出会いのクエスト的な、
シリアス要素が含まれます。
ゴリゴリゴリゴリ…ガリッ!
ゴリゴリゴリゴリ…ガリリッ!
カチャカチャ…ポイッ
「ぬぅ…」
ゴリゴリゴリゴリゴリ…
ゴリゴリゴリゴリゴリ…
「ふへへっ…」
硬質な輝きを放つ鉄の棒を工作機械から外し、窓から差し込む光に照らしその内部に刻み込まれた螺旋の溝に、悦に入った笑みを浮かべる。
何度かの失敗を経てやっと納得のいく出来のバレルクランクが出来た事に満足気に頷き、この感覚を忘れないうちにと予備のバレルクランクを数本仕上げていくフーレンスジルコニアス。
やはり生産作業はこういう作成段階を踏まえてこそだと1人頷きながら、楽しそうに『拳銃』を作り出していくエルフの少女。端から見ると中々にシュール感が漂う光景なのだが、幸か不幸かそれを指摘する人はここには居なかった。
狭い銃職人工房の作業室で旧時代のガンドリルマシンを回しながら、四苦八苦しつつも銃身の原型となる鉄の棒に螺旋状の穴を開けただけのバレルクランクを作り出し、その中の1本に今回作り出す予定の『パラライズガン』用に外周加工を施していく。
呪印銃に比べて半分ほどの大きさしかない『パラライズガン』に合わせて、バレルクランクの長さを修正し、メニューに沿って接続部分などの加工を進めていく。
銃身となる鉄の棒は銃職人スキルを手に入れてから新たに採掘スキルに追加された、『クロム鉱石』と『モリブデン鉱石』を精製し鉄と合金させた『クロムモリブデン鋼』が必要となる為、鉱石採集は自力で行なわなければ現状では手に入れることは不可能になっている。
作業台の上には銃作成の前段階で入手した、これらの鉱石からナイフを作り出すスキルで作成された銃職人専用の折りたたみ機構の無いサバイバルナイフが置かれているが、名前にもある携帯に必須の鞘部分の作成が自力では無理な為、現在は装備していない。
「今度こそバッチリ成功しそうだし、そうしたら『パラライズガン』のホルスターと併せてナイフの鞘もアガベさんに作成依頼しなくっちゃ♪」
ウフウフと未来の双拳銃を装備した自身の姿を想像しながら作業を進めていくフーレンスジルコニアス、その後何気に『開けるな危険』と書かれた簡易保存箱の中の失敗アイテムを1個増やしながらもどうにか新たな武器を手に入れ、ホクホク顔で作業室から喫茶スペースへと移動していく。
銃職人工房の喫茶スペースにあるテーブルの上で、手を合わせた上に額を乗せ1人の剣士が考え込んでいる。
日曜の夜に実装された新サーバーイベントも終了し、月曜日の憂鬱な授業もどうにか乗り切り、今はこうしてVRMMOという仮想現実の世界で冒険をしている大野さんが、いつもの様に己の考えへと没頭していく。
ずっと待たせたままだった……待たせすぎて忘れられていたが、フーレンスジルコニアスとも今はこうやって一緒に冒険を楽しむ仲に戻った。先程から生産に励む彼女は作業室に篭りっぱなしだが、その材料は俺が集めたものでありこれは所謂共同作業と言っていいだろう。
はっ! 何気にこれは初めての共同作業というやつではないか…、今日という記念日を心のメモ帳に記して生涯忘れないようにしよう。
いやいや、今はそんな事を考えている時では無い、いや勿論この記念日も大事だが今考えるべき事は、この瞬間も銃職人工房の周りを取り囲む見学者を見て彼女が心を痛める事をどう防ぐかだ。
新サーバーと同時に実装されていた隠し要素である生産スキルの複合化、ピンポイントで引き当てるように運営の隠し要素を見つけ出すフーレンスジルコニアスの手によって、早々と暴かれたこのスキルでオブジェクト化された大砲は、当然の様にメンテナンス後には通常サーバーに実装されていた。
その結果、オブジェクト化に興味津々な生産職はもちろん、ギルド管理者やマイホームの飾り付けに凝っている者達が大挙して見学に訪れている。
これにはフーレンスジルコニアスが戦線離脱した後に、数人の廃プレイヤーによって他にも数件のオブジェクト化が成功しており、各所に点在するオブジェクトを迷わず回る為に見学ツアーが組まれており、その一団が訪れているのが理由である。
銃職人工房の喫茶スペースまでザワザワと聞こえてくるツアー集団の話し声も、工作機械の騒音対策で完全防音になっている作業室内には聞こえていない。
そして「次の現場に移動しま~す」というツアー企画者の声と共に一団が移動して行くのと入れ違いに、ホクホク顔のフーレンスジルコニアスが作業室から出てくる。
考えに没頭していた大野さんは外の集団が既に居ない事には気が付いていない、そして考えた末にテンパって出した結論が大にて小を隠すだった。(どうしてそうなった…)
「ジルちゃん、この動画を見るんだ!」
「はい?」
20〇〇年 6月18日
タイトル 不思議な踊り
その動画には前奏に合わせてリズムを取る後姿から、どこかの少数民族の踊りのような動きでミニゲームに没頭するフーレンスジルコニアスが映っていた。
ご丁寧にも画面の右下には、小窓でその踊りを正面のアングルから嬉々として踊るネコ精霊の姿が追加されていた。
・お願いされて編集してUPしただけで、ボクの意思じゃないからね!
