対価の基準は人次第的な、
一番の難産でした。
うぅ、自信ないよぉ。…いつもだけど。
イリーガル・コールの舞台となっているリ・ユフクテス大陸は、その形をほぼ正六角形に整えられた1つの広大な大陸として形成されていた。
3柱の神の1人、整合神マーノレスは他の2柱の神が作り出した存在を整合させることが大きな役目だった事も有り、2柱の神が少し目を離してる隙に大陸の形を整えてしまったと言われている。
そんなマーノレスが生み出したとされる古代種の神竜とギガンテス、そして改変を受けた竜人とギガスは何故か他種族に比べて大きな体躯を授けられ、外見も神の似姿からは大きく違っていた。そして同じ神から生み出された存在なのに敵対関係にあるという、矛盾した存在でもあった。
どうやら生み出された存在を整合する事には長けていたが、0から生み出すことは苦手だったらしく他種族より大きな力を得ていた彼等を消そうともしたらしい。
しかし我が子にも等しい彼等を消すことは最後までできず、そのため慈愛の神として他種族からも好かれている。
さてそんな彼が整合した大地には、ヒューニックの都市を中心にして等間隔を開けて各種族の都市が配置されている。その中の1つギガスがホームタウンとしている山間都市『オリゾン・トロピークス』の中の唯一の服飾店で、フーレンスジルコニアスはダラダラと汗を流していた。
「鍛冶場で熱さには馴れてるけど、この湿度が加わるとまた違った過酷さだわ…」
「前回来た時は冬だったからこの夏の暑さは初体験にゃ…」
「言いたい事は解るが、もう少し慎みってもんを持ってくれ」
熱帯の気候のギガスの都市、そして海岸に近いこともありねっとりとした塩を含んだ湿度もあって、店内に入るなり我慢の限界だった2人は装備をチャッチャと解除してTシャツにショートパンツという初期装備状態になっていた。その足元では床に大の字で転がるネコ精霊のママのお守りが持ち主の危機的状態にチリチリと鳴っていたが、気温に対しては何の効力も無く虚しく鳴り響ていただけだった。
やれやれとため息をつきながら、道中で『アガベ』と名乗ったギガスの男がアイテムインベトリから棒アイスを取り出し、ネコ精霊の口へとズボッと差し込む。アムアムと口だけを動かし咀嚼している様子に脱力しながら、テーブルの上でダラケきっている2人に視線を戻す。
「それで、ワザワザ俺を指定して依頼してきたってことは、それなりの仕事なんだろうな?」
「にゃ、完全オリジナル装備の依頼にゃ」
「何人かに依頼はしてみたんですが、型紙製作からとなると出来る人は限られますし、コネが無いと順番待ちだけで何週間も先まで埋まってるらしくて…」
だろうなと呟きギガス族特有の青肌で、体格だけなら竜人よりも一回り大きな身体を椅子の背もたれに投げ出す。ギシリと大きく軋んだ椅子に踏ん反り返りながら、凡そ裁縫仕事とは無縁そうな太い腕を組む。
その腕は指の中ほどから岩の様に高質化し肘の上辺りまで覆っている、素肌に直接着込んだ黒い皮ジャンを腕まくりにし胸の前は全開で、その逞しい胸板を見せ付けるかのように露わにしている。
身体には一切の体毛は無く、頭や眉、胸板の部分には高質化した岩のような皮膚が覆っている。
「型紙からの完全オリジナルの依頼か。いいぜ、内容を聞こう」
「このアイテムを使って私の呪印銃のホルスターを作成して欲しいんです」
職人気質の者特有の依頼者を値踏みするような視線を向けられ、内心ドキドキしながらフーレンスジルコニアスはアイテムインベトリから『七色の鞣し革』を取り出し、アガベの前へと差し出す。
「ほぉ、こりゃいい素材アイテムじゃねぇか。それに銃のホルスターか、確かに今まで誰も作ったことは無いだろうから型紙も何も無いだろうな…」
