独り言という解説的な、
木漏れ日の差し込む森の一角、小さな庵がポツンと建っている。
台座の上に6本の柱と屋根だけで構成された壁の無い構造の床には、幾何学模様のような複雑な魔法陣が描かれている。
各街同士を繋ぐ転移ポータルであると同時に、俗に言う『死に戻りポイント』であるその庵の魔法陣が淡い光を生じさせる。
光が収まった後には未だ体の大半をクリスタル化させたフーレンスジルコニアスが立っていた。
パキパキと音をさせながらも急速にクリスタル化が解けていく彼女の身体を包む萌黄色の服には、剣が刺さった後も血の汚れも無いのだが、彼女はサッと右手を上げて自身のステータス画面を見てすぐ横の柱を蹴りつけた。
ドカン!と響く音に周囲の木々からパタパタと迷惑そうに小鳥が飛び立つ。
「うあー耐久値が10も減ってるじゃんかー!」
うーうーと唸りながらプリプリと肩を怒らせて歩くフーレンスジルコニアスに、すれ違うエルフ達はまたかと生暖かい視線を送る。
ここはエルフのホームタウンである迷いの森の一角に位置する深緑の都市『ディープ・プランタン』
見上げる程の巨木には、ツリーハウスのように個人所有の家が幾つもくっついている。そんな巨木の群れの間を縫いながら行動ログを遡り先ほど自身をPKしてくれた不届き者を調べる。
23:45 『こまったちゃんね』から攻撃を受け死亡しました
お前が困ったちゃんだよ!と内心で毒付きながらBL登録をしておく。
その途端ポーンとシステム音が鳴り響くと
『貴方は5000人の方からプレイヤーキルを受けました、そしてその全員をブラックリスト登録されました。その結果レアタイトルである「ある意味人気者」を獲得しました。おめでとうございます』
オメデトーオメデトーと、周囲のエルフ達からパチパチと乾いた拍手とともに祝われるorz状態なフーレンスジルコニアスであった。
「おっちゃん入庫!」
「なんだTHEレアじゃねぇか、まだ起きてたのか?」
「住人のクセにその名で呼ぶなぁ」
バンバンと両手でカウンターを叩くフーレンスジルコニアスに、少しビックリしたように住人である倉庫管理人の男が目を見張る。
「なんだぁ?今日はやけにおかんむりじゃねぇか、なんかあったのか?」
「さっき落ちようとしたら後ろからいきなりPKされたの!」
「それはご愁傷様、でもそんなのいつもの事だろ?それにしちゃ荒れてるじゃねぇか」
「うー、それでそいつをBL登録したら不名誉にも「ある意味人気者」タイトルを獲得しちゃったのよ……」
説明しながらゴソゴソとカバンを漁って目当てのアイテムを取り出し、男に目を向けると忽然とその姿は消えていた。
今まで住人がその場所から姿を消すなどという事は1度も無く、え、なにバグ?とうろたえていると微かな声が聞こえそっとカウンターの中を覗き込むと、腹を抱えて笑い転げる住人の姿に、涙目でバンバンとカウンターを叩くフーレンスジルコニアスが見て取れた。
「それで今日は何を預けにきたんだ?」
「………」
ジト目で見下ろすフーレンスジルコニアスに、いやすまなかったと頭を下げる住人に少しは溜飲をさげながら、手に持っていたアイテムを渡す。
「また魔弾か、一体いくつ溜め込むつもりなんだ…」
「だってこれが私にとっては一番効率がいいんだもん」
お前はうちの倉庫を魔弾で埋める気かwと呟きつつそれを受け取り入庫していく。
・魔弾
消費アイテム
呪印銃(ロストアイテム)で使用する弾丸。
魔弾単体では使用不可。基本は無属性だが作成時に
魔法を付与することで各属性を持たせることができる。
「さぁ、やることも済ませたし今度こそ寝よ」
お疲れさんという住人の声を背に視界が暗転した。
ログアウト……
……ローディング中
「さてっと、今日もがんばりますか」
軽く身体を解しながらいつものコースを進んでいく、転移ポータルの前で移動管理人である住人にヒューニックへの街の転移を頼み、庵の中の魔法陣の上へとピョンと飛び乗る。よい旅をと手を振る住人にヒラヒラと手を振りながら、視界が光で塗り替えられるも次の瞬間にはまったく違う光景が目の前に広がっていた。
ザワザワと途切れる事のない話し声と、目の前を埋め尽くすような人の波に圧倒されてしまう。さすがは王都であるヒューニックの都市かと、毎回感心してしまう程だ。
ヒューニック、それはこのMMOであるイリーガル・コール・オンラインにおける人間に位置する種族である。
短命であるゆえに汎用性に優れる種族であるが、他種族のように突出したステータスも持ち合わせては居ない。所謂器用貧乏な種族だがその特性ゆえに人気は高い種族でもある。
ヒューニックの特徴、それは特定の種族を支持しない限り全ての種族と友好関係にあるということだろう。