・ヒゲ書いた罰にゃ♪
・れwwwあwwww
・俺の力が吸い取られたw
・やべぇちからがぬけてくww
・右下www
・幼女ハァハァ
・なんぞこのおどりは!
・まて、ミニゲームでこの踊りやったら大失敗でオブジェできた!
・ちょwwまてwww
・んなばかな!!1
・うは俺もオブジェったw
・初見で奥義発見かwww
・『レア式 不思議な踊り』作成法だな!
・命名すなw
・いやこれはフーレンスジルコニアスの法則で実証されている理論だ
・誰だよそれw
・いやレアの事だろwww
・
・
・
・
「この動画に比べたら今外に居る集団なんか小さい小さい、気にする事なんかないさ!
………ってあれ? 居なくなってる?」
オブジェクト化の事で掲示板はチェックしていたフーレンスジルコニアスだったが、他にもオブジェクト化に成功していた者がいた事と、まだまだ謎要素があったことで自分の名前が思ったほど取り上げられていない事にホッとし、動画の方はチェックしていなかった。
今回は目立ってないと安心していた所に、大野さんによってトドメを刺されたフーレンスジルコニアスが壁に向かって『の』の字を書きながら黄昏ていた。
落ち込むこともあるけれど、私は元気です(キリッ
何やら幻聴が聞こえた気がしますが…落ち込んだ姿勢から馴れた様子で復活し、喫茶スペースにある椅子に腰掛けて呪印銃と新しく生産した『パラライズガン』を艶出し用の布で磨いていくフーレンスジルコニアス。
ブルーシルバーに輝き鋭角的なフォルムで近未来的なデザインの呪印銃に対し、『パラライズガン』はランダムに決まる着色工程で漆黒ベースに紫のラインという配色になり、フォルムは丸みの強いデザインになっている。イメージ的には私服警官が持つニューナンブという拳銃を更にデフォルメした感じに近いだろう。
愛い奴め、ここを磨いて欲しいのか! ヌフフと、対面の席で落ち込む大野さんを尻目にご満悦で2丁の拳銃をピカピカにしていると、カランと呼び鈴の音がした。
誰か来たのかと振り向いて見るが、入り口に立っていたのは見たことも無い小さな女の子だった、頭上には住人を示す小さな記号が付いていたが、その女の子の様子はどこか不安げなものでキョロキョロと室内を見回している。
喫茶スペースの隅の方に座っていたフーレンスジルコニアス達に気が付くと、女の子は意を決したように歩み寄ってくる。そのままテーブルの横まで来るとモジモジとしながらも話しかけてくる様子を、黙って見守っていたフーレンスジルコニアスだったが、ようやく女の子の存在に気が付いた大野さんが大声を上げた事にビクリと飛び跳ねた。
「あの、冒険者さん。お願いしたい事が…」
「…ぉぉおお、少女クエきたあああぁぁぁ!!」
「ひぃ!」
怯える女の子に飛び付こうとしている大野さんに咄嗟に左手に持つ『パラライズガン』を向けるフーレンスジルコニアス、パスっという乾いた音と共に小さな針のような弾丸が射出される。針は大野さんの後頭部にHITし、「うっ…」という小さな呻き声を残しヘロヘロと力が抜けたように床へと倒れこむ。
呪印銃のような反動も感じられず体勢を崩す事無く撃てた事にホッとしていると、『パラライズガン』の銃口からは大野さんの後頭部へとワイヤーのようなものが伸びており、クラゲの触手のように内部に光が流れていた。
「小さい女の子には見境なしですか! 内心だけじゃなく正式にロリコンさんの称号を与えてあげましょう…」
「うぅ…誤解でず…」
カタカタと震える女の子を背後に庇い、ビシリと指差し蔑みの視線を送るフーレンスジルコニアスを見上げ、内心でちょっとゾクゾクしながらも涙ながらに訴えかける大野さん。
その後、大野さんの必死な弁解に多少胡乱げな目をしながらもロリコンでは無いと納得したフーレンスジルコニアス、住人の女の子はその間ずっとアッカンベーをしながら彼女の背中に隠れていた。