フムッと顎に手をやり考え込むアガベ、型紙さえ製作してしまえば後は皮素材さえ用意すれば型紙の耐久値が無くなるまで複製が作れる。最近は古代種を目指すエルフも増えてきたというし、需要が増えたその時になってホルスターを作るより、呪印銃の現物がある今の内に作っておけば慌てて作る手間も時間も省略できる。
別にそれで稼ごうなどとは思わないが、必要とされるものを必要な時に供給するのも生産職の仕事の1つと考えているアガベは、いいだろうとフーレンスジルコニアスの依頼を受けることにする。
「だが俺が依頼を金で受けないことは聞いてるだろう。THEレアよ、お前は対価として何を用意した?」
その言葉に思わずコクリと喉を鳴らすフーレンスジルコニアス。現在イリーガル・コール内に数人しか居ないオリジナルデザインの服飾系装備が作れる職人、その中の1人であるアガベが依頼も抱えずにこうやってフーレンスジルコニアスの依頼を直ぐに受諾してくれる理由がこれだ。
裁縫、紡織、蚕育成等の服飾に関するスキルだけに留まらず、構えた店舗の売り上げなども条件に入るという型紙作成スキルの習得。古代種エルフの条件が分かるまでは、鍛冶エルフの次に茨の道だと言われていたスキル構成。しかし習得さえしてしまえばアイデアやデザイン力さえあれば、お金に困ることは無いだろうと言われるほどで、実際他の職人には門前払いに等しい扱いでさえあった。
その中でこの男だけは依頼を金では受けない、自分の興味を引く報酬が示されえた時だけ依頼を受けるのだという。
「これではどうでしょう?」
「ふむ、照準器ね……。悪いが俺は近接タイプなんでな、照準器をもらっても使い道が無い」
却下だと返される照準器をテーブルの隅に置き、アイテムインベトリから価値の有りそうな物を取り出してはアガベに示していく。
金の針、持ってる。虹色の糸、有り余ってる。クマの待ち針、使い難い。カエルの待ち針、使い難い。アヒルの待ち針、だから使い難いと。名前が出せないネズミのワッペン、趣味じゃない。名前が出せない青ネコのワッペン、黄ネコなら考えた。ハラワタが出たクマのぬいぐるみ、普通にいらねぇ。サインしてくれと言って来た奴から没収したフーレンスジルコニアスのブロマイド、持ってる。……、……。銃職人工房内喫茶店割引券、せめてタダ券にしろよ。
「くっ……」
ガクリとテーブルに両手を付き項垂れるフーレンスジルコニアスの姿に、本気でこのアイテム達を報酬に考えていたのかと内心で大爆笑しているアガベだったが、そんな事とは知らないフーレンスジルコニアスは盛大に落ち込んでいた。
元々ニャンデストの紹介の時点で報酬無しでも受けるつもりだったのだが、建前上要求してみたに過ぎない。まぁ、照準器あたりで手を打っておくかと目の前の少女に話しかけようとすると、ブツブツと呟きながらコトリ、コトリとテーブルの端から小瓶を並べていく。
イリーガル・コールβ記念 黄昏色の毛染め剤
イリーガル・コールβ記念 髪型任意決定剤
イリーガル・コールβ記念 自動蘇生剤×5
「もうあとはこんなのしかない……」
「「ぶふぅー!!!」」
その小瓶を見たアガベと、それまで黙って見ていたニャンデストがそろって吹き出す。
「にゃにゃ、何て物もってるにゃ!」
「ちょ、実在したのかソレ。てか片付けろ、人前で出しちゃダメだ!」
???を頭上に浮かべたフーレンスジルコニアスだったが、2人の剣幕に圧されて小瓶達をアイテムインベトリに収納する。何か不味い事をしたかと小首を傾げるフーレンスジルコニアスの様子に、本当に分かってないのかと溜息をこぼすアガベとニャンデスト。
「ズレてるズレてるとは思っていたにゃ、けどここまでとは予想外にゃ」