このイリーガル・コールには種族間抗争が設定されており、特定の種族同士では相手のホームタウンに侵入すると強制的にPK可能状態になってしまう。安全地帯が解除されるだけなので、攻撃をしかけなければ問題は無いのだが、それでもいつ攻撃を受けるかわからない状態というのは気が休まるものではない。
例えVRといえども死の瞬間というのは不快感を伴うのだから。
そしてエルフにとっての種族間抗争の相手が、これから向かう先である鉱山都市『ファティ・マール』をホームタウンとするドワーフであるのだ。
馴れた足取りでまずは馬屋へと向かう、そこで早馬を借り受け城門を潜りフィールドへと駆け出す。本来ならば王都から転移ポータルで鉱山都市へと転移できるのだが、いや正確には各ホームタウンからでもそれぞれの街へと転移はできる。しかし、抗争種族の街だけはできなくなっている為、こうして毎回少しでも近い王都経由でフィールドを走り鉱山都市へと向かっているのだ。
正直、最初は辛かった。
ただでさえ時間をかけて移動するのに、鉱山都市へ入った瞬間にPKで死に戻りなんて事もざらで、さらに鍛冶の修練中だってお構い無しにPKもされた。
更にどんな嫌がらせか、クエストの中には抗争状態種族を倒すなどというものもあり、フーレンスジルコニアスはドワーフとドワーフの指示ヒューニックにとっては格好のボーナスキャラに認定されていたくらいであった。
それでもフーレンスジルコニアスが鍛冶をやり続けた理由、マゾだから・・・・って訳ではない、ただ単に呪印銃の使用に鍛冶スキルからの派生とされる銃職人スキルが必須と言われていたからである。
なんとなく見ただけのイリーガル・コール・オンラインのプロモーション動画、その中で呪印銃を撃ちながら舞うエルフの少女。その姿に一目惚れして始めたのがイリーガル・コールとの出会いである、当然の流れで鍛冶職人を目指したし最初は同じ道を歩む同士のエルフもいたものだ。
しかしいざはじめて見ればイリーガル・コールで最悪と言われる茨の道、同士達も1人減り2人減りとあっという間にフーレンスジルコニアス唯1人になってしまっていた。
しかも正式サービス開始から2年がたっても未だに呪印銃自体が未実装・・・・。
更に追い討ちをかけるのがエルフの鍛冶スキルにおける種族特性であろう。
エルフに限らず全ての種族にはそれぞれスキルに補正が付く、例えばドワーフなら鍛冶スキルに武器防具作成時に完成装備に+補正が付く代わりに布製装備作製スキル使用時には-補正が付く、という感じである。
ではエルフはというと、これがまた最悪だったりする。
布製装備スキル使用時の修理に成功確率がUP、これは良い。しかし鍛冶スキル使用時の修理失敗時に消耗が発生、これが最悪過ぎた。
「これがまだ失敗する確率が高くなる……ならまだ救いがあったんだけどねぇ……」
定位置になりつつある一番風通しの悪い不人気な看板横の金床に座りながら、考え事をしながらでも自動行動プログラム的に行動する自分に若干の私やばくね?とか考えながら、また思考の海へと沈んでいく。
全てのアイテムには耐久値が設定されている、そして使用するしないに係わらず一定の時間毎に耐久値は減っていく。もちろん武器や防具は使えばその分早く耐久値は減っていくが、インベントリや倉庫に仕舞っておくだけでもゆっくりとだが確実に耐久値は0になっていく。
しかしそれらは修理をすることで耐久値を戻すことができる、ただしここで問題になるのがその際に起きる『消耗』という現象である。
消耗というのは住人による修理でおきるもので修理失敗時に最大耐久値が減少するというものだ。
これがPCによる修理での失敗なら修理時の耐久回復量の減少だけですむ、修理時の消費材料が増えるだけで修理回数を増やせばいいだけであるのに対して、NPCの修理失敗では最大耐久値自体が減少するペナルティが発生するのだ。
そして一度減った最大耐久値を戻す方法は無いのである。
それがエルフの鍛冶スキルの修理に発生するのだ、誰が好き好んでやっと手に入れたレア装備の寿命を縮めるようなギャンブルをするだろうか、結果としてエルフの鍛冶修理は無価値とされたのである。最初にそれを理解したときのなにこの虐めと思った私は間違っていないだろう。
そんな仕様もあり今では運営公認の唯一のエルフ鍛冶師などという、嬉しくもない称号まで与えられている。
どんなにPKされようが反撃もせず黙々と鍛冶をしていた為か、最近ではPKされる数も減ってきたことがせめてもの救いか。
「うあーもういい加減に呪印銃でも実装してくれれば少しは報われるのにぃぃぃ!」
ウキーと騒ぐフーレンスジルコニアスをそっと見つめるドワーフ達、彼らが密かに「THEレアを生暖かく見守る会」を結成したため、PKが減ったとはまったく気づいていないフーレンスジルコニアスことTHEレアであった。
主に世界観の説明な話し。
誰しもが通る道だと信じたい。