「ロリコンさんじゃ無いなら何で飛びついたりしたんですか?」
「それはその子がレアクエストの発生住人だからだよ、興奮してつい…」
「う…レアですか…」
レアクエストという言葉に多少の抵抗を感じつつも大野さんの補足説明を交えながら、レミリアと名乗った女の子の話を聞く事にするフーレンスジルコニアス。
「あのね、おねぇさんに…ぁ~おねぇさん達にお願いしたい事があるの。私の友達のネコちゃんが居なくなっちゃったの、一緒に探してください!」
「うん、いいよ」
「勿論さ、任せたm…」
「ありがとう、おねぇさん!」
嬉しそうに飛びついてきたレミリアにビックリしつつも、その肩まで伸びる栗色の髪を優しく撫でるフーレンスジルコニアス。
よくある内容のクエストのようだが大野さんの説明によると、レアクエストと位置付けられる所以はその発生件数と報酬内容だという。発生は完全にランダムで判明してる条件としては室内に居る事とテイミングした犬系の魔獣を召喚状態にしていないことくらいだという。
発生件数に至っては攻略ページに報告されているだけで100件程らしく、攻略自体は確立されているが遭遇すること自体が難しくなっている。
「報酬はね…」
「あ、報酬とか攻略法は言わないで下さい。やっぱりクエストは失敗も含めて自分で考えてやりたいので…」
「そ、そっか…、うん、わかった…」
このクエの攻略自体はそんなに難しくは無い為、無理に情報を共有する必要はない。フーレンスジルコニアスのプレイスタイルを無視してまで内容を話す事は憚られ、本当に伝えたかった部分の説明を話すことが出来なかった大野さんが、少女と楽しそうに話すフーレンスジルコニアスの姿に小さな溜息をついた。
『レミリアの頼み事クエスト』開始にともなって銃職人工房を後にした3人は、レミリアの記憶を辿って古代種の都の中をネコを探して歩き回る。姉妹のように手を繋いで仲良く歩く後姿を羨ましそうに眺める大野さんに、隙を見ては勝ち誇ったようにアッカンベーをするレミリアに悔しがるという2人のやりとりにはまったく気が付いていないフーレンスジルコニアス。
「それでどんなネコちゃんなの?」
「え…あぁ、真っ黒いネコでね、とっても可愛いの! ナティって名前でずっと一緒に居たの」
「そっかぁ、どこではぐれちゃったとか覚えてる?」
「ううん、何かを探してたはずなんだけど、気が付いたら私1人になってたの…」
どうやらナティとはぐれた前後の記憶が曖昧になっているレミリア、腕を組んで首を傾げて悩んでいる姿を可愛いなと思いながら、その栗色の髪を撫でると嬉しそうに笑う。ただ悩んでいても進展しないという事で、街の住人に色々と聞いて回る事になった。
「いらっしゃい、いい防具があるよ」
「すいません、黒いネコちゃんを探してるんですけど見かけませんでしたか?」
「ちっちゃくて可愛いの~!」
「悪いな、ずっとココにいるが見かけてないなぁ」
ありがとうと御礼をし次へ
「いらっしゃい、美味しいケーキはいかが?」
「すいません、黒いネコちゃんを探してるんですけど見かけませんでしたか?」
「ちっちゃくて可愛いの~!」
「ウチは食べ物を扱ってるから、そういう子はちょっとね…。それよりこのケーキ新作なのよ! どう?」
「「ゴクリ…」」
「………すいません、それ2つとコーヒー下さい」
オープンデッキでケーキを頬張ってから次へ
「にゃ~」
「すいません、黒いネコちゃんを探してるんですけど見かけませんでしたか?」
「ちっちゃくて可愛いの~!」
「うにゃ? にゃにゃ~ん」
「そうですか…」
「なの~」
「………え、わかるの?」
ボス風のネコにお礼を言って次へ
「いらっしゃい、綺麗なお花はいかが?」
「すいません、黒いネコちゃんを探してるんですけど見かけませんでしたか?」
「ちっちゃくて可愛いの~!」
「あら、そのネコならその子と一緒に居るのを見たわ」
