星座の力
操られた波浜を追って朝香がたどり着いた場所は、体育館の扉から見て手前にある階段を登った先だった。ここは普段卓球部や卓球の授業に使われる場所の為、隅に卓球台がたたまれて置かれており、ピンポン玉の落下を防ぐ為のネットが貼られている。
波浜が奥、朝香が手前という形で向き合っていた。
「さぁ来たわよ、ナナを返しなさい!」
『ふふっ、この子も無用心ね。ただ床に置かれていた私をためらい無く拾い上げて、そして操られる。おかしくて笑っちゃうわ』
「笑うな!」
波浜を指差して朝香は一喝。
「アンタみたいな奴、私が倒してやる……そう、私が倒してやるわ!」
その言葉に、波浜は微笑した。
『ふふっ……なら、戦いましょうか?』
虚空に手を振ると、波浜の手にある物が現れた。
それは前田の意識を一瞬で飛ばした物であり、波浜を操られる星座そのものの姿を表した物だった。
『私の名前は『こと座』。アナタに私が倒せるかしら? 生身の一般人のアナタが』
波浜は琴を奏でた。涼やかな音色が、部屋全体に響く。
「!!」
朝香は思わず目を閉じた。
『音を防ぐなんてムリよ、くらいなさい!』
再び琴を奏でる。先ほどのような音色が響く。
しかし、
「……あれ?」
朝香には何の変化も現れなかった。
その状態に、朝香よりも奏でた波浜の方が驚いた。
『な……なぜ? なぜ利かないの?』
「なぜって……ただ琴引いてるだけじゃない」
朝香にとってはその程度だが、実際今の音色で前田は意識を飛ばされている。
「何だか分からないけど、チャンスみたいね、今度はこっちの番よ!」
そう言うと朝香は服のポケットから2つの物を取り出した。
それは―――
―――時は昨日に戻る。
「……という訳で、それ以来私はファンタジーにはまったって訳」
「なるほど……」
「その時の大事な物ってのが、コレ」
朝香は机の上にその大事な物を置いた。
それは指し棒だった。最長40センチまで長さを調整でき、先端には星の形をした飾りがついている。杖と表現してもいい、子供のおもちゃのような物だ。
「コレについても色々と話せるけど…」
「すみません、よろしければこちらの本題に入らせてもらえませんか?」
「……分かったわ、その為に呼んだんだものね」
「すみません。では、本題に入ります」
夜月は紅茶を一口、そして一気に語りだした。
「朝香さん、あなたのその特別な天性と、ファンタジーを夢見るその性格、加えて自分の秘密を知る人として、1つお願いがあります………自分と、共に戦っていただけませんか?」
「え……?」
部屋に沈黙が響く、夜月が朝香の返答を待ち、朝香が夜月の言葉の意味を理解する間の沈黙。
破いたのは朝香、
「戦ってって……星座、とよね?」
「はい、無理にとは言いません。ですが、これからは今まで以上に強い相手と戦うのは必然、それにおいて朝香さん自身にも戦う術を渡そうかとお…」
「やる!」
バンッ!
