説明・夜月の能力編
ついに明かされる。夜月の能力と――――――
「―――こんな所ですかね」
「……」
「朝香さん?」
夜月の話を聞き終わった朝香は、恍惚の表情を浮かべていた。まさか自分がこんなにも不思議に近づいている。それだけで朝香は悦に入ることが出来たのだ。
「あの……大丈夫ですか?」
「え!? ああうん大丈夫よ大丈夫!?」
そう答えた朝香の動きは明らかに挙動不審だった。
「はぁ……明らかにそうは見えませんし、聞こえません。時間はまだあるので、もう一度おさらいします」
「えぇ、よろしく」
では、と夜月が一度まとめ、再度説明を開始した。
「まず、自分が何をしているかですが。簡単に言ってしまえば、空に浮かぶ恒星の群れをある形に見立て区分したものとの戦い、つまり……」
「星座と戦ってるのよね」
朝香が先に答えた。夜月はその通りです、と答えてから続ける。
「星座は今八十八種類、あると言われています。そして、何故自分が外国に居たかというと……」
「南半球でしか見れない……会えないだっけ? そういう星座があるから、でしょ?」
星座には、北天と南天、両方を合わせて全八十八。つまり南半球、あるいは北半球のみでは全ての星座を見ることは出来ないのだ。
「そうです……しかし星座と戦うと言っても、相手は星、生身の人間がそうそう敵う相手ではありません。そんな星座と戦う術、それが……」
「……月の力」
そう言った朝香の目は、何かを待ちわびるようにきらきらと輝いていた。
「その通り、先ほどもお見せしましたが、コレが」
夜月は虚空に手を伸ばした。そこからすっと手を振ると、夜月の手にある物が現れ、握られた。
全体が黄色く輝き、まるで夜空に浮かぶ三日月に見える。だがその三日月には本物には無い刃と柄があり、否応にもそれが剣の類いだと分からせた。
「三日月の剣、コレがその内の一つです。他にもまだ幾つもあります」
「うんうん」
曖昧に頷きながら、朝香は虚空から急に現れた三日月に目を奪われていた。
「そして最後に、何故自分がこんな事をしているのかと言うと……」
「願いを叶える為、でしょ?」
「……良かった。全部聞こえていたのですね」
夜月が手を振ると、剣は消えた。
「勿論じゃない!」
朝香は勝ち誇った顔で、
「こんないつもと違う、つまり非日常に憧れていた私が、こんなにも非日常に入り込んだのよ! 忘れろって言う方が無理よ!」
ビシッ! 夜月を指さし答えた。
「……では、自分が今までに幾つの星座を倒したか、は覚えていますか?」
「え!?」
言われた途端、夜月をさしていた指はくにゃりと曲がって虚空をさした。
「そ、それは……」
腕を組み、うーんと考える朝香を見て、夜月はクスッと笑った。
「無理もありません。なにせ言っていないのですから」
「ふぅん、そう……そりゃ言ってなければ分かる訳無いわよね」
「えぇ、その通りです」
「そうよね……って、はぁぁぁ!?」
普通に返してしまってから気付いた朝香は、再度夜月を指さした。
「ちょっと! 今の分かってて言ったの?!」
「はい、もちろん」
「なっ……」
わなわなと震えながらも、聞くべきことを朝香は聞く。
「な、何でそんな事を……」
「いえ、少し、からかってみたくなりまして」
「な!? わっ、私をからかったところで何も出ないわよ!」
「そうですよね、すみませんでした」
夜月は深く頭を下げた。 それで機嫌を直し、朝香、
「それで? いつ出てくるの?」
「何がですか?」
頭を上げながら夜月は尋ね返す。
「星座よ、あなたが戦ってるって言った星座。そんなに数知らないけど今日出るんでしょ?」
「あぁ……その事なんですけど……」
夜月は言いづらそうに口ごもる。
「どうしたの?」
「……」
夜月は決心したように一度目を閉じて頷き、開いて朝香を正面に見た。
「朝香さんは、どこかに隠れているか、帰って下さい」
「……へ?」
朝香は一瞬、夜月が何を言っているのか理解出来なかったが、理解した直後。
「はぁぁ!? あなた何言ってるのよ!」
夜月に食って掛かった。
「それは……朝香さんを危険に巻き込む訳にはいきませんので……」
「甘い!」
ビシッ! 夜月を指さした右手を握り、拳を向けた。
「命の危険は怖くないって言ったばかりじゃない! 心配しなくても自分の身ぐらい自分で守るわよ!」
「……どうやってですか?」
夜月の声が、静かに深く、夜の校舎に響いた。
「え……?」
あまりの豹変に、朝香はきょとんとした。
「……無いんですか?」
「いや、その……」
「命の危険が怖くない、ファンタジーに憧れている。それだけではこの非日常にはついていけません」
「……でも、非日常に巻き込まれてから、そういう主人公は強くなる! 初めは自分と違う力に戸惑い、けれど経験を積むに連れて他人をも護れる力を得るものなのよ!」
朝香の力説を聞いた夜月は、
「……それでは、遅いんですよ」
朝香に聞こえないように呟いた。
「え?」
「いえ……何でも無いです。朝香さんが動かないのならば、自分から行きます。それでは……」
そう言い残し、夜月は校舎の通路を走り、夜の闇に消えた。
「あ、ちょっと夜月! 待ちなさいよ!」
だが声は届かず、朝香は一人昇降口に取り残された。
電気のついていない暗い廊下に、朝香は一人立ち尽くす。
頭の中には、急変した夜月の言葉がループする。
「……分かったわよ」
そして、決心した朝香は、
「強くなれば、強くなればいいんでしょ!」
夜月の消えた闇に向けて指をさし、
「待ってなさいよ夜月! 必ず強くなってやる。そう、必ず強くなってやるのよ!」
一人、大きく叫んだ。
その時、
「……では、強くなり厄介になる前にどうにかしておきましょうか」
「え……?」
声に振り向いた瞬間。
朝香の視界は奪われた。