第 9 話 伊集院家
伊集院の家は、隣町の丘陵地帯中央にあった。
丘全体が自然の公園になり、起伏の多い地形が広がっていた。
林の向こうに白亜の洋館が見え、御多分に洩れず高いコンクリート塀に囲まれていた。
よくビバリーヒルズで見掛ける、あの珍しくもない邸宅だ。
正面口に到着すると、門扉が自動的に開いた。
門番はミッキーマウスかと期待していたのだが、どうやら間に合わなかったらしい。
正門から館の玄関まで更に2km以上あった。
真子が黒猫を抱きながら、私の所まで歩いて来たのを思い出した。
胸の奥が、少し熱くなった。
「お屋敷の上に何か見えない?」
麗子が、エンジン音よりも低い声で言った。
「綱のようなのが見えるんだけど……」
車を脇に止め、私と拓人が外に出た。
沿道の両側の樹木には、カラスが群れ集まっていた。
注目されているのは分ったが、手を振るツモリはなかった。
「姉御、何も見えませんよ」
拓人が、いつの間にかカメラを取り出し撮っていた。
「それより、カラスが気になるっす」
物音一つ立てない、不思議なカラスだった。
今は、一番神経質になる時期のハズなのだが……
再び車に乗り込んだ。
確認するまでもなく、屋敷の上には“幾つにも重なった綱”の気があった。
見ることが出来たのは、私と麗子だけらしい。
『此如く雲気在て、長くして綱を引くが如くにして、陣の前に有り。
黒は計事あらん。
青は兵あるまじ。
赤はそむくことあらん。
黄色ならば慎むべし。
白色ならば、軍あり。
能々見分け、気と季とを考ふべし。』
上泉流軍配正脈の訓閲集軍気図を思い出した。
悲しいことに、見えたのは一色だけでは無かった。