「確かそれβ最終日のイベントボスから出たとされる超限定アイテムだろ? 3方向から侵攻してくる敵集団とボス達から1種類ずつドロップしたとされるユニークアイテムで、存在自体が都市伝説扱いされてるアイテムだぞ……」
へぇ~そなんだぁ~と、キョトンとしながら答えるフーレンスジルコニアスにOrzと脱力する2人。
フーレンスジルコニアスにしてみればβ時代に仲の良かった人達がリアルの事情でこの世界から去るときに、お前にやるよと軽い感じで渡された物で思い出こそあるがそんな価値があるものだとは思ってもいなかった。
「となると、後はコレくらいしかないなぁ」
先日の新MAP攻略でいつの間にか郵送されていたカツラを、パサリとテーブルの上に置くフーレンスジルコニアス。どうにか床から起き上がり椅子に座りなおそうとしていたアガベが、その瞬間目を見開いて固まった。
ワナワナと震わせてカツラに手を伸ばすが、その指先がカツラに触れる寸前で視線をチラリとフーレンスジルコニアスに移す。呆気に取られながらもどうぞと言うと、再び視線をカツラへと戻しそっと手に取り頭に装着する。
そのままフラフラと壁に立てかけてある姿見の前に移動しその姿を確かめる。角のように高質化した皮膚が髪の間から覗くが、それすらも違和感なく馴染んでいる(ようにアガベには見える)。
漆黒の髪は硬い感じだがそれが逆に青い肌の質感にマッチしているようだ(とアガベには思える)。
「こ、これを報酬でもらっても良いの……か?」
「え、えぇ、それで良いのでしたらかまいませんけど……」
むしろ邪魔だから貰ってくれるならタダでも構わないくらいなのだが、報酬として成立するならそうしようと決めたフーレンスジルコニアス。
「本当か!ありがとう、この恩は一生忘れない。ホルスターは任せてくれ、デザインも機能性も全力をかけて最高のものを作ってみせる!」
「ありがとう……ございます」
ヒャッホーと叫び歓喜するアガベを見ながら、100%ズラにしか見えないが黙っていようと心に誓うフーレンスジルコニアス。
その後ニャンデストも胸毛を報酬としてネコ精霊の洋服を数着作ってもらう事になっていた。それを見ていたネコ精霊も口髭を差し出すが、涙目でプルプルと震えながら差し出す様子に、もう俺の魂は満たされたと言って優しく断るアガベ達の光景を、生暖かく見守るフーレンスジルコニアスであった。
今回は墓穴も掘らなかったし罠に掛かる事も無かったと、ルンルン気分でアガベの店を後にしたフーレンスジルコニアスと、思わぬ便乗依頼ができた事で浮かれていたニャンデストがヘソ上Tシャツとショートパンツだけという初期装備状態のままだった事に気づき、いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁと悲鳴をあげたのは店を出てから5分程たってからだった。
後日、工房までできあがったホルスターを届けに来てくれたアガベ。
フーレンスジルコニアスの服装に合わせた白地にエメラルドのラインが入ったホルスターは、腰の後ろに装着するタイプで回避に重点を置くプレイスタイルの動きを阻害しないように設計された素晴らしいものだった。
「ありがとうございます、アガベさん」
「いや、礼を言うのは俺のほうだ。今回の報酬で貰ったMyHairのお陰で街中の注目の的さ」
「そ、それはオメデトウゴザイマス」
「ふっ、ありがとう。おっと、ちなみに俺は既に上位種に転生済みだ。こいつ古代種になるんじゃね?って予想は残念ながらハズレなのさ」
「誰に言ってるんですか?」
「え、俺何か言ったか?」
「いえ、なんでもないです……」
「おい、なんで離れていく」
ナンデモナイデース
「おーい、もどってこーい」