っており状態異常特化という仕様と相まって、中々に毒々しい印象を与えてくる。
持つことは出来ても装備はできない事に若干ガッカリしていると、ふと見上げてくる視線に気が付いた。興味深そうに見上げてくるネコ精霊に、そういえば以前の水鉄砲を使いこなしていたなぁと軽い気持ちで渡してみると、嬉しそうに弄繰り回した後コチラへと銃口を向けてくる。
アッと思う間もなくパスッと音がすると小さな針のようなものがニャンデストの首筋に当たる、途端にビリビリと身体が痺れ成す術も無くズルズルと椅子から滑り落ちる。
「シビ、シビビ、シビレルにゃ~…」
「ニャニャニャ!」
「タマキちゃん『パラライズガン』も使えるんだねぇ、銃職人スキルの修練にもなるしタマキちゃんにも一丁造ってあげるね」
「ニャーン♪」
ビリビリと痺れながら床に転がるニャンデストだったが、思わぬネコ精霊のパワーアップの機会に、タマキ用のホルスターも造ってもらわなきゃ♪ とついついニヤケてしまう。
「ニャンちゃんて…M…?」
「違うにゃぁぁぁ~T T」
「それで、何故俺が此処に呼び出されているんだ?」
「だってしょうがないにゃ、タマキの服合わせなのに頑として『オリゾン・トロピークス』には行きたくないって駄々を捏ねるにゃ」
以前訪れた時に暑さでダウンしたネコ精霊に、またギガスの都市に行く事を告げるとササッとテーブルの陰に隠れてしまう、何故か栗色の毛の小猫レミリアがネコ精霊を庇うようにコチラを威嚇してくる。ニャーニャーと全力で文句を言う様子に諦めて、アガベに銃職人工房に来てもらった訳だが、実際にはフーレンスジルコニアスとニャンデストもまたあの蒸し暑さを体験するのが嫌で、ネコ精霊をダシにして呼び出したというのが真実だったりする。
「あの暑さの中で色々着替えさせるのは可哀想ですよ」
「そうにゃ、それに元々『古代種の都』に用事があるって言ってたにゃ。合理的にゃ」
「…まぁいいか、それよりほら微調整するから早速着てみてくれ」
ポイポイとテーブルの上に広げられた衣装は全部で5着あり、小さなネコ精霊は喫茶スペースのカウンターの陰で頭までスッポリと隠れる為、ニャンデストにより次々に着替えさせられていく。
「むふ~眼福♪眼福♪」
「ふむ、サマードレスと巫女服は調整無しで大丈夫そうだな、セーラー服と小悪魔衣装は微調整が必要そうだ。…天使服に至っては全面修正だ」
「そう?天使の衣装も十分可愛いにゃ」
「いいや、腕を上げた時に背中の翼が連動して動くように作ったんだが、動きがイメージとは違う。小悪魔の羽根はイメージ通りなんだが…」
ブツブツと独特の拘りを語り出したアガベだったが、今は小悪魔風の衣装を身に纏うネコ精霊に近づくと羽根の付け根の辺りを観察し出す。
黒い皮素材で作られた衣装は、小悪魔風というネーミングとは裏腹に露出度は低くなっている。ハイネックのシャツに赤い小さなリボンが付けられシャツより短めの上着を羽織っている、ミニスカートだが、膝上のニーソックスと赤い靴が履かされており、羽根が無ければ普段着でも使えそうなデザインである。
アガベが小声で絶対領域サイコーとか呟いていたのは女性陣には聞こえていなかった為、この服の真価に気付く者はこの場にはいなかったのが幸いして、見事普段着として採用されることになる。
ネコ耳少女ヴァンパイア風が誕生した瞬間であった。GJ
「天使服は一度持ち帰って修正する必要がある、セーラーと子悪魔はココで調節させてもらおう」
「お願いするにゃ」
「あ、だったらその間にタマキちゃん用の『パラライズガン』造ってきちゃうね。それが済んだらアガベさんに新しくホルスターと鞘を頼みたいんですがいいですか?」
まだMyHairの礼は返しきれていないからな構わないぞ、と言う言葉に曖昧に笑って応えたフーレンスジルコニアスが作業室へと消えていく。
その姿を見送ってから、そういえば銃の費用ってどれくらいなんだろうと考えたニャンデストが、そのレア度や効果を考えサッと青褪める。深く考えずに頼んでしまったが、以前売りに出ていた照準器の値段を思い出して慌てて所持金額と倉庫の資産を思い出す。
「お待たせ~可愛いのできたよ~。………ニャンちゃんどしたの??」
「己の浅はかな願望と忘れ去っていた現実との差に打ちのめされているのだよ」
「………にゃ」
その後ニャンデストの落ち込んでいる理由を聞き、私が言い出したことだしお金は要らないよと言うフーレンスジルコニアスの言葉に、逆にそれじゃ申し訳ないにゃと遠慮をしだす。
ならばとネコ精霊撮影会を開き思う存分SSを撮らせる事を条件にしてニャンデストを納得させる、大変な思いをするのは自分では無くネコ精霊なのだがニャンデストは気づいてはいない。
「白地にピンクのライン! ラヴリーなデザインになりました」
「そっちをレアちゃんが使って黒いのをタマキにした方が良くないかにゃ?」
「いえ…こっちは私には可愛すぎるので…」
変な所で恥ずかしがるフーレンスジルコニアスに苦笑しながら、続いてホルスターと鞘の採寸へと進む。
鞘自体は珍しい物ではない為、取り付け位置を確認し早々に終了する。ホルスターも以前作った経験があるため大体の採寸の後、取りあえずの素材で仮縫いをし取り付け位置の確認へと移っていく。
「呪印銃は右腕装備だから腰の後ろの右側寄りに調節してある、『パラライズガン』は左装備だから必然的に腰の左側になるのだが、どうしても呪印銃より下側になってしまう。
どうだ、椅子に座った時にお尻に干渉しないか?」
「んと、ちょっと座り難いかな…、でも気になるほどでも無いってイタ!」
椅子に座ってお尻の位置を色々と動かして具合を確かめていたフーレンスジルコニアスが、急にビクンと飛び跳ねたかと思うと床へと倒れこむ。ピクピクと床の上で転がる姿に首を傾げていたニャンデストとアガベだったが、そのお尻に腰に装備された『パラライズガン』から発射された針が刺さっているのを見つけて納得する。
「どうやらその場所に装備するのは危険なようだな…ククク」
「レアちゃんMなのかにゃぁ?」
「ぢがいまずぅぅぅぅ…TT」
可笑しそうに笑う2人の背後で嬉しそうに『パラライズガン』を構えるネコ精霊の姿に、まだ誰も気が付いてはいないのだった。
また後日、活動報告内でお知らせしますが、現在時期的に仕事が忙しく執筆時間が取れない状態になっております。
年内の投稿頻度はかなり低くなります、申し訳ありません。
1月に入れば時間が取れると思いますので、しょうがねぇな~と生暖かい目で見守ってやって下さい。
そして主人公が全然外出していませんね、少しお外で活動させねば!




