星座、出現
……ここまで来れば大丈夫だろう。そう思い夜月は走るのをやめた。
一階、昇降口の真逆に位置する校舎の長い廊下の中央辺り、右側には窓、左側には理科室、前後には暗い廊下が続いている。
「……」
走るのをやめて歩いていた夜月は、歩くのもやめようとしていた。
コッ コッ コッ コッ
足音をあえて立てる。人の居ない夜の校舎にそれはよく響いた。
コッ コッ コッ……
歩くのをやめた。
その瞬間、
シャアアアアアアアアア!
前から大きな蛇、一昨日の晩に朝香を追い、夜月に串刺しにされたものと同じ種類の蛇が突進してきた。
「……」
咆哮にも突然の出現にも夜月は怯むことなく、夜月は虚空から三日月の剣を取り出し、前に構えた。
シャアアアアアアア!
蛇は牙を向けて突進してくる。
「はっ!」
夜月はその突進を上空へ跳んで避け、進み続ける蛇の頭上に剣を振るった。
ザシンッ!
シャアアアァァァアア!
蛇は身悶えた。その間に着地した夜月は素早く間合いを詰め、再び跳躍、今度は頭上に剣を突き刺した。
シャアァァァアァァ……ァァァ……
力無い悲鳴を上げた蛇は、動かなくなった。
「……」
頭上から降り、蛇の顔を正面から見る。
「……おかしい、やっぱり違うのか……」
夜月が呟く、だがその口調は、普段のそれとは違っていた。
夜月は制限のポケットからある物を取り出した。
それは、星座がどこの空、どの方角、どの時間帯に見れるかを図に示した物――――――星座早見表だ。
だが夜月の持つそれには、半数以上の星座が描かれていなかった。
夜月は早見表に描かれた『へび座』を見て、
「ここに来てからずっと蛇と戦っているが、入ったのは最初の一匹だけ……今のこれも、消えずに残っているし……」
早見表と蛇の亡骸を交互に見た。
そしてふと、
「もしかして……ここ……ですかね?」
口調が戻った夜月が、早見表の『へび座』の隣、妙に空いている部分を指さした。
その時、
シャアアアアアアアアア!
廊下に蛇の鳴き声が響いた。
「あっちは……まさか」
早見表をしまい、夜月は自分が来た方へ走った。
「……ん、あれ? 私、寝てたの?」
視界を奪われ、いつの間にか眠っていた朝香は目を覚まして、自分の異変に気づいた。
「え!? なにこれどうなってんの!?」
最初に気づいたのは、足が床についていないことだった。続いて両手が意志と関係なく上に挙がっている。その両手には何かがついていて、よく見ると、
「……蛇?」
朝香には暗がりの為に蛇に見えたが、実際には蛇を象った木の蔓だ。
蛇と見た朝香だったが、特に悲鳴をあげることなく自分の回りを見た。
それで理解した。朝香は昇降口の壁に磔にされていたのだ。
その状況を理解した朝香は、
「うわ〜凄い! さすがは非日常ね!」
喜んでいた。
「……って、それどころじゃないわね。何とか抜けて夜月を追わないと」
そして悩んでいた。
「どうすれば……まぁいっか」
でもあまり困っていなかった。
「って良いわけないでしょ!」
いや、困っていた。自分で自分にツッコミを入れるぐらいに。
と、その時、
「お目覚めですか?」
廊下の向こうから人が現れた。
「あれ? アナタは確か……」
「昨晩も会いましたね」
それは、朝香が昨晩出会った白衣の男だ。
「2日続けて、夜の校舎に忘れ物を取りに来たのですか?」
「いや……今日は違うんですけど」
「では……何の用事で?」
「えっと……」
朝香は考えた。
ここで夜月の秘密を言ったら……とんでもないことになるわよね。大抵こういう秘密はバレると何かしら起こるものなのよ、だから、言うわけには行かないわ。
「……」
「何も無いのですか?」
「まぁ……そうですね」
「では、少し手伝っていただけますか?」
「手伝う? 何をですか?」
言ってから朝香は思った。こんな夜の校舎にいるこの人も、いったい何の用事なんだろう。
「人質」
「人質、それぐらいお安いご用……って、えぇ!?」
「ダメですか」
「当たり前じゃない! 何言ってるのよアナタは!」
朝香の手が自由だったら、ビシッ! と指差していただろう。いつのまにか丁寧語も無くなっていた。
「ですが、その状況を見たら人質として適任の格好ですよ?」
「これは、誰かにやられたのよ!」
「誰かとは……」
「分からないわよ! 目が覚めたらこの状況だったんだから」
「私ですよ」
「な!?」
男の告白に朝香は目を丸くした。
「まさか、アナタが星座!?」
「自己紹介しておきましょう。私は『へびつかい座』です」
へびつかい座と名乗った瞬間、男の回りに小さな蛇が何処からか集まってきた。
「先程キミ達が話しているのを見かけ、これは使えると思いましたので、お手伝い願いますよ」
「ふ、ふん! 私を人質にしたところで、夜月は来ないわよ」
そう言った矢先、
「おや、来ましたね」
「え?」
先の見えない暗い廊下から足音が聞こえ、一人の人が現れた。
その人物とは……