「本当ですか!」
「えぇ、確か何日か前に『絆の花』を探しにウチに来てたわ」
目撃者を見つけ新たなキーワードを入手したことに喜ぶフーレンスジルコニアスの横で、『絆の花』と呟いたレミリアが不安げにフーレンスジルコニアスの服の裾をキュッと掴んでいた。
古代種の都の西門から小さな女の子を連れた男女が連れ立って出て行く、門から少し歩いた小高い丘を越えると小さな森が見えてくる。森まで進む道には小さな柵が設けられ道の上を歩いてさえ居れば魔獣や野生の獣に遭遇することは無い、しかし1歩森へと踏み込んでしまえば柵は途切れ森に住む危険な魔獣と遭遇してしまう。
花屋の店員から聞いた『絆の花』が咲く場所は、そんな森の中に入った場所にある。いくらクエストの為とはいえ、そんな場所に小さな女の子を連れて来る事すら躊躇われる。しかし、此処に探すネコが居るということは過去にレミリアはネコと一緒に森を訪れているということになる。
「本当に此処へ来たの…?」
「覚えてないの………」
周囲を警戒しつつもレミリアの様子が気になってしょうがないフーレンスジルコニアス、花屋で情報を聞いてからどこか不安そうにしている。きっと魔獣が居る森に行く事と、そこに居るかもしれないナティの事が心配なのだろうと、ずっと腰の辺りにしがみ付いているレミリアを優しく包み込む。
チラリと後ろを窺えば、油断無く周囲を警戒する大野さんと目が合った、こちらの意を察してくれたのか1つ頷くと何かアイテムを使ってくれたようで周囲に漂う緊張感が薄れていった。
5分ほど森の中を進んでいくと、サラサラと水が流れる音が聞こえてくる。視界を遮る大きめの大木を回り込むと、小川の周囲に広がる一面の花畑が広がっていた。
小さな白い花を鈴なりに付け風にそよぐ姿は、まるで洗い立てのシーツが風で波打ってるような錯覚さえおこさせた。あたり一面を埋め尽くす白い色の中にポツンと佇む1匹の黒ネコの姿は、どこか世界に拒絶されたかのように目に焼きついた。
「ナティ!」
それまで頑なに腰にしがみついていたレミリアが、黒ネコの姿を見つけた瞬間に駆け出していく。咄嗟に出した手をすり抜け黒ネコへと走っていくレミリアの背中越しに、悲しそうに鳴いた黒ネコの口腔内の赤い色が酷く毒々しげにフーレンスジルコニアスには見えた。
何故かいつもの様に力を貸してくれない風の精霊に戸惑いつつも、レミリアを追って走り出したフーレンスジルコニアスに続き、ジッと事の成り行きを見ていた大野さんも小さく鍔鳴りをさせて抜刀の準備をしながら走り出した。
小さな女の子の足に追いつけない、風の精霊を纏わなくても追いつける筈なのに、たった数メートルが酷く長く感じる。走り寄るレミリアに小さな黒ネコのナティが飛び掛る、腰のホルスターから呪印銃を抜き狙いを付けるがレミリアの背中に遮られ撃つ事ができない。
まるでスローモーションの様な光景に白い花弁が舞い上がる、黒ネコの後ろに広がる白い花畑から巨大な魔獣が飛び出してくる。百足に似た外見の魔獣は上へと伸び上がると、落下の勢いをつけてレミリアへと襲い掛かる。突然の魔獣の姿に踏鞴を踏むレミリアを黒ネコが体当たりで押し戻すと、寸前までレミリアの身体があった場所を魔獣が通り過ぎ、体当たりをしたことで勢いを失っていた黒ネコを弾き飛ばす。
轟音と共に地面を抉りながらも勢いを失う事無く長い身体を振り回し、尚もレミリアへと襲い掛かる百足に呪印銃を撃ち出す。強固な外骨格に守られた百足に致命傷を与える事はできなかったが、弾かれた魔弾から生じたノックバックで百足の身体も大きく後方へと反り返った。
反射的に撃った為に碌な反動消化行動が出来なかったフーレンスジルコニアスが地面を転がる、その横を黒い疾風となった大野さんが駆け抜けていく。
「大野さん!」
「アイツは任せろ、レミリアを!」