朝香は机を両手で叩いて立ち上がった。
「それを先に言いなさいよ! 戦う術ってファンタジーな力でしょ!? それが手に入るなら断るわけないじゃない!」
身の危険よりもファンタジーを求める。それが朝香という人物。
「……本当に、良いんですか?」
夜月は冷静に聞き返すが、
「くどい!」
朝香は夜月をビシッ! と差して叫んだ。
「夢の為なら命は惜しくない……そう、惜しくないのよ!」
「……」
夜月は面くらった。まさかそこまでの思い入れがあったとは思わなかったからだ。
「……分かりました。それではまず、コチラをどうぞ」
夜月は机の上にある物を置いた。それは、
「コレって、星座早見表よね?」
「はい、あの早見表です」
夜月が今までに倒した星座だけが記される、特別な星座早見表だ。
「朝香さんにお渡しするのは、星座の力です」
「星座の力……?」
「コレに、何か星を模した物と同調させるのですが」
「……コレとか?」
朝香は杖を指差す。
「朝香さんがよろしければ」
「じゃあ、よろしく」
「はい」
夜月は杖を持ち、早見表の上に乗せた。
「それにしても、星座と戦うのに星座の力が利くの?」
「もちろんです」
「じゃあ、星座ってそんな簡単に使えるものなの? 今まで戦ってきて、言うこと聞かないとか」
「……朝香さんは、星座について勘違いしているようです」
「え?」
「星座は悪の軍団等ではありません。願いを叶えたい為に戦いを挑んだ者と戦う、それだけの集団です……はい、これで完了です」
「え、いつの間に?」
いつの間にか同調した杖と早見表を手渡さられる。
「星座を扱う場合、2つ程条件があります。1つは空に星が見えている事、もう1つはその中に記された星座のみ使える事です。まだそんなに入っていませんが、確認して下さい」
「ん、分かったわ」
朝香は空返事だった。見た目に変わりは無いが、今まさにファンタジーの力を手に入れた喜びが勝っていたからだ。
「後は使い方ですが、それはですね…」
「星の力よ!」
右手に杖、左手に早見表を持ち、朝香は唱えた。
本来は必要の無い、自作の呪文を。
「数多の星よ、今ここに集いて、狼を形作りたまえ!」
杖の先を早見表に触れて前に振ると、先端から光が飛び、少し先の床に落ちた。その光は次第に膨らみ、やがて破裂、破裂したその場所に、一匹の狼が居た。
大きさ1メートル40センチくらい、灰色の中に青白い毛並みを持った狼。『おおかみ座』だ。
それを見た波浜は、
『お、お前は『おおかみ座』! なぜ一般人のお前が……』
呼び出した朝香を見て驚き、朝香は、
「凄い! 本当に出た! うわぁー! うわぁー!」
呼び出したおおかみを見てもっと驚いていた。
『え? なに? もしかして初めて呼んだわけ?』
「そうよ!」
朝香は正直に答えた。
なにせ昨日は星座が現れず、こうして使うのも今始めてだったのだから。
「さぁ今度はこっちから行くわよ! 行け! 狼!」
杖を前に向けると、おおかみは反応した。素早い動きで波浜との間合いを詰めていく。
「狼! ナナの琴を奪うのよ!」
おおかみは波浜の少し手前でジャンプ、上から琴目掛けて牙を向いた。
『……ふふっ』
しかし波浜は避けようとせず、琴に手をかけて音を奏でた。
キィィィィン!!
先ほどような涼やかな音色ではなく、耳を劈くガラスを引っ掻いたような音が響くと、飛びかかっていたおおかみがバランスを崩して床に落ちた。
「狼!?」
『耳が良いのも考えものね』
「大丈夫!? 狼!」
朝香の声におおかみは起き上り、再び琴を狙って飛びかかった。
それを見て朝香は一安心。
良かった……けど、このままじゃ勝てないわね……他に何か星座を……
早見表を見た朝香は、新たに呪文を唱える。
キィィィィン!!
劈く音におおかみが膝をついた。
『ふふっ、届かなければ怖くもないわね』
一向に届かない相手を見ておおかみがうなり声を上げる。
その時、
「狼伏せて!」
朝香の声に波浜はそちらを見た。その朝香の手には、弓矢があった。矢を構え、すでに撃てる体制を取っている。
『あれはまさか、『いて座』? ……何か足りない気がするけど』
波浜の言葉には余裕があった。なぜなら、当たるわけがないと思っていたからだ。
明かりの少ない空間、それと弓など使ったことの無い朝香に当てられるわけがないと。
「当たれぇ!」
パシュ!
矢が放たれた。
そんなの当たるわけが……え?
波浜は矢の軌道を見て思った。
このままだと、当たる。
なら、避けるだけだ。
波浜は左に少し動き矢の軌道から外れた。
その瞬間、矢の軌道が変わり、
ピシンッ!
琴に命中した。
『なっ!? 避けたはずなのに!』
「狼!」
『しまっ……!』
波浜が気付いたころには、遅かった。
おおかみは牙を向いて飛びかかり、波浜の手に持っていた琴、『こと座』の本体と引き離した。
『あ……』
バチン! 破裂音のような音が聞こえ、琴から手が離れた波浜はそのまま前に倒れた。