大野さんの指示に「はい」と返事をしながら慌てて起き上がったフーレンスジルコニアスが、膝を突きナティを見下ろすレミリアを抱き上げ距離を取る。
「ナティ! ナティが!」
赤い血溜まりの中で横たわるナティに必死に手を伸ばし戻ろうともがくレミリアを抱え、ナティに向けて内心で疑ってごめんなさいと謝りながらきつくその胸に抱きしめる。
金属を擦り合わせるような不快な断末魔を発しながら、花畑の中へと巨大な百足が倒れていく、舞い散った白い花弁が黒ネコの上へと舞い落ち赤く染まっていった。
少女が泣いている。
1人は物言わなくなった友達のネコを抱きしめながら、もう1人はその光景を呆然と見つめながら。
最初から知っていた、このクエストがどういう結末を辿るのか。
彼女が断ってもこのクエストの結末を話してさえいれば、もしくはどんどんと仲良くなる2人を邪魔していれば、ここまで彼女が悲しまなくて済んだのかもしれない。
彼女の瞳からは涙は流れていない、ただ呆然とこの光景を見つめている。それでも彼女は泣いているのだ、ずっと見つめてきた自分には解る。そしてこの後に訪れる本当の結末に、どれだけ彼女が悲しむのかも…。
一頻り泣いた後、その胸にナティを抱きながらゆっくりとレミリアが立ち上がった。その目は真っ赤になっていたが、何故かその顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた、今までとは違うどこか大人びたようなその笑みに、言い知れぬ不安を感じる。
「おねぇさん、おにぃさん、ナティを見つけてくれてありがとう」
「ううん、守れなくてごめん、ごめんね…」
「大丈夫だよ、こうなる事は決まっていたの」
「ぇ…?」
消え入りそうな雰囲気を宿しレミリアが語り始める。
あの日、自分はナティと一緒に此処へ来た事、そしてあの魔獣と遭遇したこと、あの時もナティが身を挺して守ってくれた事、でも逃げ切れずに自分もあの魔獣に…。
「ウソ…だってレミリアちゃんは…」
「私の心だけ迷って街へと戻っちゃったの、ずっとナティはここで私が戻るのを待っててくれたの…」
だからもう大丈夫だよとレミリアが呟くと、黒ネコの姿は光の粒になり風に溶けて消えていった。その姿を見送ると徐々にレミリアの姿も光となって溶けてゆく。
「レミリアちゃん!」
「…ナティにもおねぇさん達にも、ずっと私は守られてばかりだったの。だから今度は私が守ってあげるの」
掻き抱くようにした腕の中でレミリアの姿が光の粒になって消えていく、ヘナヘナと力なく座り込むフーレンスジルコニアスの手の中にフワリと1つの光の粒が落ちてくる。震える両手で受け止めると、手の平の上で白い小さな花へと変わっていった。
・レミリアの想い(クエスト報酬アイテム)
1人の少女の想いが込められたアイテム。
対象を設定して使用すると致死に至る攻撃から
1回だけ守ってくれるネコが現れる。
ログアウト後も効果は持続されるが対象を
守った後は光になって消えてしまう。
「このクエストはあの子の死から始まるんだ。だからどんな手段を講じても、絶対にあの子を助けることは出来ないんだ」
「…うん」
「だから………」
「………うん、ありがとう」
自身の手にも残った小さな花を見つめながら必死に言葉を探す大野さんだったが、何を言っても彼女たちの想いを傷つける気がして言葉に出来ずにいた。
小さく肩を震わせるフーレンスジルコニアスを見つめながら、結局自分は小学生の頃から何一つ成長していないんだと唇を噛み締めた。
銃職人工房へと戻ってからも、フーレンスジルコニアスはじっと黙ったままテーブルの上に置かれた白い花を見つめている。
このクエストで得られる報酬は致死に至るどんな攻撃も1回だけ無効にできるという効果で、無限回廊のボス等にかなり有効な物なのだが実際に使われることは少なかったりする。
レアクエストの珍しさへのやっかみと、その後味の悪さも相まって使用者にはあまり良い視線が送られないのだ。その為、街中でネコを出して歩く姿も殆どみられない。まぁそれでも、根っからの廃人達の中には高値で買い取って使用する者も居るのだが。
愛猫家や女性ユーザーは使用せずアイテムインベトリか倉庫の奥深くに保管する者が多いと聞く、多分彼女もそうするのだろうと思っていると、うんっと頷いたフーレンスジルコニアスが勢いよく立ち上がった。
「このアイテムってプレイヤーにしか使えないのかな?」
「え……?」
試してみるねという言葉にまさか彼女がこのアイテムを使う選択をした事に酷く驚いた、自分が彼女に抱いていた印象とは真逆の選択をした事に何故か傷ついた。短い時間だったとはいえあんなに仲が良さそうにしていたのに、刹那な効果の為にその想いを消してしまうのか。
「レミリアの想い起動! 防御対象《銃職人工房》」
「は??」
銃職人工房は建物である、建築形オブジェクトの特性上どんな攻撃をしても破壊不可能だ。破壊不可能な物に致死攻撃を与える事はできない、そんな対象にレミリアの想いを使えばどうなるか…。
答えは簡単だ、レミリアの身代わり効果は発動されない、即ち彼女の想いは消えることは無い。
「へへ、設定できちゃった」
「ジルちゃん…」
彼女の足元には栗色の毛並みの1匹のネコが出現していた、フーレンスジルコニアスが抱き上げるとその胸元でゴロゴロと喉を鳴らしている。彼女の顔には小学生の頃に見た時と同じ印象の優しげな笑顔が浮かんでいて、このネコちゃんの名前レミリアちゃんだとはしゃいでいる。
一瞬でも彼女の想いを疑った自分を恥じ、一歩を踏み出し彼女と同じく銃職人工房を対象としてレミリアの想いを発動させた。
「レミリアの想い起動! 防御対象《銃職人工房》だ!!」
『ブブー、既に対象に設定されている為、同一対象は選択できません』
「んな!」
「……どしたの?」
今回のシステム音声は大野さん以外には聞こえない為、状況が把握できないフーレンスジルコニアスがキョトンと首を傾げる。格好よくキメルつもりが微妙な空気を生み出してしまった事に、ダラダラと汗を流す大野さん。
そんな大野さんを胸元から見つめる視線に気付き振り返ると、栗色のネコが舌を出してアッカンベーをしていた。
「コイツ………、そうだ。対象変更、防御対象《レミリア》」
『 《レミリア》に対しレミリアの想いを使うことはできません。アイテムを変化させますか?』
「アイテムを…変化?」
「………大野さん?」
不思議そうに見つめてくる彼女の顔を見た途端、大野さんの頭の中にある考えが浮かんできた。どうして彼女はこんなにもイリーガル・コールの隠し要素を見つけるのだろう、遅かれ早かれ誰かが見つけるモノだがまるで引き寄せるように出会っては見つけ出していく。
あるいは、この運営のメンバーの中に彼女によく似た人が居るのかもしれない。彼女と同じ視点で物事を見ている人が居るのかもしれないと思ったとき、いつか運営の人に会ってみたいと思う大野さんであった。
「アイテム変化了承、そして《レミリア》を防御対象に、ナティの想い発動だ!」
その晩はいつもの時間より少し遅くまで、銃職人工房で栗色のネコと真っ黒なネコが楽しそうに追いかけっこをする様子を、嬉しそうに眺めているフーレンスジルコニアスの姿が見られたという。
イリーガル・コールでは初のシリアス展開になったかと思います。
書いてる途中で段々とシリアスってなんだろうと悩んでしまいました。
ちゃんとシリアスになっているでしょうか?
今回の話で少し彼女の彼に対する視線に、変化が現れるでしょうか?
一先ずロリコンさんのルビは回収されましたね。
そして初の1話1万文字越えです、お付き合いくださった方お疲れ様でした!
そして読んでいただいてありがとうございます。
最終回っぽい閉めですがまだまだ続きます^^;




